2018年07月13日

素晴らしき日々~不連続存在~ レビュー・感想 幸福、幸福ってなんだ?

『素晴らしき日々~不連続存在~』は、ケロQ/すかぢの最高傑作であるのみならず、エロゲーの文化史におけるひとつの終局特異点だと思っている。

 作品の概要はひとくちには説明できない。電波オカルトにサイコサスペンスにジュブナイル、哲学に量子力学に形而上学、叙述トリックにメタフィクション、クトゥルフに伝奇、文学に戯曲に童話、果ては同時代を生きたサブカルチャーへのリスペクトといった要素が、強烈な登場人物たちの群像劇という強靭な骨格に過積載されている。そのカオスの様相は三大奇書や三大電波ゲーム(セルフオマージュ)が引き合いに出されるほど。ケロQの文脈で語ると、『終ノ空』の優れた構成とシリアスな笑いと思索の冒険ととっぽい衒学趣味とセンチなドラマツルギー、『二重影』『モエかん』の内容的多様さとストーリーテリングの流れを汲み、『H20』で見られたシナリオゲームへの歩み寄りがより強度を高めて進められている。そして思想は『サクラノ詩』へ引き継がれてさらに先鋭化される。
 私が『すばひび』を読んでまず目を見張ったのが、シナリオの充実度とキャラクターの圧倒的な存在感だ。バックボーンと行動原理という血肉の通ったキャラクターが、時には想像もつかぬ明後日の方向に突き進んで予想を裏切り、時には青春活劇の王道をひた走って期待を越えていく。私は過去作『終ノ空』『二重影』を「めちゃくちゃ面白い読み物」という以上の評価はしていなかったので、これほど真に迫る人と人との物語を創り上げてきたことに驚かされた。おみそれした。この作品は総体としていくつかの思想を打ち出しているが、それが読み手に対して発言権を勝ち得ているのは、人間が物語を動かす推進力があってこそだと私は思っている。
 また、マルチサイトのADVとしての完成度にも感服した。シナリオごとの情報の秘匿と開示による演出はエロゲーの伝統芸能だが、この作品ほど世界と人の見え方について鮮やかに表現するそれを私は知らない。私が特に美しいと思ったのが、複数の視点で繰り返される、C棟の屋上におけるさる人物とある人物の対峙のシーンだ。あのひときわ胸を打つ場面は、誰の視点かによって……シナリオの進行度、登場人物と作品世界に対する読者の認識によって、その意味合いがまるで変わってしまう。目から鱗が落ちるような、ずれていた歯車が噛み合って駆動するような、胸の空く感触。あの感慨はじっさいに鑑賞した人にしかわからないだろう。

 以下、直接的ではないが若干のネタバレと、作品の解釈を狭めるかもしれない記述があるので未読者は注意されたし。
ビックハザードこっちくんな
『素晴らしき日々』という作品を貫くメッセージ、キーフレーズをひとつ抜き出せと言われたら、ほとんどの人は「幸福に生きよ!」を選ぶだろう。幸福に、生きよ。普遍的で、強力無比で、簡潔明瞭な哲学である。しかしながら、この哲学もといアンセムは全人類的であるがゆえに、あいまいでがらんどうで複雑怪奇だという矛盾を孕んでいる。つまるところ「幸福に生きることが幸福である」というトートロジーでしかないからだ。だもんだからえらい人も「……ということより以上は語りえないと思われる」とぶっちゃっけている。そこから必然的に辿り着くのは、「幸福とは何か」という問いだろう。だがしかし、幸福というクオリアはそれを観測する個々人に拠るものであり、一意な定義を試みる行為は本質を伴っていない。近所の八百屋の親父でも、スーパーのレジ打ってるおばさんでも、タクシーの運ちゃんでも知っている真理は、今昔の哲学者や思想家が挑んだ永遠の命題でもある。
 この如何ともしがたい逆説に対して、『すばひび』は「俺」や「ボク」や「私」たちが、「あんた」や「お前」や「キミ」との対峙の中で幸福を見出すさまをただただ書き出すことで抗っている。数奇な生まれと運命に翻弄されて全てを見失った者が、自らと大切な人の存在を賭けて掴み取った奇跡。頭のいかれた救世主が妙な因果から傍の者にもたらした福音。地獄への道をひた走る使徒がそこに落ちるまさにその時に見出した幸せ。臆病者とその友人がなけなしの勇気を振り絞って勝ち取った日常。ヒーローを信じて待ち続けた少女にようやっと訪れた救い。そして、人の道を踏み外して正体を失くした者がいつか気づくかもしれない小さな幸せ。こうした風景がしっかりと焦点を結んでいるのは、人間の存在感の為せる業だというのは先述した通りだ。そして、上記の幸福に関するコンセプトは、結果として、それがどこに拠って立つものなのかを端的に示しているのではないだろうか。
 この作品の正史・正規ルートは、おびただしい死と不幸で敷き詰められている。非業の死と不運がせわしなく襲い掛かり、登場人物は不和と不信の悲嘆にくれて悲劇の道を歩いていく。そんなおぞましくも物悲しい滑稽劇の世界観で、裂けた可能性の世界に存在するたっとい幸福の形、あるいは那由他の彼方にある場所で見出されるくるおしい幸福の姿は、強烈なコントラストでわれわれの目に焼き付いてくる。

