2013年07月03日

スティーヴン・キングの「筆力」とは

ひつ‐りょく 【筆力】

筆の勢い。筆勢。また、文章を表現する力。

筆力 とは - コトバンク


 最近はもっぱら『咲-Saki-』関連記事ばかり更新していたので(記事が伸びるのが楽しくてなぁ……)、ものっそい久しぶりにスティーヴン・キングについて書いてみようと思う。私はKey・麻枝准作品や『咲-Saki-』と同じくらいキングの作品が好きなので、どうにかうちのビューワーにステマをして競技人口を増やそうと思っているのだが、なかなかうまくいかない。さて、今回のテーマはキングの「筆力」についてだ。ちまたではよく「キングの筆力は凄まじい」「キングの筆力はずば抜けている」「ジャンルや洋の東西を問わずキングフォロワーはいくらでもいるが、あの筆力には到底追いついていない」というような言葉を耳にする。筆力……筆の勢い、筆勢ねぇ。私はというと、以下に挙げるような文章にキングの化け物じみたパワーを感じるのだが、他のナンバーワンのファンの方々はどうなのだろうか。

 前にもおれがいったとおりで、アンディーは見えないコートのように自由をはおっていたし、囚人的な精神状態におちいらなかった。やつの目は、けっしてあんなどんよりした目つきにならなかった。一日がおわって、みんながまた果てしない夜を迎えにめいめいの監房へもどるときも、けっしてあんな歩き方――あの猫背を引きずるような足どり――にならなかった。アンディーは胸を張り、足どりはいつも軽やかで、うまい手作りの夕食と、愛妻の待っている家へ帰るようだった。味も素っ気もないびしょびしょに煮くずれた野菜と、ごろんとしたマッシュポテトと、たいていの囚人が謎の肉という、あの脂っぽくすじの多い一切れか二切れの肉のかけらのところへ……そして、壁に貼ったラクエル・ウェルチのポスターのところへ帰るようには見えなかった。
It goes back to what I said about Andy wearing his freedom like an invisible coat, about how he never really developed a prison mentality. His eyes never got that dull look. He never developed the walk that men get when the day is over and they are going back to their cells for another endless night - that flat-footed, hump-shouldered walk. Andy walked with his shoulders squared and his step was always light, as if he was heading home to a good home-cooked meal and a good woman instead of to a tasteless mess of soggy vegetables, lumpy mashed potato, and a slice or two of that fatty, gristly stuff most of the cons called mystery meat ... that, and a picture of Raquel Welch on the wall.

(『刑務所のリタ・ヘイワース(Rita Hayworth and Shawshank Redemption)』)


 それがようやく私を得心させた。この子は死んでいる。病気でもなく、眠っているのでもない。この子はもう二度と、朝起きることもないし、リンゴを食べすぎて腹をくだすこともないし、毒ヅタをつかむこともなしし、むずかしい数学のテストの時間に、タイコンデローガ・ナンバー2の先端についた消しゴムを、すり減らすこともない。この子は死んでいるのだ。死んでしまったのだ。この子は友達と泉の水をびんに詰めに行くこともできないし、ズックの袋を肩に、溶けだした雪から顔をのぞかせた、返却代がもらえる空きびんを回収に行くこともできない。今年の十一月一日の午前二時に目をさまして、バスルームに駆け込み、ハロウィーンの安っぽいキャンディを大量に吐くこともできない。教室で女の子の三つ編みを引っ張ることもできない。誰かの鼻を殴って血まみれにしたり、または、血まみれにされたりすることもできない。この子は、なにひとつ、できないし、しないし、しようともしないし、なにもせずにいることもないし、しなければならないことも、するはずのことも、できるはずのことも、しないのだ。ターミナルが“否(いな)”と告げている装置の側にいるのだ。一セント入れなければならないヒューズ。鉛筆削り機のけずりかすや、朝食時のオレンジの皮の匂いのする、教室の机の横のゴミ箱。窓が破れ、地所に〈進入禁止〉の札が立ち、屋根裏部屋はコウモリの巣となり、地下室はネズミでいっぱいの、町はずれの幽霊屋敷。ミスター、マダム、若き紳士淑女諸君、この子は死んでしまった。わたしは一日中それをそう言いつづけていられるし、地面の上の彼の素足と、茂みに引っかかった彼の汚れたケッズの靴との間の距離については、正確なことを言いたくない。その距離は三十インチ以上、十の百乗光年だ。彼は自分の靴と離れ、すべての希望をあきらめたかなたにいる。彼は死んだ。
That finally rammed it all the way home for me. The kid was dead. The kid wasn't sick, the kid wasn't sleeping. The kid wasn't going to get up in the morning anymore or get the runs from eating too many apples or catch poison ivy or wear out the eraser on the end of his Ticonderoga No 2 during a hard math test The kid was dead; stone dead. The kid was never going to go out bottling with his friends in the spring, gunnysack over his shoulder to pick up the returnables the retreating snow uncovered The kid wasn't going to wake up at two o'clock a.m. on the morning of 1 November this year, run to the bathroom, and vomit up a big glurt of cheap Halloween candy. The kid wasn't going to pull a single girl's braid in home room. The kid wasn't going to give a bloody nose, or get one. The kid was can't, don't, won't, never, shouldn't, wouldn't, couldn't. He was the side of the battery where the terminal says NEG. The fuse you have to put a penny in. The wastebasket by the teacher's desk, which always smells of wood-shavings from the sharpener and dead orange-peels from lunch. The haunted house outside of town where the windows are crashed out, the NO TRESPASSING signs whipped away across the fields, the attic full of bats, the cellar full of worms. The kid was dead, mister, ma'am, young sir, little miss. I could go on all day and never get it right about the distance between his bare feet on the ground and his dirty Keds hanging in the bushes. It was thirty-plus inches, it was a googol of light-years. The kid was disconnected from his Keds beyond all hope of reconciliation. He was dead.

(『スタンド・バイ・ミー(The Body)』)


 クリスは笑いながら歩み去った。わたしのように傷付いていないというように、わたしのように足に豆ができているわけではないというように、わたしのように蚊や、スナノミや、ブヨに悩んだわけではないというように、足取りも軽く、優美な歩きかただった。まるでこの世に悩みは一つもないと言わんばかりの、屋内水道設備もなく、破れた窓にはビニールが貼ってあり、家の前ではたぶん不良の兄貴が待っているにちがいない、たった三部屋の家(小屋、という方が真実に近い)に帰るのではなく、豪邸に帰るところだと言わんばかりのくったくのなさだった。
He walked off, still laughing, moving easily and gracefully, as though he didn't hurt like me and have blisters like me and like he wasn't lumped and bumped with mosquito and chigger and blackfly bites like me. As if he didn't have a care in the world, as if he was going to some real boss place instead of just home to a three-room house (shack would have been closer to the truth) with no indoor plumbing and broken windows covered with plastic and a brother who was probably laying for him in the front yard.

(『スタンド・バイ・ミー(The Body)』)


 彼はビー玉で喉を詰まらせてやろうと待ちかまえている。クリーニング屋からもどってきた洗濯物のビニール袋で、窒息させてやろうと待ちかまえている。電気というてっとりばやく致死的なブギー……〈"最寄りのスイッチ板"もしくは"現在使用されていない電灯のソケット"等でいつでもお手に入ります〉……で、黒焦げにしてやろうと待ちかまえている。二十五セントのピーナッツの袋、気管に吸い込まれたステーキの一片、この次に封を切る煙草の箱、どこにでも死がひそんでいる。彼はいつでも身近にいる。人間の世界と不死の世界の間のチェックポイントを、つねにモニターしている。不潔な注射針、毒虫、切れて垂れ下がった電線、山火事。急に向きを変えたローラースケートが、交通の激しい交差点に愚かな子供をとびださせる。シャワーを浴びようと風呂に入ればそこにもオルが待ちかまえている…〈シャワーメイトと楽しいシャワー〉。飛行機に乗れば、オルが搭乗券を受け取る。彼はあなたの飲む水のなかにいるし、あなたの食べる食べ物の中にもいる。一人おっちで、こわくなったとき、あなたは闇にむかって叫ぶ。「そこにいるのはだれだ?」すると、返ってくるのは彼の返事なのだ。こわがらなくてもいいよ。わしさ、わしがいるだけだ。よう、気分はどうだ? あんた、腸癌にかかっているぜ。やれやれ、悪運だね。ごめんソーリー、ひげソーリー! 敗血症! 白血病! 白血病! アテローム性動脈硬化症! 冠状動脈血栓症! 脳炎! 骨髄炎! ヤッホー、やったろじゃないか! 戸口にナイフを持ったペイ患。真夜中に電話。ノース・カロライナのどこかの高速出口では、バッテリー液で血が煮える。どかっと渡される錠剤、これを片っ端からむしゃむしゃやってくれ。窒息して仮死状態になったあとの、爪のあの奇妙な青っぽい色合い――生存のための最後の厳しい戦いのなかで、残った酸素を脳髄がすっかり使ってしまうのさ。爪の下のそれらちっぽけな細胞のなかのものまでも。いよう、みんな、わしの名は《オルのらいまおう》、なんなら"オル"だけでもいいぜ。なんせ、もう今じゃ古なじみの親友同士だから。なに、ちょっと立ち寄っただけさ、あんたにすてきな鬱血性心臓麻痺か、脳血栓か、なにかちょっとした贈り物をあげるために。いや、長居はできないんだ、ある女性と異常分娩のことで会わなくちゃならんし、オマハでは、煙を吸わせてやるというささやかな用事も待ってるんでね。
 われわれはパトロールをつづける……息子とおれは……なぜなら、いきることの要諦は戦争でもセックスでもなく、もっぱら《オルのらいまおう》を相手にまわしての、その気高い、絶望的な、うんざりするような戦いにのみあるのだから。

(『ペット・セマタリー』)