 わたしは恐るべき真実を知った――救済と呪いのあいだには、本質的なちがいなどなにひとつありはしない、と。

(スティーヴン・キング『グリーン・マイル』)


「えいえんはあるよ」
彼女は言った。

「ここにあるよ」
確かに、彼女はそう言った。
永遠のある場所。
…そこにいま、ぼくは立っていた。

(『ONE~輝く季節へ~』)


もう滅びつつある人と世界には 語りかける必要はない
僕ら生まれ変わる新しい人に 最後のGenesisをこえて

(『未来にキスを』「Kiss the Future」)


 もう一つ、私が『すばひび』のエッセンスだと考えるフレーズが「自分の限界」と「世界の限界」だ。以下の問いは作品の導入部で投げかけられるものなので、まるっと引用してもバチは当たるまい。

 他人も含めた世界って何だ?
 世界が俺なら、他の連中は何だ?
 それらも世界を持っているのか?
 だったらそれは別々の交わらない世界なのか?
 それともその世界は交わる事が出来るのか?
 すべての世界……すべての魂は……たった一つの世界を見る事が出来るのか?
 俺が見た、世界の果ての風景。
 世界の限界。
 最果ての風景。
 その時に、お前も同じ様に世界の果てを見るのだろう。
 お前が見た、世界の果ての空。
 世界の限界の空。
 最果ての空。
 俺は、お前と見る事が出来るだろうか?
 そこで同じ世界の終わりを……。
 違う空の下でありながら……同じ空の下で見るんだ……。


 このさかしらで、しかしクリティズムを同封した問いは、前作『終ノ空』と同一の存在である音無彩名が唱える甘やかなタナトスの言葉と同義ではないだろうか。

「水上さん……こんな話……知ってる?」
「?」
「……世界には何人の魂があれば足りるか……」
「それはどういう意味?」
「そのままの意味……」
「世界に必要な数の魂……たぶん……一つで十分……」


 そう、世界はたったひとつの魂で成立し、満たされてしまうのだ。このぞっとしない甘美な事実に、真正面から向き合うことができるだろうか。
 この作品を構成する物語は、どれも「他者」の存在が起点となっている。目を覆いたくなるほどの陰惨な悲劇も、目が眩むほどまぶしい幸せも、いつだってはじまりとなるのは自分の世界を脅かす他者の到来である。このことを心に留めて全体を読み通すと、また違ったものが見えてくるんじゃあないだろうか。自分ひとりでも満たせる世界。精神的に何ら不自由することのないえいえんの世界。それをおびやかす他者がもたらすのは、幸福か、不幸か? 呪われた生か、祝福された生か? あるいは、両者に本質的な違いなどありゃあしないのだろうか? 答えを出せるのは「わたし」と「あなた」だけである。

 何より個人的な物語であるがゆえに、「私の翼」によって特殊から普遍へと飛躍した。幸福という語りえぬものの尊さを謳う「世界の限界を超える詩」となった。私は『素晴らしき日々』という作品をそう解釈している。

 言いたいことはだいたい言い切ったので、その他もろもろをつらつらと書く。
 ぼくは希実香がすきです。シナリオ(世界線)をまたがって縦横無尽に活躍するキャラがだいすきです。
 音楽がとにかく素晴らしい。劇伴もボーカル曲も、サウンドから曲展開から歌詞まで非の打ち所がない。よく知られているのは「空気力学少女と少年の詩」と「夜の向日葵」で、これはもうエロゲーソングやエロゲBGMという枠を超えて評価されている。私は「ナグルファルの船上にて」や「音に出来る事」「夏の大三角」も大好きだ。
 立ち絵に背中を向けたパターンがあるが、いろんな奥行きが感じられてなんか好き。
 同性愛を含むジェンダーのあり方に対する偏見と暴言がひどくて、あまりにもひどすぎて怒りがこみ上げてくる。特に序章は、百合ゲーとして評価するならうんちっちである。時代錯誤で誰も得をしない描写はとっぱらってもらいたい。こんなに面白い作品をくだらない描写のせいでおおっぴらに勧められないのは悲しくて仕方ない。
 わかる人にはわかる話だが、とある作品が『すばひび』とほぼ同時期に発表されたのはシンクロニシティのようで面白い。あれはこの作品に比肩するエロゲーのマグナム・オーパスだと私は思うし、たぶんみんなもそう思っている。

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素晴らしき日々~不連続存在~ フルボイスHD版
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2018年02月17日

エロゲーのグランドエンドでオープニング曲のフルを流す演出!