 私が「キング節」としてイメージしているのがこのような文章だ。
 スティーヴン・キングはデビューから一貫して、高尚な批評家から「文学的価値がなく」「品のない」「大衆作家」と苦言を呈されてきた。キングその人ですら『恐怖の四季』の前書きなどで、自分の作品を「マクドナルドのビッグマックとフライドポテトの大と同じ文学的価値」と卑下している。なるほど、如何に余計なことを書かずして読み手に情景や情感をかき立てるかが文学のお作法だとしたら、キングの文体はあまりにもごてごてしていて、写実的すぎて、それとはかけ離れている。脳炎! 骨髄炎! バビロンの淫売婦! すすぎ洗いだ! ポール、すすぎ洗いの時間だよ! こういった表現も社会通年上一般的に見て、純文学と称される作品とはあまり噛み合わない類のものだ。それにこのオッさんはどんだけ固有名詞が好きなんだ。
 上掲した『スタンド・バイ・ミー』のシークエンスを文学的見地から添削するとこうなるのだろうか。

 クリスは笑いながら歩み去った。わたしのように傷付いていないというように、わたしのように足に豆ができているわけではないというように、わたしのように蚊や、スナノミや、ブヨに悩んだわけではないというように、足取りも軽く、優美な歩きかただった。まるでこの世に悩みは一つもないと言わんばかりの、屋内水道設備もなく、破れた窓にはビニールが貼ってあり、家の前ではたぶん不良の兄貴が待っているにちがいない、たった三部屋の家(小屋、という方が真実に近い)に帰るのではなく、豪邸に帰るところだと言わんばかりのくったくのなさだった。


 ふんふむ、冒頭の文章以外はまるっと削っても支障はないかもしれない。「笑いながら」「去った」という表現だけでクリスの颯爽としてくったくがない様子は伝わってくる。後に続く描写は見方によっては「過剰」「蛇足」と言える。四角四面に文学的価値を考えれば、ばっさりと削除してしまうのが正解なのだろう。しかし、私はキング節のこういった余りある「過剰さ」が素晴らしいと思うのだ。私はまず、まるでその人の生活を子細に観察してきたような恐ろしい情景喚起力に圧倒される。加えて、読み手の五感に訴えかけてくる描写力、ガジェット選びの繊細なセンスに惹き付けられる。茂みに引っかかったケッズの空虚なさまや、スナノミやブヨの噛み痕の痛がゆさや、びしょびしょに煮くずれた野菜のからえずきしそうなまずさや、教室のごみ箱から漂うオレンジの皮の、不快であると同時に甘ったるい匂いがまざまざと感じられるではないか。そして、この畳みかけるような独特のリズム感がやみつきになる。「言葉の奔流」という言葉はこんな文章のために用意されているのだろう。こういった、批評家の評価も文学的価値も何のその、てめぇの書きたいことを思いのまま書き殴る「胆力」が、キングその人と世にあふれるキング・チルドレンの一線を画するところだと思う。
 また、文章に書かれている以上のことが伝わってくる、語り手の秘めた感情が伝わってくると言う点に限れば、キングの小説は文学の王道を貫いていると言えずともない。ゴーディがクリスの惨状、小旅行を終えてぼろぼろに傷ついた身体の様子から掃き溜めのような家の状態までを淡々と語りつづける様子からは、酸鼻を極める状況でもクールに振る舞うことのできる彼のタフさに対するあこがれが読み取れないだろうか。同様に、レッドが独房に戻るアンディーを待ち受けるみじめでみすぼらしい物事をつらつらと書き連ねる様子からは、そんな状況でも自分自信を見失わない彼の資質に対する畏敬の念、賞賛の念が伝わってこないだろうか。行き着くところまで行ったルイスが、オルのらいまおうの所業……思いつく限りの事故死や病死について陽気にまくし立てる様子から、彼と息子を取り巻く「死」の影に対する病的な恐怖がひしひしと感じられないだろうか。
 そんなこんなで、キングの余りある描写力、彼の言うところの「文学的象皮病」は誇るべき資質であること、彼の文体から作品全体を非文学的だと決めつけるのは早計であること、この二点を私は訴えつづけていくつもりである。

刑務所のリタ・ヘイワース 感想・レビュー スティーヴン・キング
 長ったらしい『刑務所のリタ・ヘイワース』のレビューだが、後半部でこの作品における文学的要素について触れているのでこちらもどうぞ。

ゴールデンボーイ―恐怖の四季 春夏編 (新潮文庫)
スティーヴン キング Stephen King
410219312X
スタンド・バイ・ミー―恐怖の四季 秋冬編 (新潮文庫)
スティーヴン・キング Stephen King
4102193057
ペット・セマタリー〈上〉 (文春文庫)
スティーヴン キング Stephen King
416714803X

2012年06月10日

ポケットモンスター第6世代に期待すること 対戦環境の改善要望

 ポケットモンスタ-第五世代は当初、第四世代以上のバカ火力ごり押しゲーになるのではないかと予想されていた。シャンデラ、ヒヒダルマ、オノノクス、ナットレイなどの無駄が一切ない戦闘マシーンのような種族値配分は、ポケモンをデータか商売道具としか考えていないポケモンスタッフのスタンスが如実に表れていて、われわれの心胆を寒からしめた。しかし、ふたを開けてみれば、ヒヒダルマはスカーフ以外では運用のしようがなく、また上から叩かれただけで即死することが判明して早々に駆逐されてしまった。オノノクスはガブのタイプがいかに優秀か証明するだけだった。ナットレイはゴツメてつのトゲ型やジャイロアタッカー型はあっという間に対策され、害悪でんじはみがやど型に身を窶すことでどうにか生きながらえた。シャンデラは繰り出し性能があって圧力が掛けられる貴重なゴーストとしてなんとか息をしていだろうか。結果的に、第五世代の戦闘マシーンポケモンは環境を激変させるには至らなかった。しかし、発売から1年以上が過ぎ、研究が進められた今でも、思考停止で甚大な被害を与えるポケモン、技、戦法はごろごろ存在している。ランダム対戦の現環境は酸鼻を極める状況だ。天候思考停止ごり押しのトノグドラ、カバドリュがある。しんかのきせきの泥沼糞耐久受けループがある。ちょうのまい、ちいさくなるなどの既知外ハメ積み技がある。前世代から何の調整もされなかったラティオス先輩、トゲキッス先輩もバリバリの現役だ。いやはや、枚挙にいとまがない。彼らは今日も、数多のプレイヤーのこめかみに青筋を浮かばせ、あるいはゲームそのものをやめたくなるほどの脱力感を与えつづけている。

 今回の記事では「第六世代ではこの点を改善してほしい」という私の要望をだらだらと書こうと思っている。平然と、害悪だの厨だのと特定のポケモンを誹謗中傷したり、特定のプレイングを悪し様に罵ったりする予定なので、そういった行為に胸くそが悪くなる方はそっと戻るボタンを押していただきたい。

ポイズンヒールの回復量 最大HPの1/8から1/16に
 何でノーリスク(持ち物は縛るけれど)かつ状態異常実質無効かつ永続でこんなに回復すんねん! あめうけざらやアイスボディの回復量は1/16じゃねぇか。同じ1/8回復のかんそうはだは、ひでりでダメージを受ける、炎のダメージ増加というリスクがあるだろうよ。よりにもよって、第四世代における害虫代表のキノガッサちゃんと、第五世代における害虫代表のグライオンくんにこんな特性を与えるんじゃないよ。いや、グライオンはこの特性のせいで害虫になったと言う方が正しいのか。
 
あめふらし、ひでり、すなおこしの天候変化を永続から5ターンに
 しめったいわ等々を持たせていたら8ターン、それ以上はまかりならん。
 天候変化とくせいの効果が永続なのは、第四世代の時点で修正されるべきだった。修正しないんだったら一般ポケモンに与えるべきではなかった。永続でさえなければ、テンプレのトノグドラにも、史上最悪の害獣である砂ガブも、まもるなりサイクルを回すなりでターンを稼ぎ、しのいだら反撃という戦術が通るんだよ。思考停止雨パにあんなでかい顔をさせることはなかったんだよ。マイナーポケモンでも一矢報いることはできたんだよ。今の仕様じゃあさじを投げるっての。
 元は伝説ポケモン専用で、シナリオで俺TUEEEEEEをやるためだった鬼特性を、一般ポケにばらまいたのがよくなかったんだろうか。それに、ニョロトノもキュウコンも単体で充分戦えるスペックがあるじゃあないか。与えるなら与えるでもっと微妙なポケモンにしておけよ。
あるいはすいすい、ようりょくそ、すなかきのすばやさ上昇を2段階から1段階に
 トノグドラでバカの一つ覚えのドロポンごり押ししてきて、外れたら切断というパターンが多すぎるだろ。
 晴れパのようりょくそはぶっちゃけどうでもいいんだ。問題はすばやさが2倍になる上に、一致技の威力が1.5倍に強化されるされる雨パのすいすい持ちだ。頭おかしいやん。何も対策していないパーティにとっては、常に強化りゅうのまいがかかっているポケモンを相手にするようなもんだぞ? 天候を上書きする、メタポケモンで対抗する以外にどうしろっちゅうねん。
 あとは、雨が振っているだけで炎タイプの威力が落ちすぎじゃあないだろうか。3/4くらいでいいじゃないか。雨下のでんじはみがやどナットレイとか吐き気がする。雨パのこいつのためだけに格闘ポケモン入れるの嫌になる。
 現在の天候の仕様を擁護する奴は、二言目には「そんなの対策すればいいじゃん。雨パが相手ならナットレイなりビリジオンなりをパーティに入れればいいじゃん。ユキノオーやバンギラスで天候を上書きすればいいじゃん」と言うが、天候パと互角に戦うために、対策ポケモンのパーティ入りと選出を強制している時点で狂っているんだよ。ゲームバランスもへったくれもなくなっているんだよ。ナットレイとか、あんな出来損ないのUFOみたいな気色悪いポケモン、いくら強くても使いたくないっての。「特定のポケモンを入れればどうにかなるからOK」はとうてい認められない。通らない。
 
いたずらごころに発動率設定(50%くらい)
あるいはすばやさ2段階上昇(1段階で充分?)に変更

 無条件で優先度+1はいくらなんでも目障りすぎる。ぶっちゃけるけどね、私はこのクソ特性を考えたスタッフが首になったら、天を突くガッツポーズをしてしまうね。不謹慎ながら。第五世代はこのぶっ壊れ特性のせいで、コピペのオッサンがでんじはおいかぜするだけのゲームになってしまったじゃあないか。汚らしい淫獣エルフーンくんも、下火になったとはいえ充分うざい。こいつは覚える技のラインナップが酷すぎる。やどりぎのタネだのコットンガードだのしびれごなだのアンコールだの、特性を最大限に駆使して相手をハメるための技がよりどりみどりだ。エルフーンの設定をしたスタッフは性根がねじくれているんじゃないか。他にも、かつては弱点がないことだけがレゾンデートルだったヤミラミくんも、この特性を得たことで人生が一変したね。すばやさガン無視で、おにび、めいそう、じこさいせい、メタバを駆使して、三段飛ばしで害獣への階段を駆け上った。奴やエルフーンは、補助技害悪ポケモンへの特効薬であるちょうはつやアンコールに免疫があるのもうざいね。奴らが先制でちょうはつやアンコールを使ってくるんだもん。

みがわりとまもるを同属性にする、連続して使うと失敗する
 害悪戦法はまもみがに始まりまもみがに終わる。ポイヒグライオンの遅延行為や、第五世代初期にはやったやどりぎエルフーンなど、みがわりとまもるのどちらかが欠けても嫌がらせとして機能しない害悪戦法は多い。
 私の考えた対策は、みきりとまもるを交互に繰り返しても失敗するように、まもるとみがわりも同属性にして、連続で使用すると失敗するようにすることだ。こらえるも同様の仕様なんだから、こらえる以上にうざったいみがわりも一括りにしていいじゃないか。ぜひやってくれ。
まもる、みがわりのPPを5に
 ポイントマックスを使うことを前提として、16回も必要ないでしょ。まもるが必須らしいダブルだって、8回も使えれば充分だろ? 確かプレッシャーの影響は受けなかったよね。
相手の交代時にまもるを使ってもわざが成功する(次に使うと50%で失敗する)
 細かい点だが、ぜひ修正してほしい。これが実現すれば、ミスター課金の加速バシャーモさんの攻略難易度ががくっと下がるんだ。思考停止の初手まもるを読んでスカーフを差し込めば、後は上から叩いてはい終了。こいつはいいよ、ぜひ検討してくれ。

てんのめぐみ わざの追加効果の発動率+20%に変更
でなければエアスラッシュの命中を90%、ひるみを20%に変更

 最近の害鳥キッスくんは、スカーフエアスラか思考停止ハチマキしんそくぶっぱばっかりだな。でんじはクソゲーは滅多に見なくなった。
 前々から思っていたけれど、ポケモンスタッフってユーザーの声を一切聞いていないよな。ちゃんと聞いているなら、第四世代にあれだけ厨ポケの名をほしいままにしたトゲキッスの調整をしないのはありえない。
 こんな修正をしたらしたで、エアスラでひるまないorはりきりと同じくクソ外ししたら切断、と言う輩が増えそうだけどね。この害鳥を使ってる奴は、どっちの特性でも、でんじは搭載でも思考停止スカーフエアスラでも、結局自分の思い通りにならなかったら切断してくるんだよな。それが心底面倒くさい。こいつはもう見るのも嫌だ。吐き気がする。

からをやぶる こうげきととくこうは1段階上昇、あるいはすばやさは1段階上昇
 こなくそ! この技を考えた野郎は二度と開発に関わらないでほしい。計2段階ダウンで6段階アップとか気が狂っている。そもそもだな、からをやぶって素早くなるのは理解できないことはないが、なぜこうげきととくこうが急上昇するんだ? パルシェンが殻を破ったら、でてくるのはあのゴースみたいな奴だろ? あの見るからにひ弱そうな奴に、伝説ポケモン以上の攻撃力があるってのか?
ちょうのまい とくこうとすばやさ1段階上昇
 これで充分でしょ。なんで効果をりゅうのまいと対にしなかったの? バカなの?
 コットンガードだって、とけるやバリアーと同じく2段階上昇で充分でしょ。今のところ害悪エルフーン以外は微妙なポケモンにしか配布されていないが、もともと早くて固い強ポケに安売りされたらさらにクソゲー化が加速するぞ。物理アタッカーが減って、ラティオスりゅうせいぐん帝国がさらに盤石なものになるな。
ちいさくなる 元通り回避率1段階上昇 あるいはぼうぎょととくぼう1段階ダウン
 でなければ攻撃を喰らった瞬間即死するとか、そんな感じで一つ頼む。本当に、ちいさくなるの仕様変更を考えた奴の正気を疑うわ。いちど精神科で見てもらったほうがいいんじゃあないだろうか。ハードローラーやふみつけみたいな、採用理由のない技の威力が上がることでバランス調整したつもりなの? 脳みそがクソなの?
アンコール、ちょうはつ、トリックは回避率無視で命中100%
 これくらいはしてくれてもいいんじゃないか。たったこれだけで、様々なポケモンが、バカの一つ覚えでちいさくなるを繰り返す害虫を確実に駆除できるようになる。ぜひとも実現してほしい。 

まひの仕様 すばやさは1/3OR1/2、しびれてうごけない確率は20%
 バンギガブのクソゲーはどうにかならないのか。いらいらする。
 まひについては、すばやさが1/4になるという初代の滅茶苦茶な仕様をいまだに引きずっているのがおかしい。動けない確率を25%にしたならそっちも修正したらどうだい。加えて広範囲にばらまかれているでんじはの命中率が100なのも納得できない。おにびやどくどくは外れるじゃねぇか、不公平だ。

どく、こおり、いわ、あくタイプの救済
 この4タイプの中で一線級で戦えるポケモンはどれだけいるんだ?
 こおりといわの調整は、さじ加減を間違うとバンギやノオーがイカレ性能になるのでほどほどに。もともと一致技の攻撃性能は最上位だから、弱点を一つ減らすか耐性を一つ付与してあげるくらいでちょうどいいと思う。深刻なのはどくタイプだ。攻撃面が目も当てられない。よく言われるように、みずかかくとうにこうかばつぐんにしてあげてもバチはあたらないんじゃないだろうか。防御面でも、いくら耐性が4つあるといったところで、そのうち3つはサブウェポンでもあまり採用されないマイナー属性ではないか。売りになるのはかくとう耐性+どくどく無効くらいじゃないのか。どくタイプの他の特徴として、弱点が2つだけで、かつ一つがマイナーであることも挙げられるが、弱点が少ないかわりに耐性も少ない優等生は現環境では非常に使いづらく、ずば抜けた長所とは言いがたい。これはエスパー、あくタイプにも言えることだね。一部のしんかのきせき害悪を除けば、種族値による受けが成立しづらい昨今、耐性が少ないポケモンの繰り出し性能は下がる一方だ。
 ああ、これもよく言われるが、くさタイプの強化は全くもって必要ないから。やるなよ。絶対やるなよ。やつらはいやがらせ技の豊富さとメジャー耐性の多さで充分バランスが取れている。これ以上強化するなら、かわりに全てのくさポケからやどりぎのタネや各種こなを永久に没収しろ。
 
しんかのきせき 1進化目のポケモンには無効
あるいはぼうぎょととくぼうを1.3倍に変更

 いただいたコメントを基に優先度を変更した。なるほど、これならポリゴン2もヨノワールもラッキーも適用外になるね。この対策は思いつかないでもなかったんだが、ピンプクの存在をまるっきり忘れていて「ちいさくなる投げラッキーに効果があるんじゃあ何も変わらんやんけ!」と却下していた。申し訳。
 しんかのきせきは、趣味以外に採用理由がなかった進化前のポケモンにスポットライトを当てる画期的な道具のはずだった。今まで対戦では見向きもされなかったポケモンに、檜舞台で活躍するチャンスを与えてくれるはずだった。開発者の、いろいろなポケモンを対戦で使ってほしいというその志やよしだ。だが、同時にヨノワール、ラッキー、ポリゴン2といった後付け進化組が糞耐久の厨ポケとなり、雨後の竹の子のようにそこら中で増えて害を為すことは予想できなかったんだろうか?
 結局、元からそこそこ戦えていた進化前ポケモンが厨ポケと化しただけで、彼らを突破することがとうてい無理なマイナー進化前はさらに肩身が狭くなってしまった。本末転倒だと思う。

ねむりの残りターンは交代してもリセットされない
 というか、これってバグでしょ? でなければプログラマーの力量不足でしょ。いつパッチを出すなり回収するなりするん? 過去作では有効に機能していた、対戦のゲームバランスと精神衛生に大きく関わる仕様を急に削除する理由がない。このうんこ仕様のせいで、ねむりごなほえるフシギバナとかいう害虫があらたに誕生してしまった。
複数催眠禁止
ねむりごなの命中 60%

 私は基本的に催眠運ゲーが大嫌いなので、ポケモンスタジアムの複数催眠・複数氷が発生しない仕様の輸入を切に希望している。

ステルスロックの調整(ダメージの回数制限、回収など)
 こうそくスピンは6→3じゃあ入れる枠ねーから。
 ステロを撒いてひたすらあくびしてくるHSユクシーに、マイナーポケモンはどうやって対抗すればいいんだろうか。彼、S種族値も95あるから悠長に挑発もできないし、やってもとんぼで逃げられるんやけど。ステロが無効タイプなしで無尽蔵にダメージを与える仕様だからこんなハメが成立するわけで、3~4回ダメージを与えたら消滅してほしい。
 とりあえず、いわタイプにステロのダメージ無効&回収の能力を付与してはどうだろうか。奴らは耐性が壊滅的なのでこれくらいの特典はあってもいいんじゃないか。