 エロゲー・ギャルゲーにおける最終エンドの曲というと、完全新規曲(多数)やBGM・メインテーマのボーカルアレンジ(『CLANNAD』『Rewrite』『クロスチャンネル』『DDLC』ほか)などいろんなパターンがありますが、私は掲題の通りオープニング曲・デモムービー曲のフル版が流れる演出が大好きなんですよ。ベタだとわかっていても、ついつい泣いてしまいます。とりわけ歌詞が、1番は比較的無難だったものが、2番では世界観の核心やドラマツルギーのエッセンスに踏み込む内容だったりすると倍率ドン! 涙の蛇口をぶっ壊してきますね。
 さて、ここまでの話を聞いていて、あなたの頭に思い浮かんでいた作品は何でしょうか? 恋愛原子核というコスモゾーンを舞台にしたワイドスクリーン・バロックですか? 櫻の芸術家が紡いだ言葉と旋律の物語ですか? マリオの偉大な業績を肯定する教育実習生が巻き起こすはちゃめちゃ学園ドラマですか? あるいは、オートマトンが新しいヒトに進化してジェネシスを迎えるメタ・ギャルゲーでしょうか? もし当たっていたら何かくださいな。


(この作品は厳密に言うと違う)

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2017年11月02日

アトラク=ナクア レビュー・感想 血と情念が薫る伝奇ノベルの古典

 音に聞こえた伝奇ビジュアルノベルの古典です。1997年発表。伝奇作品の枠だと『痕』の翌年、『久遠の絆』の前年と書くと時代背景がわかりやすいでしょうか。

 先にダメ出しを済ませると、作品の構成要素のうち大部分で経年相応の古さを感じるのは否めません。具体的には、中盤までのほとんどを占める、主要登場人物(初音・奏子と銀と、あと燐か)が本筋に絡まない傍流の展開の退屈さ(私はプレイ中「はやく銀さんが出てきて本筋が進まねーかな」と常に思っていた)、かなり類型的な造詣で立ち位置の不確かなキャラクター(どうでもよすぎて主要キャラ以外の名前が一人も名前が思い出せない)、存在意義が全くもってわからない調教パート(未練がましくゲーム性を残そうとしたのか?)などです。その他、立ち絵も一枚絵も明らかに数が足りていませんし、楽曲の評価が非常に高い作品ですが、音源はお世辞にも上等とは言えません。
 にもかかわらず、今日でも『アトラク=ナクア』が名作の呼び声を厳然として保っているのは、ひとえに最終章の完成度ゆえにでしょう。あの激情と感傷のありったけがぶつかる驚天動地の展開は、今なお比類する作品がほとんどありません。戦力を削いでいく包囲網戦が続き、直接的な対決が持ち越されていた分、いよいよ人外の化け物が(いろんな意味での)正体を現して刃鳴散らす瞬間の興奮ったらありません。硬質で淡々と描写を連ねる三人称の文体は、この作品の空気を形づくる特色の一つですが、あれが却って昂ぶりを伝えてくるんですよ。これ以上ないとっときのタイミングで流れ出す劇半「Atlach Nacha~Going On~」と、それのアレンジと画面効果を交えた演出も場を最高潮に盛り上げます。しかしながら、あの章の中で何が一番読み手に衝撃を与えるかと言えば、価値観の逆転、関係性の逆転が起こることに尽きると私は思っています。
【若干ネタバレあり】
 この作品は一枚絵の視点ともっともらしい語りによる叙述トリックを巧みに取り入れていますが、あの一枚絵が鮮明になるとともに、それまで捕食者の立場で人の命や尊厳を弄んでいたある人物の本性――致命的に傷つけられた自尊心を、今度は自分が支配者の側に立って他者を蹂躙することで修復しようとしている愚かな小娘――が暴かれる瞬間の、足下が崩れるような、目から鱗が落ちるような、胃の腑がでんぐり返るような感覚。あれを味わえただけでもこの作品を読んだ甲斐がありました。
【ネタバレおわり】
 ここに至るまでの展開は、言ってしまえば前振りでしかないのです。あの人が虚飾を剥ぎ取られて、血みどろで転がりながら幼稚な意趣返しから脱却し、本当に護るべきモノのために闘おうとするところからが『アトラク=ナクア』という物語の真の始まりなのだと思います。以降の展開は掛け値無しに凄まじい牽引力があり、ページを手繰る手が最後まで止まりませんでした。しかし、そこまでの流れが前振りや布石といった観点でしか評価できないのは、作品の総合的な完成度に瑕疵があることの証左だとも考えています。

 2017年現在におけるシナリオゲームの水準に照らすと粗が見つかりますが、最終章における最大瞬間風速のトルクでは今なお頭一つ抜けた力作であることは請け合います。テキスト、伝奇要素、楽曲も見上げた出来。今なら単品の廉価版がお手ごろ価格で手に入るので、20周年を機に温故知新で触わってみるのもオツではないでしょうか。