ランダムマッチは今まで通りの仕様、対戦相手を募集するモード、対戦相手を選ぶモードの3パターンから選べるようにする
 この仕様については万人が諸手を挙げて歓迎するんじゃないか? そこまで難しい技術とも思えないので実現を切に希望する。ルームごとに禁止ポケモンなどのルールを設定できれば言うことなしだ。フリーでもラティ零度スイクン加速バシャetc...で俺TUEEEEEEEEEEがやりたい奴や、泥沼糞耐久ポケモンで泥沼糞試合をやりたい奴や、催眠積み技で運ゲーがやりたい奴は、同士を募ってよろしくやってくれればいい。


まとめ
 口をすっぱくして言うが、きせき投げラッキーにしろ、トノグドラにしろ、対策できないことはないけれど、絶対的に対策を強制している時点でゲームバランスが崩壊しているんだよ。改善しなくていい理由にはならない。このさい、シナリオの厨二オナニー路線や、腐れユーザーインターフェイスには目をつぶるから、対戦相手を選択できる仕様くらいは取り込んでくれないだろうか。一つ検討をお頼み申しあげる。

2012/01/24執筆 2012/06/10加筆修正
 ブラック・ホワイト2発売まであと二週間。このうち一つでも改善されればいいなぁ。

tags: ポケモン 
2010年12月20日

スティーヴン・キング ハードカバーコレクション(完成度90%)



1.
『ランゴリアーズ』『図書館警察』『ザ・スタンド(上)』『ザ・スタンド(下)』『ドラゴンの眼(上)』『ドラゴンの眼(下)』
2.
『ライディング・ザ・ブレッド』『暗黒の塔Ⅰ ガンスリンガー』『暗黒の塔Ⅱ ザ・スリー』『暗黒の塔Ⅲ 荒地』『暗黒の塔Ⅳ 魔導師の虹(上)』『暗黒の塔Ⅳ 魔導師の虹(下)』『マーティ』
3.
『ドロレス・クレイボーン』『ジェラルドのゲーム』『ヘッド・ダウン』『いかしたバンドのいる町で』『不眠症(上)』『不眠症(下)』
(中央は大きさ比較用のニンテンドーDS)
4.
『ニードフル・シングス(上)』『ニードフル・シングス(下)』『トミーノッカーズ(上)』『トミーノッカーズ(下)』『IT(上)』『IT(下)』
5.
『小説作法』『トム・ゴードンに恋した少女』『リーシーの物語(上)』『リーシーの物語(下)』『ミザリー』『ローズ・マダー』『デスペレーション』
6.
『グリーン・マイル』『骨の袋(上)』『骨の袋(下)』『アトランティスのこころ(上)』『アトランティスのこころ(下)』『ダーク・ハーフ』

 壮観壮観、何かのオブジェみたいだ。
 ドヤァァァァ……。なかなかのコレクションでっしゃろ。引っ越し作業で本棚の中身を空ける必要があったので記念撮影しておいた。これってぜーんぶ、ネットショッピングなんてさせてもらえなかった学生時代に、通学途中にある古本屋を何件も何件も回って少しずつ集めたもんなんよ。まさに血と汗と涙の結晶や、自分の足だけでここまで集めるのは中々骨が折れたでぇ。新居では目立つところに陳列して思うがままに見せびらかすぞっと。価値をわかってくれる奴はなかなかいなさそうだけど。
 なぜ『デスペレーション』はあるのに『レギュレイターズ』がないのかというと、何冊かは見つけたんだけれどそのことごとくが美品じゃなかったので買っていないのです。他に何が抜けてるのかな。『呪われた町』や『シャイニング』もハードカバーがあるらしいけれど、まだ一度もお目にかかったことがない……。kingdowさんうらやましや。私も社会人の経済力を駆使してヤフオクに当たってみようかな。

2010年03月19日

刑務所のリタ・ヘイワース スティーヴン・キング レビュー・感想

 たった163ページの中にキングの資質が凝縮されている。狂言回しであるレッドの饒舌な語り口にもてあそばれるのがひたすらに楽しい。あらすじが一行で済むシンプルな物語をここまで聞かせるのは並じゃあない。これだけ濃密な読書体験ができる短編もそうそうないので、どちらかというホラーと怪物のキングが好きな人もぜひ読んでみてほしい。キングの数少ない超自然要素抜き――主流(mainstream)と書くと先生に怒られる――の小説を読んでいない人は、「ホラーとか超常現象はちょっと(笑)」などと言ってキングの大半を読んでいない人に負けず劣らずもったいないことをしている。
 ネタバレに一切配慮していないのと、ナンバーワンのファンと言わずとも、それなりにキングを読み込んでいる人でないと理解しにくい考察である点はあしからず。 


Terrible accident. Too bad.
 まずは名言集をどうぞ。
 

 やつらはやる気だ。ハドリーとマートは屋上からアンディーを投げ落とすだろう。悲惨な事故。デュフレーン、囚人番号八一四三三-SHNKは、空のバケツを運びおろす途中で、はしごから足をすべらして転落した。かわいそうに。
 They were going to do it; Hadley and Mert were simply going to pitch him over the side. Terrible accident. Dufresne, prisoner 81433-SHNK, was taking a couple of empties down and slipped on the ladder. Too bad.


「あんな神経質なやつは見たことない」とトミーはおれに話した。「あんなやつが泥棒をやるなんてむちゃだよ、とりわけ銃を持たせちゃまずい。ほんのささいな物音でも、あいつは一メートルもとびあがるんだ……床におりたときには、おそらく銃を撃ちはじめてるな」
"I never seen such a high-strung guy," Tommy said. "A man like that should never want to be a burglar, specially not with a gun. The slightest little noise, he'd go three feet into the air ... and come down shooting, more likely than not."


 チェスターは鉢植えに水をやり、床にワックスをかけるようにいわれていた。おれの推測では、その日、鉢植えはのどがカラカラだっただろうし、チェスターの垢だらけの耳が境のドアの鍵穴の上を磨いたのが、唯一のワックスがけだったろう。
 Chester was supposed to be watering the plants and dusting and waxing the floor. My guess is that the plants went thirsty that day and the only waxing that was done happened because of Chester's dirty ear polishing the keyhole plate of that connecting door.


 よくぞまぁこんな言い回しがぽんぽんひりだせるもんだと感心する。「ほんのささいな物音でも、あいつは一メートルもとびあがるんだ」「おれの推測では、その日、鉢植えはのどがカラカラだっただろう」までは誰でも書けると思うが、この後に「床におりたときには、おそらく銃を撃ちはじめてるな」「チェスターの垢だらけの耳が境のドアの鍵穴の上を磨いたのが、唯一のワックスがけだったろう」とはなかなか続けられない。私も読書家の末席を汚す身で、例えばドナルド・E・ウェストレイクやネルソン・デミルなどの、ウィットに定評のある大物作家の作品を読んだが、キング先生は彼らに一歩も引けをとらないと思う。
『リタ・ヘイワース』は浅倉久志さんの訳もいい。私は悲惨な事故。かわいそうに。が特に気に入っている。


I think you remember the name of the town, don't you?
 keyおよび麻枝准の考察のときにも似たようなことを書いたが、スティーヴン・キングの小説には、作品の枠すら越えて、幾度となく繰り返される場面・構図がある。車輪が回転して元の位置に戻ってくるように*1。カ・テットが怪物との対決で発動させる魔法は、どれも不条理で荒唐無稽だが、芯の部分には共通するものがある。また、旧友に再会したような懐かしさを覚える、過去作品の登場人物の要素を受け継いだキャラクター、同じような役割を担わされたキャラクターが多く登場する。ゴードン・ラチャンスとビル・デンブロウ、リッチィ・トージアとエディ・ディーン、後述するアンディー・デュフレーンとクリス・チェンバースなどはまさにそうだろう。五冊、十冊と読み込んでいくうちに、やつが書きたいのはこれなんだ、やつが語りたいのはこの瞬間なんだ、というのが自然にわかってくると思う。このキング的なお約束、様式美、『暗黒の塔』読者にはおなじみの〈カ〉がわかるようになると、やつの小説がだんぜん面白くなってくる。キングも麻枝准同様、それほど芸風が幅広い作家ではないので(引き出しは多いが)、真剣に読み込めばわりかしすぐに理解できるはずだ。
 仮にこの『リタ・ヘイワース』が第38節、レッドがアンディーのことを語り終えたところで閉じられていたとしても、十二分に良作短編の範疇だろう。しかし、新しい便箋を使って書き足されたという設定の、39節から40節のレッドの旅のパートで、キングの他の長編に匹敵するものに化けたと思う。キングがここで描いたのは、時間の流れを超越する魔法だ。やつが何度となく語ってきた、時の流れから取り残されていたものを自分の手にすくい上げる瞬間の感慨だ。ジョージア・パインズ老人ホームの物置で、葉巻箱からミスター・ジングルスがひょいと顔を出したときの。禿頭で中年太りのビル・デンブロウがシルヴァーを駆り、高らかに「ハイヨー、シルヴァー、そおれゆけえええええ!」と叫んだときの。キャロルが『蠅の王』の表紙裏にあの献呈を見つけたときの。映画を観ている人には、トトがアルフレードの形見のフィルムを見たときの、といえばわかるだろうか。
 レッドがアンディーの黒曜石と、その下にあった手紙をつかんだときのえも言われぬ感慨、レッドと読者の前から煙のようにこつぜんと姿を消してしまったアンディーが、突然こちらをふりかえって語りかけてくる瞬間の感動は、キングの蒼々たる名作群のハイライトと比べても遜色ない輝きを放っていると思う。このおっさんは、本当にどのボタンを押せばいいのか、勘所を心得ている*2

*1『ザ・スタンド』からパクってきた。
*2『アトランティスのこころ』からパクってきた。


In 1975, Andy Dufresne escaped from Shawshank.
 次はキングのストーリーテリングにおける妙技について語ろう。読書歴の浅い身で言うのもなんだが、私はスティーヴン・キングほど、読者への優位性*3なるものに精通してして、それを最大限に活かして読者を湧かせることができる作家を知らない。キングの十八番は、読者をじりじりさせるほのめかしがである。ファンなら誰でも身に覚えがあるだろう。そしてもう一つの武器が、読み手の意表をつく不意打ちである。章の始まりで核心に触れることを言ってしまったり、時系列ではかなり後のことになる出来事や、時には全てが終わった後のことを語ってしまったりするお馴染みのあれだ。これを絶妙のバランス感覚で繰り出して読者を翻弄するのがキング流の語りだと思う。その集大成が、分冊形式での出版という最悪のいやがらせ(誉め言葉)まで加えた『グリーン・マイル』だったわけだが、技術そのものは『リタ・ヘイワース』で既に完成されている。
 ここで一つお聞きしたい。“アリーとはこの後たった一度だけ顔を合わせることになるのだが、それがこの世の別れだった。”のような焦らし、未来示唆は、伏線あるいはフラッシュフォワードで間違いないと思うのだが、“ジェイクは神殿を発見した。そのために危うく命を落とすところだった。”のように、章や節の内容を最初の一文で言い切って読者の気を引き、それから詳しい説明に入る技法は何と呼ぶのかわからない。どなかた正式な名前をご存知なら教えてほしい。
『リタ・ヘイワース』では、全40節のうち5節の始まりに上記の言い切りの形が、そして驚くなかれ、11節もの終わりにフラッシュフォワードが使われているのだ! 実に四分の一以上である。キングはやられる側の苦しみと楽しみを身を以て知ってからこそ、こんなひどいこと(誉め言葉)ができるのだろう。往年のキングはサタデイ・イブニング・ポストなどの連載小説をこよなく愛していて、郵便屋が雑誌を届けに来るのをポストの前で待ちかまえているような少年だったそうだ。『リタ・ヘイワース』を読んでいると、まるで月刊の連載小説を一気読みしているような凄まじい濃密さを感じるが、キングは執筆中に少年時代に楽しんだそれを頭に浮かべていたんじゃあないかと思う。各節の終わりに<次号へつづく>と入れてみると、この上なくしっくりくるのだ。

 言い切り

-29-
アンディーがはじめておれの前にやってきたのも、日曜日のことだった。
 It was on a Sunday that Andy first came to me.


-45-
 アンディーがリタ・ヘイワースを密輸してほしいといってきたのは、それから五ヶ月あとだった。
 It was about five months later that Andy asked if I could get him Rita Hayworth.


-84-
 トミー・ウィリアムズがショーシャンクのしあわせ一家に仲間いりしたのは、一九六二年の十一月だった。
 Tommy Williams joined our happy little Shawshank family in November of 1962.


-110-
 アンディーの暗い気分が消えたのは、一九六七年のワールド・シリーズの季節だった。
 His dark mood broke around the time of the 1967 World Series.



 フラッシュフォワード

-26-
 この連中には、買収も、ごますりも、泣き落としもきかない。ここの委員会に関するかぎり、金は物をいわないし、誰もムショから出られない。アンディーの場合には、それ以外にも理由があった……だが、それはおいおい話していこう。
 You can't buy those guys, you can't sweet-talk them, you can't cry for them. As far as the board concerned, money don't talk, and nobody walks. There were other reasons in Andy's case as well ... but that belongs a little further along in my story.


-28-
 はじめてアンディー・デュフレーンが話しかけてきたときのことは、いまでもおぼえている。まるできのうのことみたいに。ただし、そのときの注文はリタ・ヘイワースじゃなかった。あれはもっとあとだ。一九四八年の夏にやつが注文したのは、もっとほかのものだった。
 I remember the first time Andy Dufresne got in touch with me for something; I remember like it was yesterday. That wasn't the time he wanted Rita Hayworth, though. That came later. In that summer of 1948 he came around for something else.


-44-
 シスターも、アンディーが適応したもののひとつだった――そして一九五〇年に、それは全く完全にストップした。そのへんはおいおい話すことになる。
The sisters was something he adjusted himself to - and then, in 1950, it stopped almost completely. That is a part of my story that get to in due time.


-51-
 それと、もっとほかのことも感じた。あの男のおそろしい根気のよさに対する尊敬の念だ。しかし、ずっとあとになるまで、アンディ・デュフレーンが本当にどれだけ根気がいいかを、おれはまだ知らなかった。
 and I felt something else, too. A sense of awe for the man's brute persistence. But I never knew just how persistent Andy Dufresne could be until much later.


-65-
 たしかにアンディーにはよくわかってたんだ。ことの成り行きから見ると、やつはおれよりもずっとそれがよくわかってた――おれたちの中のだれよりもだ。
 And he did understand it. The way it turned out, he understood a lot more than I did - more than any of us did.

 

-66-
 あの青白い男は、自分の身体の裏口に五百ドルを隠して持ちこんだが、そのほかにもこっそりなにかを持ちこんだ。それはやつ自身の値打ちだったかもしれないし、やつが最後の勝者になるという気分だったかもしれない……それとも、ひょっとしたら、このくそったれな灰色の塀の中にさえ存在する、自由な気分だったかもしれない。やつが持ち歩いていたのは、一種の内なる光だった。やつがたった一度だけその光を失ったのをおれは知ってるが、それもこの物語の一部なんだ。
 He brought in five hundred dollars jammed up his back porch, but somehow that graymeat son of a bitch managed to bring in something else as well. A sense of his own worth, maybe, or a feeling that he would be the winner in the end ... or maybe it was only a sense of freedom, even inside these goddamned grey walls. It was a kind of inner light he carried around with him. I only knew him to lose that light once, and that is also a part of this story.


-79-
「たぶん、いつかわたしのいう意味がわかるときがくるよ」
 やつのいうとおりだった。それから何年もあとで、おれはやつのいう意味をさとり……そしてさとったときに最初に思いだしたのは、ノーマデンのことだった。アンディーの監房の中はいつも寒かったという、ノーマデンのあの言葉だった。
"Maybe someday you'll see what I mean," he said, and he was right. Years later I saw exactly what he meant ... and when I did, the first thing I thought of was Normaden, and about how he'd said it was always cold in Andy's cell.


-84-
 いいかね、やつは一九六三年まで、つまり、このせまっくるしい地獄穴へほうりこまれて十五年たつまで、あの事件の真相を知らなかったんだ。トミー・ウィリアムズに会うまでは、どれだけその地獄穴がひどい場所になるかをしらなかったんだ。
 See, I don't think he knew the truth until 1963, fifteen years after he came into this sweet little hell-hole. Until he met Tommy Williams, I don't think he knew how bad it could get.


-109-
 おれはまだそれらを持っているし、しょっちゅうそいつをとりだしては、ひとりの人間にどれだけのことができるかを考える。もしその人間に時間がたっぷりあって、一度にひとしずくずつその時間を使う根気があればだが。
 I've still got them, and I take them down every so often and think about what a man can do, if he has time enough and the will to use it, a drop at a time.


-110-
 ということで、ひょっとしたら、ノートン所長も満足だったかもしれない……すくなくとも、しばらくのあいだは。
 So maybe it was Warden Norton who was pleased ... at least, for a while.


 もっとも芸術的なのはあの一文だろう。
 22節、アンディーはレッドにここを出たあとの詳細なプランを語る。一年中あたたかいメキシコのシワタネホに行く。海岸沿いでハネムーンの客用の小さなホテルを経営して、のんびりと余生を過ごす。驚くなかれ、塀の外にはピーター・スティーブンズという新しい身分と、三十七万七千ドルの財産が用意されているらしい。それを手に入れるための貸金庫のカギが、バクストンの牧草地にある黒曜石の下に隠されている。あれさえ手に入れれば新しい人生を踏み出すことができる。アンディーは最後に、レッドに自分のホテルの調達屋にならないかと持ちかけて、すたすた歩き去っていく。よっぽど察しの悪い読者以外は、アンディーがどうにかして刑務所の外に出ようとしているのがわかる。
 23節の始まりはこうなっている。

-123-
 というわけで、話は脱獄のことになる。
 Which leads us, I guess, to the subject of jailbreaks.


 ここで疑惑は確信に変わり、読者はアンディーはこれからどうやって刑務所を出るつもりなのか思いを巡らすことになる。
 しかし、大方の予想に反して23節ではアンディーの話題は全く出てこない。ここで語られるのはショーシャンクで行われた諸々の脱獄についてだ。塀を乗り越えたてもサーチライトが一晩中回転していること、それから逃れてもハイウェイでヒッチハイクをしているところでたいていの囚人がお縄になること。ランドリーのベッドシーツに隠れてとんずらする方法がメジャーだったこと。“青空奉仕”の途中で、看守が綺麗な鹿を追いかけていった隙に藪の中へ消えてしまった囚人のこと。所内野球大会の途中に、ライニング・マシンをひっぱったまま悠々と門から出て行ったシッド・ニドーの脱獄劇。せまい地下室でグライダーを完成させたビーバー・モリスンのこと。ショーシャンクでは31年で四百件以上の、月に換算すると12.9件もの脱獄未遂があったこと。1937年には集団脱獄があり、14人の“凶悪犯罪者”が建築資材を使って逃げ出したが、逃げおおせたものは一人もいないこと。こういった聞いていて面白くはあるのだが、本筋とは関係のないうんちくがだらだら6ページほど続く。
 24節では、アンディーはとてもこんな方法では絶対に脱獄できないし、ノートンは口を割られるのを恐れて絶対に塀の外に出したりしない、弁護士とウィリアムズの協力で裁判のやり直しを請求したほうが賢明だ、とレッドが語る。そしてもはやお馴染みになった焦らし

-130-
 どうやらやつの考えていることは、ほかにもいっぱいあったらしい。
 Apparently he'd been thinking about a lot of other things, as well.