【参考文献】
マリア様がみてる(1) 今野緒雪
 あちらはお姉さま、こっちは姉様……。関係性の構図がよく似ていると思います。

アトラク=ナクア 廉価版
B00008HUMF

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2017年08月31日

ことのはアムリラート レビュー・感想 ろくな衝突もない異文化交流、展開に動かされるキャラクター

 ユリアーモでもハナモゲラでも何でもいいですが、 異世界や異国語の設定をはりきって作る以前にドラマの導入部と核になる部分を真っ当に作り込んでもらいたいです。

 超展開百合ゲーの雄、J-MENTによる異世界・異言語ファンタジーです。私は過去作『Volume7』『ひとりのクオリア』『ふたりのクオリア』の出来にげんなりしていたので、今作はかなり期待値を低く設定していたのですが、そこは越えない出来でした。
 まるで成長していない……と思ったのは、あまりにも掴みの弱い導入部です。思ったんですが、この人の作品って常にシチュエーションありきなんですよね。「引きこもりの子とまめまめしく世話を焼く子のほのぼの同棲生活」「イケメンのヒモと彼女にかどわかされる女学生の刺激的な同棲生活」「言葉が異なる少女たちのドキドキ同棲生活」といった設定がまずあって、そこにキャラクターが押し込められているとしか感じられないのです。そこに至るまでの過程や、キャラクターの想い、バックグラウンドはろくすっぽ描写されません。初っぱなの掴みが弱すぎるから、その後のドラマに訴求力が生まれないんですよ。今作では、元いた世界から切り離されて絶望していてしかるべき主人公のタヌキさんが、あれよあれよという間にウサギさんに拾われて同棲生活に順応し、お風呂場でのラッキースケベイベントを回収しだすあんばいです。のっけから気が遠くなり、気付いたときにはうさぎさんにボディをおさわりしながらのムフフな単語学習をさせてもらっている有様で、私は例のごとく置いてけぼりにされていました。ときにこの主人公、あまりにも背景が薄っぺらくないですか? ときどき思い出したように描写が希薄な回想が差し込まれるものの、この人が物語の開始以前にどんな人生を送ってきたのか全然イメージができないのですが。酷い言葉ですが、作者がドキドキ同棲生活を送らせるためだけに創り出したコマのようでした。
 逆にいくらか改善されていると思ったのは、同棲生活のホストになる少女に納得のいく動機付けをさせているところです。実はウサギさんもタヌキさんと同じく元訪問者で、同じように困り果てていたところをフクロウさんに保護された経験があるため、自身も彼女の立場になって人を助けたかったというのは、とても共感できて好感が持てました。もっとも、このことが明かされるのはほとんど終盤に入ってからなので、物語を牽引しているかというとこれぽっちもしていないのですが。
 クライマックスの展開は、あまりにも投げやりであ然としてしまいました。異世界トリップものにおいて、主人公は今の世界に留まるのか元の世界に戻るのか、パートナーないし周囲の人間は引き留めるのか送り出すのかは、永遠の命題でしょう。しかし、元いた世界、残してきた人に対する思いが真っ当に描写されていないのに、帰る帰らないで悩んでぐだぐだと引っ張られても興醒めするだけです。同様に、どう見てもヒロインと主人公の思いが通じ合っていて、かつ元の世界に帰すことに妥当性や緊急性が見受けられないのに、相手が主人公を送りだそうと躍起になられても「は? なんでなん?」としか思えません。話の都合のためにキャラクターを動かさないでください。悲劇を演出するためにキャラクターの人間性を踏みにじらないでください。あまりにも当たり前のことなので、口にしていてこっ恥ずかしいです。結局、この作品で最後まで人間味が感じられたのは、既に自身の物語が完結していて一歩引いた立場から主人公たちを見守るフクロウさんだけでした。
 ちょっと前に『SHOW BY ROCK!!』を見たときにも思ったことですが、主人公に占める元の世界のウェイトがあまりに希薄なら、どうして帰る必要があるんですかね? そらあ現地妻のいる異世界に残るっしょとしか思えないんですが。読み手にそう思わせてしまう時点で、筋運びやバックボーンの構築に失敗しているのは明らかでしょう。
 あとは、予算の都合なのかもしれませんが、原画にしろグラフィックにしろサウンドにしろボーカル曲にしろ、過去作に比べて大幅にグレードダウンしているのは残念でした。特に立ち絵、主要登場人物が三人しかいないのに基本ポーズのパターンすらないのはあんまりじゃあないでしょうか。みみっちさを感じるだけでなく、視覚的に情感を乏しくしています。あと、ヒロインの顔がサリーちゃんのよし子ちゃんみたいなナスビ顔で可愛くないですね(ぼそっ)。予算がないならないで切り捨てるものを見極めるべきであり、そうなると真っ先にぶった切るべきなのはあのしょうもない勉強システムじゃないですかね。
 あの勉強システムが「しょうもない」としか思えなくて、やらされてる感、ぼくの調べ物大発表会・ノートの設定披露宴に参加させられている感が強いのは、言語学習の進度と二人の思いの深度がほとんどリンクしていないからでしょう。二人のお互いに対する好感度は、異世界に転生した「小説家になろう」の主人公のごとく、最初からカンストしているようにしか見えませんでした。私はあくまで物語が読みたいのであり、キャラクターのことを知りたいのであって、作者が考えた設定のお勉強をさせられたいわけではありません。
 結局、この作品が抱える問題の大元を辿っていくと、「言葉を勉強しながらのイチャイチャ同棲生活♪」というシチュエーションありきの姿勢に行き着くのではないでしょうか。

 物語の中で他に共感できるのは、タヌキさんがウサギさんにより強く想いを伝えるために言語の勉強に打ち込む真摯な姿勢そのものと(上に書いた通り、なんでこの状況で平然と勉強してるの? 元の世界に戻る方法は調べないの? とはずっと思ってましたが)、訪問者の先輩であり、あまりにも辛い別れを経験しているフクロウさんが二人に託す想いくらいで、あとは全般的に疑問符が残りました。ラストはいくらなんでもひどすぎやしませんかね。ファンの方はあれで納得できたのでしょうか。

ことのはアムリラート 通常版
B073D1XJ4N

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2017年08月19日

咲-Saki-から始めるエロゲー

 「咲-Saki-クラスタにはアカイイトを薦める」……「アカイイトクラスタには咲-Saki-を薦める」つまりハサミ討ちの形になるな……。
 記事タイトルは『宮守女子から始める伝奇ゲー』でもよかった。
 エロゲー(アドベンチャーゲーム)はでら面白いので(そうでなければ基本的に百合作品しか観賞しない私がやったりしないぞ)、もっと競技人口が増えたらいいなと常々思っている。

『ロケットの夏』
 我らが御大、小林立が「りつべ」名義でキャラクター原案として参加しているので、純粋な『咲-Saki-』関連作品と言える。他に『咲-Saki-』スタッフでこの業界に関わっていた人はいたかな。
 宇宙との国交が断絶され、一般の宇宙港が閉鎖された時代に、ジャンク品からパーツを掻き集めた自作のロケットで50マイルズオーヴァー(空と宇宙との境界)を目指す少年少女たちの一夏の物語。タイトルから作り込まれたSFや汗と油の臭いがする熱血文化系部活動ものを期待すると少し肩すかしを食うが、ジュブナイルとして小さくまとまった佳作である。タイトルの意味がわかった時は泣いたぜ。
 残念なのはりつべの原案を落とし込んだ立ち絵や一枚絵がかなりへたれていること。あの繊細な線が潰れてしまっている。それに塗りがべっちょりしていて見場が悪い。セレンのワンピースやベルチアの似非ファンタジーな服装にりつべのセンスがかろうじて見えるくらいだ。『咲-Saki-』『阿知賀編』レベルのグラフィックを求めると少々がっかりすると思う。
月面基地前プレミアムBOX ロケットの夏編
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『アカイイト』
 関連は百合作品であることと伝奇要素が色濃いこと。あとは素敵な変態っぷり。
 みんな考えることは一緒なようで、既に同様の記事があった(麻雀漫画まとめ 血と記憶と少女の話なら)。百合、伝奇と来たらこの作品を薦めずして何を薦めろというのか。正当派和風伝奇ゲーにして、史上最強の百合ゲーにして、アドベンチャーゲームという媒体における最高到達点の一つである。これほどヒロインを一人一人攻略していくのが楽しいゲームを他に知らない。その人の人間に初めて触れる瞬間の感慨、絡まり合った謎が一つ一つ解き明かされていく構成、鮮やかに色づいていく世界。マルチシナリオ・マルチエンディングという特性をここまで昇華している作品は希である。
 『咲-Saki-』の面白さの一つは、青春の甘酸っぱさとフェティッシュな変態っぷりの織りなすコントラストだと思うが、『アカイイト』の変態ぶりも負けず劣らず素晴らしいぞ。この作品の主人公である羽藤桂ちゃんは平々凡々とした女子高生で、戦闘能力そのものは皆無なのだが、実は神代の時代から流れる、鬼や神(平たく言えば人外の者)に八百の力を与える「贄の血」の持ち主で、この血を人外のヒロイン勢に吸わせることで戦いを支援していく。その血の飲ませ方が実にバリエーション豊かでね……。「いや、感動的で色っぽいシーンで本人たちはいたって真面目なんだろうけど、それって冷静に考えるとおかしくないか?」というシリアスな笑いを誘ってやまないのだ。「いや、素晴らしいネーム力で心を動かされたけど、冷静に考えるとこのシーンってちょっと危なくないか?」という笑いは『咲-Saki-』にも共通するものだと思う。また、血を与えるという行為で変化するヒロインとの関係の構図も絶妙でね。あたし力を与えて護ってもらう人、あなたあたしを護る人という単純な構図に落とし込めない、SM(スレイブとマスター)チックな人間関係の妙がそこにはある。なんのこっちゃと思う人は本編をプレイして、桂ちゃんの誘い受けからの流れるような口説きを見て納得してほしい。
 惜しむらくは『咲-Saki-』と伝奇要素で共通しているところがあまりないことかな。最近出て来た淡=金星説を採用するなら、ルシファーと同一視されることもあるあの御方と被るのだが。何か見落としていたら指摘をお頼み申す。
 注意点としては、ADVで出来ることはやり尽くしていると言っても過言ではない作品なので、これを真っ先にやってしまうとその他の作品が物足りなくなってしまうことだ。体験者が語っているのだから間違いない。
アカイイト
B0002ONEM0

『水月』
 この記事を書いている途中でタイトルがまさに「海底撈月」であることに気付いたぞ……。
 宮守女子の小瀬川白望ことシロの能力である「マヨイガ」がシナリオの根幹に係わっている。シロと雪さんは性格こそ180度違うが、色素薄めの造形が共通しているのが面白い。Pixivでコラボ絵を見つけて嬉しくなった。
「〔ついったらくがきまとめ〕さきろぐ」/「オダワラハコネ」の漫画 [pixiv]
 タイトルの通りに幻想的・幽玄的でつかみ所のない伝奇作品だが、謎のまま煙に巻いている割合と劇中で提示される情報の割合が絶妙で、しっかりと情報を整理して読み解けば世界の成り立ち、一つの道理が見えてくるようになっている。まさにプレイヤーがフィールドワークを実戦するわけだ。そのゲームデザインが中々面白い。 
水月 ~すいげつ~
B000065D7K