 でこの節は閉じられる。アンディーの考えってなんだよ? 囚人たちを率いて暴動でも起こすのか? くそっ、この親父は人を焦らせるのがほんとうに好きだな。ぶつぶつ言いながら次の節に目を移すと、やにわに飛び込んでくるのが

-130-
 一九七五年に、アンディー・デュフレーンはショーシャンクから脱獄した。
 In 1975, Andy Dufresne escaped from Shawshank.


 この一文である! やりやがった! ここまで隠してきたものを、潔く言い切ってしまうのがすばらしい。これぞキング節だ、あざやかすぎる。読者の気が完全に緩んでガードが下がっているところに、最高の一発を叩き込んでくる。この一発で完全にノックアウトされたわれわれは、否応なしに物語の最後までページをめくらざるをえない。ここのくだりを書いているときのキングはさぞや気分がよかったことだろう。読者(愛しのタビーさん)のぽかんとあっけにとられた顔を想像しながら、卵に鼻をつっこんだ犬のようなにやにや笑い*4を浮かべていたに違いない。
 他にも巧いと思ったのは、36ページ、レッドがロックハンマーのお礼を言いにきたアンディーの顔を描写するところ。 

 その日のやつの顔ときたら、見られたざまじゃなかった。下唇はサマー・ソーセージみたいに腫れあがり、右目は半分ふさがり、片頬には洗濯板みたいなひどいすり傷があった。シスターどもとのいざこざにまちがいなかったが、やつは一言もそれにふれなかった。
 He was nothing to look at that day, I can tell you. His lower lip was swelled up so big it looked like a summer sausage, his right eye was swollen half-shut, and there was an ugly washboard scrape across one cheek. He was having his troubles with the sisters, all right, but he never mentioned them.

 
 ここで唐突にシスターという単語が登場する。んんっ、シスターとはなんぞ? 礼拝堂のシスター? 病棟の看護婦? それともなにかの隠語なのか? と読者の気を引いてから、二段落置いて、明けて5節で

 シスターについてひとこと。
 たいていの刑務所では、この手の連中の呼び名は……
 A few words about the sisters.
 In a lot of pens they are known as ...


 とようやっと説明に入るのだ。キングはこの手の、釣り針を引っかけて魚を生殺しにする手法が心底お好きなようだ。
 この緩急を自由自在に操って、読者を手玉に取る語りのセンスは、物書きのハウツー本を読んだところでとうてい会得できるものではない。キングのもう一つの特性である、人間誰しもが恐怖を感じるものを鋭く描きだす能力、早く言えば世界一の恐がりであることは、おそらく天性の素質だと思うけれど、この力強い語り口は後天的に身に付けたものだろう。膨大な読書量、膨大な執筆量はもとより、毎晩家族で連載小説の読みきかせをするような恵まれた環境で育ち、また自分の“最良の読者”*5に語りきかせてわくわくさせることを、常に念頭に置きながら書きつづけてきたことで体得したリズムだと思う。こんなに魅力的で意地の悪い語りは、常日頃から、息を吸うように物語を語っているやつ、三度の飯より物語で人をやきもきさせるのが好きなやつじゃないととてもできない。
 私には「――そのときの注文はリタ・ヘイワースじゃなかった。あれはもっとあとだ。一九四八年の夏にやつが注文したのは、もっとほかのものだった……」「ちょっと、スティーヴ! リタ・ヘイワースを注文したってどういうことなの? わかったわ、アンディーたちがどうにかして、ショーシャンクに慰安に来てもらったのね? そうに決まってるわ、そうなんでしょう?」「だめだよ、タビー。この後はまだ推敲していないんだ。今日はここまで、続きはまた明日のお楽しみ……」なんてやりとりが聞こえてくるかのようだった。
『恐怖の四季』のキングの語りからは、脱力しているようで全く隙がない達人拳法家の構えというか、抜いたカーブを織りまぜてバッターをきりきりまいさせる老練ピッチャーの風格というか、既にそんなものが感じられる。キングが『リタ・ヘイワース』を書いたのは、『デッド・ゾーン』の脱稿直後らしいので、1980年付近だと思うのだが、デビューから七年かそこいらでよくぞここまで成熟したものだ。

*3『グリーン・マイル』まえがきからパクった。
*4『スタンド・バイ・ミー』からパクった。
*5『グリーン・マイル』あとがきからのいただき。


ムショの中で心配したって引きあわねぇ。
 今回はたまたま原著のペーパーバックが手に入ったので、電子辞書の助けを借りながら、新潮社版とえっちらおっちら読み比べをしたのだが、浅倉さんの訳は素晴らしいの一言だった。浅倉さんは豊かな日本語力で、原文の空気を可能な限り伝えようとしている。スティーヴン・キングの翻訳といえば、池央耿さんによる『ガンスリンガー』の古風で格調高い文体や、深町眞理子さんの『シャイニング』などが評価が高いけれど、氏の生きた言葉を自在に使いこなした訳もよかった。SF畑で活躍なさっていた方なので、どちらかといえばこの作品は専門外の分野なのだろうけれど、それでこれだけの訳ができるのは地力があるからだろう。優れた翻訳家の方の日本語力、語彙力には本当に頭が下がる。そこらでゴロまいている物書きが裸足で逃げ出す。私の語彙の七割がたは、翻訳小説を読んでいるうちに身に付いたものだ。
 今回の読み比べで思ったのは、原語で読むことが出来ない私のような読書家も、この小説並みの質の高い翻訳ならば、大して割を食っていないんじゃないかということ。英語が聞き取れない映画好きなんかと比べたら天と地の差だ。訳文で海外小説を読んでいる読書家はかなり恵まれていると思う。みなさんも一緒に自分の幸運に感謝しよう。私は英語が、とりわけリスニングがからっきしで、字幕なしでは映画が観られないのだが、俳優がべらべらしゃべっているのに字幕が一行ぽつんと出ているだけだったり、固有名詞や独特な表現が平易な言葉に置き換えられていたりすると、激しい喪失感と劣等感に襲われる。ありていに言えばおたくなのだろう。DVDで映画を見るときはなるべく吹き替えプラス英語字幕にしている。これなら少なくとも情報量は減らないからだ。話が逸れてしまった、洋画の字幕に対する愚痴は別のエントリーでじっくりやろう。とにかく、そんな面倒くさいおたくタイプの人間である私を黙らせるほど、浅倉さんの本訳は多彩で巧みだったということだ。
 あえて欲を言うならば、Even-Steven Killer(くそ平等殺人鬼)やgrain and drain(断食療法)、a hedious, heinous crime(憎んでもあまりある凶悪犯罪)などの言葉遊びの部分はルビで残してほしかったなぁと。たしかに訳が非常に難しいところなのだが。それと38節と39節の間にある罫線はしっかりと移植してほしかった! ここだけは譲れない。詳しくは後で書くが、あれにはメタ的に重要な役割があると思うからだ。それ以外にはまったくと言っていいほど不満がなかった。
 浅倉さんの名訳をいくつかピックアップしてみる。

-170-
 すっかり興奮してるようだ。あんまり興奮してるおかげで、手がふるえて、鉛筆が満足に握れない。これは自由人だけが感じられる興奮だと思う。この興奮は、先の不確実な長旅に出発する自由人にしかわからない。
 どうかアンディーがあそこにいますように。
 どうかうまく国境を越えられますように。
 どうか親友に再会して、やつと握手ができますように。
 どうか太平洋が夢の中とおなじような濃いブルーでありますように。
 それがおれの希望だ。
 I find I am excited, so excited I can hardly hold the pencil in my trembling hand. I think it is the excitement that only a free man can feel, a free man starting a long journey whose conclusion is uncertain.
 I hope Andy is down there.
 I hope I can make it across the border.
 I hope to see my friend and shake his hand.
 I hope the Pacific is as blue as it has been in my dreams.
 I hope.


 どうかうまく国境を越えられますように、のくだりは、映画『ショーシャンクの空に』(レッドのセリフは原作のまま)の字幕だと「国境を越せるといいが。友人と再会できるといいが……」、吹き替えだと「無事国境を通過できるといい……」と訳されていた。私は浅倉さんの訳がもっとも“自由人だけが感じられる興奮”を表現できていると思う。予定調和の世界と決別し、先行きの不安な自由の世界に踏み出したレッドの不安と切実な祈りが読み取れる。

-34-
「もしつかまったら、自分で見つけたといえ。要点はそれだけさ。お前は三、四日懲罰房へほうりこまれる……むろん、おもちゃは取りあげられて、記録に罰点がつく。もしやつらにおれの名前を出しやがったら、おまえとはもうこんりんざい取引しねえ。靴ひも一組、タバコ一箱だってごめんだ。こっちは誰かをさしむけて、おまえにヤキをいれる。暴力は好きじゃないが、面子(メンツ)ってものがあらあな。やつは自分の面倒も見きれねぇ、なんて噂が立ってみろ、おれの商売は上がったりだ」
「ああ、そうだろうね。よくわかった。心配はいらない」
「誰が心配するかよ。ムショの中で心配したって引きあわねぇ」
"If you get caught, you'll say you found it. That's about the long and short of it. They'll put you in solitary for three or four weeks ... plus, of course, you'll lose your toy and you'll get a black mark on your record. If you give them my name, you and I will never do business again. Not for so much as a pair of shoelaces or a bag of Bugler. And I'll send some fellows around to lump you up. I don't like violence, but you'll understand my position. I can't allow it to get around that I can't handle myself. That would surely finish me."
"Yes. I suppose it would, I understand, and you don't need to worry."
"I never worry," I said. "In a place like this there's no percentage in it."


-72-
 たしかに、囚人の中にはいろんな特別待遇を受けるやつがいる。(略)これはそんな特権がもらえるように、シャバのだれかがそれだけの代金を払ってるんだ。そんな連中のことを、囚人たちは“天使”と呼んでる。急にだれかがナンバープレート工場で土曜の午前の作業を免除されたりすれば、その男の天使がどこか塀の外にいて、そうなるように現ナマをはずんだことがわかる。たいていの場合、天使は中どころの看守に袖の下を払い、その看守が職階組織の上と下にヨロクをばらまくしきたりだ。
 I know that there were some prisoners who received all sorts of special considerations - and there were people on the outside who were paying for them to have those privileges. Such people are known as 'angels' by the prisoners. All at once some fellow would be excused from working in the plate-shop on Saturday forenoons, and you'd know that fellow had an angel out there who'd coughed up a chuck of dough to make sure it happened.The way it usually works is that the angel will pay the bribe to some middle-level screw, and the screw will spread the grease both up and down the administrative ladder.


 シャバのだれか=people on the outside 現ナマ=a chuck of dough ヨロクをばらまく=spread the grease
 こういうテキストを読んでいるとそれだけでわくわくしてこないだろうか。私はする。
 以前キング堂さんの『おれの中の殺し屋』に関する記事で、新訳は下品度がアップしていてより生々しさが増した、「よう、ルー。ようようよう」なんて訳が、ギャングスタの人みたいで気に入ってる、という記述を見つけて、あるある、わかるわかると一人でうなづいていた。この『リタ・ヘイワース』の浅倉さんの訳も、刑務所の中の雑多な空気や、レッドの荒くれっぽさ、裏の事情通らしさが伝わってくる良訳だと思う。
 他にもこんな細かい配慮があった。

-12-
 そう、まるっきりワンマン・デパート、ニーマン・マーカスの刑務所版さ。
 Yeah, I'm a regular Neiman-Marcus.


-35-
 もし、このツルハシをだれかの頭にぶちこんだら、そいつが二度とラジオで〈フィバー・マッギーとモリー〉のお笑い番組を聞けなくなるのはまちがいない。
If you planed that pickaxe end in a man's head, he would surely never listen to Fibber McGee and Molly on the radio again.


 地味に原文にはないワンマン・デパート、お笑い番組が加えられている。氏の人となりが伝わってくるようだ。
 もう一度、今年二月にお亡くなりになった浅倉さんのご冥福をお祈り致します。


Some have got it, Sam. And some don't, and never will.
『スタンド・バイ・ミー』は私の読書における原体験であり(新潮社の100冊に感謝)、何度も読み込んでいた。『リタ・ヘイワース』と『スタンド~』は、どちらも一人称の回想形式であること、凄まじい精神力で何かをやり遂げた一人の男が話の中心にいることなどは、一読すれば誰でも気が付くだろうが、私は『スタンド~』がほとんど頭に入っていたので、描写や言い回しの細かい相似も見つけることができた。これも何かの縁なので、だらだらと書き連ねてみんとす。『スタンド~』の日本語訳は山田順子氏のもの。

 圧倒的優位にあるはずのハドリーと、クールに交渉してみせたアンディー。札付きの不良であるエースたちを相手に、拳銃一丁で向こうを張ったクリス。

-58-
 アンディーはごくおだやかに、じっと相手を見つめただけだった。氷のような目。なにも耳にはいってないみたいだ。
 Andy just looked at him, very calm and still. His eyes were like ice. It was as if he hadn't heard.


-63-
 とつぜん、アンディーが優勢になったんだ。ハドリーは、腰に拳銃、手に棍棒を持っている。ハドリーには仲間のグレッグ・スタマスがうしろに控え、スタマスのうしろには刑務所の管理本部ぜんぶが控え、そのうしろには州の全権力が控えてる。だが、金色の日ざしの中で、とつぜんそんなことはなんの関係もなくなり、おれは胸の中で心臓がピョンとおどりあがるのを感じた。(略)
 アンディーはあの冷たく澄んだ、穏やかな目でハドリーを見つめていたが、ことは三万五千ドルだけじゃないと、おれたちみんなの意見は一致した。その場面を頭の中でなんべんもなんべんもくりかえしてみたから、よくわかってる。男対男の一騎打ちで、アンディーはやつをねじ伏せたんだ。ちょうど腕ずもうの勝負で、腕力の強い男が弱い男の手首をテーブルに押しつけるように。
 Suddenly it was Andy who had the upper hand. It was Hadley who had the gun on his hip and the billy in his hand, Hadley who had his friend Greg Staminas behind him and the whole prison administration behind Stammas, the whole power of the state behind that, but all at once in that golden sunshine it didn't matter, and I felt my heart leap up in my chest.
 Andy was looking at Hadley with those cold, clear, calm eyes, and it wasn't just the thirty-five thousand then, we all agreed on that. I've played it over and over in my mind and I know. It was man against man, and Andy simply forced him, the way a strong man can force a weaker man's wrist to the table in a game of Indian wrestling.


 こちらは物置でシスターどもと対峙したときの様子。

-41-
 アンディーは例の淡い微笑みをうかべてバグズを見あげた、とアーニーはいう。三人にとりかこまれてすごまれているというより、まるで三人を相手に株や債権の話をしているような感じだった。銀行重役の三つ揃いをぱりっと着こなした感じで、ほこりの積もった掃除用品戸棚の床に、ズボンをくるぶしまでおろし、太股の内側に血をしたたらせているようには見えなかった。
 He looked up at Bogs, smiling that little smile of his, old Ernie said, as if the three of them had been discussing stocks and bonds with him instead of throwing it to him just as hard as they could. Just as if he was wearing one of his three-piece bankers' suits instead of kneeling on a dirty broom-closet floor with his pants around his ankles and blood trickling down the insides of his thighs



-265-
 クリスは深い悲しみをこめて、静かに言った。「どこがいい、エース? 腕か、足か? おれには選べない。おれのかわりにきさまが選べ」
 エースは立ちどまった。
 Chris said softly, with great regret: "Where do you want it, Ace? Arm or leg? I can't pick. You pick for me."
 And Ace stopped.


-266-
 そして重大な仕事の相手を見るような目で、クリスを見た――自分の会社を合併するとか、クレジットの限度額を交渉するとか、ボールをシュートするとか、そういうときの目つきだ。
 and he looked at Chris the way you'd look at a man who has made a serious business proposition - to merge with your company, or handle your line of credit, or shoot your balls off.


-266-
 そのときから、わたしは初めて、もっともなまなましい瀬戸ぎわの作戦というものを目撃しているのだ、と自覚した。二人ともはったりをきかせているのではない。二人とも真剣に勝負している。
 Since then I've thought it was the rawest piece of brinkmanship I've ever seen. Neither of them was bluffing; they both meant business.


-269-
「おれから離れるなよ、ゴーディ」クリスは低く震える声で言った。「離れずにいてくれよ」
「ちゃんとここにいるよ」
「行っちまえよ」クリスはエースに言った。どういう魔法を使ったのか、その声は少しも震えていなかった。まるで頭の悪い小さな子を、教えさとしているような言い方だった。
"Stick with me, Gordie," Chris said in a low, shaky voice. "Stick with me, man"
"I'm right here."
"Go on, now," Chris said to Ace, and he was able, by some magic, to get the shakiness out of his voice. He sounded as if he was instructing a stupid infant.



 どちらも商談の場面に例えているのがおもしろい。
 何となくキングが思い浮かべるヒーロー像とか、好感を持っている人間像とか、そんなものが見えてこないだろうか。

 アンディーの足跡を探すように、彼の希望だった黒曜石のかけらを探すレッドと、レイ・ブラワーの失われたバケツを探したい衝動に襲われるゴーディ。

-281-
 ばかげた空想だ。二十年前のブルーベリー用のバケツを探す大遠征。バケツは森の奥深くに投げ捨てられたか、画一住宅(トラクト・ハウス)のために半エーカーもの土地を平らにならしたブルドーザーに押しつぶされてしまったか、丈高く生い茂った雑草やイバラに深くおおわれて見えなくなっているか。だがわたしは、バケツがまだそこに、廃止になった古いGS&WM鉄道の線路のわきのどこかに、あると確信しているし、ときどき、矢も楯もたまらず、探しに行きたい衝動に駆られる。
 Stupid fantasy. An expedition looking for a fourteen-year-old blueberry pail, which was probably cast deep into the woods or ploughed under by a bulldozer readying a half-acre plot for a tract house or so deeply overgrown by weeds and brambles it had become invisible. But I feel sure it is still there, somewhere along the old discontinued GS&WM line, and at times the urge to go and look is almost a frenzy.


-282-
……わたしはそのバケツをみつけることができる気になる。錆の奥できれいな金属の面が、輝かしい夏の陽光にきらめいているのが見える。わたしは土手をおり、ぼうぼうと生い茂って、バケツの取っ手にからみついた雑草をかきわけ、そして……どうする? そう、単に時間の深みから拾いあげてやればいい。
 I feel sure I could find it. I would see clear metal winking through rust, the bright summer. sun reflecting it back to my eyes. I would go down the side of the embankment, push aside the grasses that had grown up and twined toughly around its handle, and then I would ... what? Why, simply pull it out of time.