『二重影』
 この記事を書こうと思ったそもそもの動機が、私的素敵ジャンクさんのこの記事を読んで「なんだか『二重影』がやりたくなってきたぞ」と思ったからだった。
臼沢塞と塞の神、そして咲−Saki−の中に隠された柳田国男の初期の著作へのリスペクトについて - 私的素敵ジャンク
 というのも、臼沢塞の元ネタである道祖神についての解説がこの作品の劇中にあるからだ(どんなシチュエーションだったかは思い出せない)。この作品で、道祖神が村と外の世界との境界に置かれて、疫病や災厄が入ってくるのを防ぐものだということを知った輩は少なくないだろう。他にもヒルコの語源とか、呪的逃走についてとか。
 往年の名作和風伝奇ゲーで、用語辞典まで用意されている蘊蓄(道祖神の他にも「道」の字の成り立ちなど、境界に関わるものが多い)だけでも楽しいが、戦闘パートや『リング』をほうふつとさせるな時間制限付きの謎解きパートも中々に読ませてくれる。ただし、基本的に選択肢総当たりのADVであること、この記事で列挙した他の作品に比べるとシステムが恐ろしく使いづらいこと(これでも前作『終ノ空』より改善されているのだが……)には注意されたし。そもそもWindows7や8で動くのかしらん?
 伝奇ゲーをプレイする上での楽しみの一つに「ネタ被り」がある。同じモチーフでも作品ごとに取り込み方、解釈の仕方がまるで違っていて、それが面白くてならないんだよね。『二重影』も日本神話の有名なエピソードを取り上げているのだが、ちょうど『○○』を読破したばかりだったのでプレイ中にニヤニヤし通しだった。その後に『○○の○』をプレイしたときも口角が持ち上がりっぱなしだった。あの共謀めいたワクワク感は同好の士にならわかってもらえると思う。
 そういえば、新道寺女子の制服が『素晴らしき日々』の北高のそれと似ているなと思っていたが、ネクタイしか似ていなかった。
二重影
B00008HZRY

『黄昏のシンセミア』
 「ジャコスいくの!?」で知っている人もいるかもしれない。王道の伝奇ゲーで、主人公が生まれ故郷である村に帰省したところから物語が始まる。といっても、過去の忌まわしき因習や儀式が残る集落での陰鬱な話ではなく、わりと近代化された、そう、ちょうどジャスコがまだイオンになる前ぐらいの古きよきイメージの田舎である。エロゲーにしては登場人物にクセがなく、主人公の孝介くんは好漢で行動力があり、おばさんや従姉妹の子、昔遊んだ友だちや近所のお姉さんはみなよい人で、彼女らとの交流は心温まること請け合い。しかし過去編の描写は打って変わって凄惨極まりなく、であればこそ現代編で絡みもつれ合った禍根が解かれるさまは美しい。
 伝奇ゲーとして一番近いのは『○』だろうか。化外の民のルーツが○○○であるところも共通している。メインヒロインの一人である銀子さんは、古より人里離れて山に住みつつ村人たちの手に負えない有事の際に力を貸しており、彼らからは「山の民」と捉えられている。シロ、雪さん、銀子さんと、この記事で紹介した作品の山より来たる人の造型が、銀髪の麗人という点で共通しているのはなかなか面白い。あと、劇中で「迷い家」についての言及がある。
 また、キャラクターデザイン・原画のオダワラハコネさんは『咲-Saki-』(特にシロとセーラ)のファンで、素晴らしいイラストや同人誌をものされているぞ。
黄昏のシンセミア 通常版
B003YN4TXO

『パルフェ~chocolat second brew~』『この青空に約束を―』
 思えばエロゲーの主人公は無趣味、無所属がデフォルトで、学生の青春部活動もの(それも文化系)というとぱっと思いつく作品がなかった。青春を謳歌していてかつ全体の水準が高い作品というとまるねこ作品が頭に浮かんだが、『パルフェ』はメンバーが一丸となって一つのアクティビティ(メイド喫茶の経営)に取り組みはするが社会人の話だし、『こんにゃく』はこれ以上ないくらいの学園青春もので、過疎化が進む地域の物語という点では『阿知賀編』をほうふつとさせるが、部活動は本筋に絡んでこない。なので両作品を紹介してお茶を濁すことにした。この括りでよりしっくりくる作品をご存じだったら教えてほしい。他に何かあったかな……。将棋……囲碁……かるた……歴史研究会……全然思いつかない。
 丸戸作品がまず評価されるべきなのは、共通パートの圧倒的な牽引力だと思う。あれは信者ではない私でも舌を巻く。
パルフェ~ショコラ second brew~ Re-order
B000BSFJUW
この青空に約束を- 通常版
B000FTC1AI


 というわけで、『咲-Saki-』の主要構成要素のうち「百合」「伝奇」「変態」「青春」については網羅できたが、肝心かなめの「能力バトル」「麻雀」が補足できなかった。麻雀要素については仕方ないとしても、エロゲーで能力バトルものの名作がすぐに思いつかないのが意外だったなぁ。いや『鬼哭街』も『Fate/stay night』も『あやかしびと』も『Paradise Lost』も面白かったけけれど、能力バトルかと言われるとちょっと違うよね。私は『咲-Saki-』を能力バトル漫画として批評する際に、最も参考になる作品が『ジョジョの奇妙な冒険』だと思っているのだけれど、それについてはまた別の記事で語ろう。
 『アカイイト』関連でうちのサイトを見ていてまだ『咲-Saki-』を読み込んでいない輩は……何やってるの(怒)!? 許さないよ。さくっと麻雀のルールだけでも覚えて本屋に走らなあかんよ。長々とした説明はあえて描かない麻雀漫画だが、その分解説・考察コンテンツが驚くほど充実しているので初心者でも大丈夫だ。

2013/03/16
 作成。
2017/08/19
 黄昏のシンセミアを追加。

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2017年07月25日

白衣性愛情依存症 レビュー・感想 散漫とっちらかっぷりはさらに悪化

 前作『白衣性恋愛症候群』からシナリオ担当が代わり(向坂氷緒)、シナリオゲームへの歩み寄りが見られる一方、一番言いたいことが何なのか伝わってこない点はまったく解決していない。散漫とっちらかっぷりはむしろ悪化している。

 まず作品全体の構成について。出自が不明な主人公がヒロインとの距離を縮めていくうちに彼女の心の裡と多層的な謎が明らかになる、という構成は一般的なシナリオゲームのそれに近く、前作に比べて作品を通しての読み応えは微増していた。一方で、タイトルにもある白衣……看護については真面目に向き合うのはほんの序盤だけで、前作ではいくらか冗長ですらあった描写はなおざりもいいところになっている。シナリオの比重は前述した過去の謎の解明に移っているのだが、謎の研究施設、謎の人体実験、謎の超能力、謎の人格憑依といった設定はかなり突拍子がなく、バックボーンは説得力があんまりない。一つまた一つと謎が解けていくさまはそれなりに楽しいのだが、その謎に引きずられる形で作品の芯はますます不明瞭になっていて、終わってみたら何について書かれた作品だったのかよくわからなくなること必至。
 前作から継承された要素としては、ショッキングなゴシップの要素がある。不倫に始まり薬物洗脳、果てはカニバリズムやネクロフィリアまでよりどりみどり、全年齢対象でやりもやったりだ。しかし、キワモノエンドが各ヒロインに1個ずつご丁寧に用意されているさまはまるで営業ノルマをこなしているかのようであり、分岐もバッドエンド前の選択肢で決まるお手軽さなので、上滑りがさらに酷いことになっている。悲劇に対する美学もこだわりもまったく感じられず、「ゆるふわ萌えゲーと思わせてショックを与えちゃる!」という下心はこれまで以上に明け透けだった。けっこう鼻についた。このおやつ感覚の鬱要素が作風の乱れに拍車を掛けているのは言うまでもない。
 シナリオ担当の向坂氷緒について。過去作『384, 403km―あなたを月にさらったら』はHライトノベルとして割と楽しく読んだのだが、この作品は才気がさっぱり感じられなかった。せいぜいクラゲ(部部長)や星(をおうひと)というモチーフの落とし込みに片鱗の切れっぱしくらいが見えた程度だ。
 テキストは、主人公の頭のゆるさに呼応するように前作よりさらにゆるくなっていて、単刀直入に言うと幼稚だった。ますますターゲットの年齢層がわからなくなる。中には

なんで今日になって、
すとーかーさん(←やわらか表現)
みたいな真似を?

びゅうう、ってそれに風も出てきて、
なんだか不穏な感じのする空、天気だった。


わたし、えっへん。
「うう…………(ずーんorz)」


 といったあまりにも頭の悪い文章があったが、サブライターの仕事であってほしいな。

 これならまだ、共通ルートに限れば看護の仕事と人の生き死にに真剣に向き合っていた前作のほうが多少なりとも訴えてくるものがあった。作品としての出来はどっちもどっちで、どちらもあんまりお勧めできない。

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2017年01月04日

『君の名は。』から始めるギャルゲー・エロゲー

 2016年最大の話題作である『君の名は。』を元旦になってようやく観てきました。監督の新海誠が業界の仕事をしていたこともあり「ギャルゲーっぽい話」「ギャルゲーを劇場アニメ仕様に仕立てたような作品」という評を耳にしていましたが、あながち間違っていないと思いました。既に類似記事がごまんとありそうですが、自分でも書いておきます。
※紹介している作品が『君の名は。』のネタバレになりかねない(その逆も然り)ので注意のこと

『Kanon』
『AIR』
 『君の名は』のプロット、不可思議な状況に放り込まれた主人公、戸惑いながらも始まる人との交流、奇妙で平穏な日々の中で深まっていく親愛と慕情、やがて明かされる衝撃の真実と風雲急を告げる展開、別れと喪失、奇跡と癒しという構成は、「泣きゲー」の文法とかなりの共通項があります。
 数ある泣きゲーの中でもKeyの『Kanon』『AIR』を紹介したいのは、この映画が表現している、胸をえぐる喪失感がそれを思い起こさせたからです。決して信者だからお薦めしているわけではありません。

『STEINS;GATE』
 観測された悲劇の未来を回避するために主人公が奮闘するという、いわゆるタイムリープ・タイムパラドックスを扱った映画はこの作品以前にも相当数あり、映画史に燦然と輝く名作も少なからず残されています。私は天体現象が関わっているのとタイムラグが重大な要素になっている点で『オーロラの彼方へ』をぱっと思い浮かべました。ギャルゲー業界においてもワイドスクリーン・バロックは大人気のジャンルで、媒体との親和性もあってか数多くの名作が生み出されています。
 その中でも『STEINS;GATE』は、サイエンスフィクションとしての妥当性や歴史改変の整合性はある程度確保しつつ、絶望を切り開いていく人間ドラマを中心に書いている点、根っからの悪人は(ネームドキャラには)おらず、想いを強く持つ者は最後に救われる世界観という点で、作風が似ていると思いました。『シュタゲ』はこの映画と同等かそれ以上に過酷なシナリオが展開されますが、同様に安心して最後まで読める(最後まで読めば安心できる)作品であることは請け合っておきます。

『Ever17 -the out of infinity-』
『Remember11 -the age of infinity -』
 何を書いてもネタバレになるので、何も書きません。
 グーグルのサジェスチョンで『君の名は』が思いっきり出てきたので、同じ事を考えた人はいたみたいです。

『アカイイト』
 この映画には伝奇作品としての側面も少しだけあります。あくまで話の主軸は青春劇であり、登場する専門用語がわからずとも楽しめる作品ですが、わかったらわかったでさらに面白くなること請け合いです。
 今回ご紹介する作品は、PS2の本格和風伝奇百合ゲー『アカイイト』。劇中で「黄昏(誰彼)」「幽界」「彼岸」「分霊」についての解説があり、タイトルに至ってはまんま「赤い糸(縁の糸)」です。かてて加えて、物語の過去編で【ネタバレ】神代の時代に天津甕星が武葉槌命に服された話まで出てくる【ネタバレここまで】始末。これ以上に『君の名は』の副読本に向いている作品はありません。天地神明に誓って信者だからお薦めしているわけではありません。

『サナララ』
 (お話・キャラクター・エロ共に)くどくなくてさわやか、ボーイミーツガール、へんてこなシチュエーション・妙ちきりんな出会いからの泣かせる展開といった要素から思い浮かべたのがこの作品でした。あと、『君の名は』と同様に強い夏のイメージがあるのですが、『みずいろ』と混同していますかね。

『はるのあしおと』
『ef』
 関連度で言えばここで紹介している作品の中でもっとも高く……というのも、新海誠その人がデモムービーを作成しているからです。公式で公開されていたので一緒に貼っておきます。『ef - the first tale.』のデモを観た当時は「変態だー!」という叫びがこみ上げてきましたが、今観ても狂っています。全編アニメのOPデモというのは以前にもありましたが、明らかに図抜けていやあしませんか。私は後にも先にも、エロゲーでこんな映像を見たことがありません。映像表現に対する賛辞の語彙が乏しくて申し訳ありません。



 なお、二作品はシナリオの評価もかなり高いです(私の観測範囲では)。私は恥ずかしながら『はるのあしおと』が未プレイなので、そう遠くないうちに抑えておきます。

【関連記事】
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2016年12月19日

白衣性恋愛症候群 レビュー・感想 実直な看護描写と軽薄なファンタジーの激しい乖離

 私がこの作品をあまり評価できない理由は簡単で、話の軸が定まらずにぶれているからだ。あんたが一番書きたいのは、看護の現場の実態を描く半ドキュメンタリーなのか? 主人公が一人前の看護師として成長するまでのビルドゥングスロマンなのか? 「癒しの手」による救済のファンタジーなのか? 恋愛や痴情のもつれの末のゴシップなのか? それが伝わってこなかった。
 看護の要素については、作者の実体験に基づくのだろう、真っ当な描写がなされていた。飛び交う専門用語や符丁はもっともらしく、描写の細かさは現場のすえた空気まで伝えていた。息つく暇も無しに起こる生死のイベントは、それを見届けたり看取ったりする人間の情感まで含めて丁寧に書き込まれていた。印象深かったのは、病人が亡くなった横で子どもが笑って遊んでいる、そんな不思議な空間が病院なんだという主人公の述懐で、これはおそらく作者の所感そのままなのだろう。
 しかし、それがある意味仇になっていて、「癒しの手」という(お世辞にも作り込まれているとは言い難い)作中概念を巡るファンタジー要素と激しい乖離を起こしている。私は何も、超自然要素で人が癒されることの是非を問うているのではない(私がノベルゲームでもっとも好きな作品は、死んでいた人間が生き返るお話だ)。要はフィクションラインの問題だ。ファンタジックな治療の手段が(少なくとも読者の視点で)観測されている世界観で、人を癒すことや人の死を受け入れることの難しさを問われても、少なくとも私の心にはあんまり響かない。ファンタジーの要素がやっつけであるならばなおのことだ。
 方々で話題になっていた、黒化や拉致監禁などのいわゆる「鬱展開」については、行動原理やそこに至るまでの過程にあまり説得力が無く、読み手に衝撃を与えてやろうという下心が悪目立ちしていた。この悪癖は『星彩のレゾナンス』でも見られていな。
 いちおう筆致についても触れておくと、例えるならゆるい女学生の実況中継・日記帳といったあんばいで、どんな層を狙っているのかよくわからなかった。テキストを読んでいて、楽しい、心地よいと思えた時間がほとんど無かった。そもそもテキストゲームとして評価するのがお門違いな作品なのかもしれないが。

工画堂スタジオ 白衣性恋愛症候群 RE:Therapy
B007TNYRRS

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