-164-
 そこで、仕事の余暇にやりはじめたのは、小さなバクストンの町までヒッチハイクの旅をくりかえすことだった。(略)その旅にでかけるときには、いつもシルヴァのコンパスを持っていくことにしていた。
「バクストンの町に大きな牧草地がある」と前にアンディーはいった。「その牧草地の北の端には、ロバート・フロストの詩から抜けだしたような石塀がある。その塀の根っこのどこかに、メイン州の牧草畑には縁もゆかりもない石がある」
 So what I started to do on my time off was to hitchhike a ride down to the little town of Buxton. When I went on these trips, I carried a Silva compass in my pocket.
 There's a big hayfield in Buxton, Andy had said, and at the north end of that hayfield there's a rock wall, right out of a Robert Frost poem. And somewhere along the base of that wall is a rock that has no earthly business in a Maine hayfield.


-165-
 骨折り損のくたびれ儲け……しかし、二十七年間、灰色のコンクリートの壁を掘りつづけるのだってそうだ。自分がもうよろず調達屋じゃなくなり、ただの年とった荷物持ちになったときには、新しい人生から気をまぎらすために、道楽を持つのもいい。おれの道楽は、アンディーの石を探すことだ。
 A fool's errand ... but so is chipping at a blank concrete wall for twenty-eight years. And when you're no longer the man who can get it for you and just an old bag-boy, it's nice to have a hobby to take your mind off your new life. My hobby was looking for Andy's rock.



 どんな酸鼻を極める状況でもへこたれないタフな二人。

-289-
 クリスは笑いながら歩み去った。わたしのように傷付いていないというように、わたしのように足に豆ができているわけではないというように、わたしのように蚊や、スナノミや、ブヨに悩んだわけではないというように、足取りも軽く、優美な歩きかただった。まるでこの世に悩みは一つもないと言わんばかりの、屋内水道設備もなく、破れた窓にはビニールが貼ってあり、家の前ではたぶん不良の兄貴が待っているにちがいない、たった三部屋の家(小屋、という方が真実に近い)に帰るのではなく、豪邸に帰るところだと言わんばかりのくったくのなさだった。
 He walked off, still laughing, moving easily and gracefully, as though he didn't hurt like me and have blisters like me and like he wasn't lumped and bumped with mosquito and chigger and blackfly bites like me. As if he didn't have a care in the world, as if he was going to some real boss place instead of just home to a three-room house (shack would have been closer to the truth) with no indoor plumbing and broken windows covered with plastic and a brother who was probably laying for him in the front yard.



-110-
 前にもおれがいったとおりで、アンディーは見えないコートのように自由をはおっていたし、囚人的な精神状態におちいらなかった。やつの目は、けっしてあんなどんよりした目つきにならなかった。一日がおわって、みんながまた果てしない夜を迎えにめいめいの監房へもどるときも、けっしてあんな歩き方――あの猫背を引きずるような足どり――にならなかった。アンディーは胸を張り、足どりはいつも軽やかで、うまい手作りの夕食と、愛妻の待っている家へ帰るようだった。味も素っ気もないびしょびしょに煮くずれた野菜と、ごろんとしたマッシュポテトと、たいていの囚人が謎の肉という、あの脂っぽくすじの多い一切れか二切れの肉のかけらのところへ……そして、壁に貼ったラクエル・ウェルチのポスターのところへ帰るようには見えなかった。
 It goes back to what I said about Andy wearing his freedom like an invisible coat, about how he never really developed a prison mentality. His eyes never got that dull look. He never developed the walk that men get when the day is over and they are going back to their cells for another endless night - that flat-footed, hump-shouldered walk. Andy walked with his shoulders squared and his step was always light, as if he was heading home to a good home-cooked meal and a good woman instead of to a tasteless mess of soggy vegetables, lumpy mashed potato, and a slice or two of that fatty, gristly stuff most of the cons called mystery meat ... that, and a picture of Raquel Welch on the wall.


 ここはまるで双子のようだ。

 相棒のことを自分の一部だったと語るレッドとゴーディ。

-158-
 なんだ、お前は自分のことを書いてないじゃないか、と天井桟敷でだれかがいっているのが聞こえるぜ。お前はアンディー・デュフレーンのことを書いただけだ。お前は物語の脇役でしかないってな。しかし、わかるかい、そうじゃないんだ。これはぜんぶおれのことさ、一語一語がな。アンディーこそ、やつらがどうしても閉じこめられなかったおれの一部、ゲートがやっと開いて、 安物の背広と、ポケットに二十ドルのへそくりを持って出ていくときに、喜びに包まれるおれの一部だ。そのおれの一部は、ほかのおれがどんなに年とっていても、どんなにくじけて、おびえていても、喜びに包まれるだろう。アンディーはおれよりその部分をよけいに持ちあわせていて、それをうまく使っただけのことだと思う。
 Well, you weren't writing about yourself, I hear someone in the peanut-gallery saying. You were writing about Andy Dufresne. You're nothing but a minor character in your own story. But you know, that's just not so. It's all about me, every damned word of it. Andy was the part of me they could never lock up, the part of me that will rejoice when the gates finally open for me and I walk out in my cheap suit with my twenty dollars of mad-money in my pocket. That part of me will rejoice no matter how old and broken and scared the rest of me is. I guess it's just that Andy had more of that part than me, and used it better.



-307-
 わたしたちは深い水の中で、たがいにしがみついていたのだ。クリスのことは充分に説明したと思う。わたしがクリスにしがみついていた理由は、あまり定義できない。キャッスル・ロックと工場の影からのがれたい、というクリスの願望は、わたしにとって、最高の一部分になるように思われたし、クリスひとりをのるかそるかの人生に残していくことはできなかった。もしクリスが溺れていたら、わたしの一部も彼とともに溺れてしまっただろう。
 We were clinging to each other in deep water. I've explained about Chris, I think; my reasons for clinging to him were less definable. His desire to get away from Castle Rock and out of the mill's shadow seemed to me to be my best part, and I could not just leave him to sink or swim on his own. If he had drowned, that part of me would have drowned with him, I think.



 二人が語るこの世の真理。

-142-
 そこへ行ってこう教えてやりたい。その質問の答は簡単そのものだ。根性のあるやつとないやつのちがいだよ、サム。根性のないやつは、どうあがいてもだめだ。
 I could have told him; the answer to the question is simplicity itself. Some have got it, Sam. And some don't, and never will.


-302-
 ある者は溺れてしまう、それだけのことだ。公平ではないが、しかたがないのだ。ある者は溺れてしまう。
 Some people drown, that's all. It's not fair, but it happens. Some people drown.


 この中編集のみならず、キングの小説すべてを貫く何か――テーマ(笑)メッセージ性(笑)という言葉は先生が大嫌いなので――があるとすれば、この一言に尽きると思う。Some people drown.

 おまけで美しい鹿のエピソード。

-124-
 そこへ昼下がりの冷たいもやの中から現れたのが、美しい(と、おれは聞かされたが、このての話は往々にしておおげさに伝わることがある)十本の枝角のある雄鹿だ。こいつの頭をうちの娯楽室に飾ったらどんなに見ばえがするだろうと夢見ながら、ピューはそのあとを追いかけ、そのすきに三人の囚人がすたすたと歩き去った。
 when a beautiful (or so it was told to me, but sometimes these things get exaggerated) ten-point buck strolled out of the cold early afternoon mist. Pugh went after it with visions of just how that trophy would look mounted in his rec room, and while he was doing it, three of his charges just walked away.



-223-
 鹿の目は褐色ではなく、黒、灰色がかった黒だ――宝石店のショウ・ウインドウで、バックに敷いてあるベルベットのようだった。小さな耳は擦り切れたスウェード。
 Her eyes weren't brown but a dark, dusty black - the kind of velvet you see backgrounding jewellery displays. Her small ears were scuffed suede.


-224-
 牝鹿のことをみんなに話そうと喉まで出かかったが、結局、わたしは話さなかった。あれはわたし一人の胸におさめておくべきことなのだ。今の今まで、この話は人にしゃべったこともないし、書いたこともなかった。こうして書いてしまうと、たいしたことではなかったような、取るに足りないつまらないことだったような、そんな気がしていることも書いておくべきだろう。 
 It was on the tip of my tongue to tell them about the deer, but I ended up not doing it. That was one thing I kept to myself. I've never spoken or written of it until just now, today. And I have to tell you that it seems a lesser thing written down, damn near inconsequential.


-238-
 わたしは今朝出会った鹿が、緑の草を食べていた、もの静かでおちついた光景を思い出そうとしたが、それさえも、ほこりっぽくてつまらないもののように思えた。あの鹿も、誰かの狩猟小屋の炉棚の上に、狩猟記念品の首の剥製となって、生きているときのような目の光を出そうと、死んだ目につやだしのスプレーをかけられた鹿とくらべて、格段にいいものだとは思えなくなった。
 I tried to summon up the cool image of my deer, cropping at green morning grass, but even that seemed dusty and no good, no better than a stuffed trophy over the mantle in some guy's hunting lodge, the eyes sprayed to give them that phony lifelike shine.



 クリストファー・チェンパースもアンドリュー・デュフレーンも、トリシア・マクファーランドなら「血管に氷が流れている」と言いそうなクールガイだ。ローランド・デスチェインならガンスリンガーの資質があると言うかもしれない。そう言えばクリスはガンスリンガーの一人とファーストネームが一緒だな。
 とはいっても、この語る者と語られる者の二組は完全に鏡写しなわけではない。クリスは掃き溜めから不断の精神力で脱出した、という点ではアンディーは似ているが、レッドを思わせるところも少なからずある。クリスが落ちこぼれたくない、工場の影から逃れたいと泣きそうになりながら述懐するところは、自由人になろうともがき苦しむレッドの姿と重なる。そして当然ながら、レッドにはアンディーと、ゴーディにはクリスと共通する要素がある。
 この中編集に収められている作品は、キングが長編を書き上げたときの余力で書き上げたもので、最初は発表することを考えていなかったらしい。一切の気兼ねなく、好きなものを好きなように書いた結果、似たような要素や人間像が顔を出したのだと思う。
 ちなみに『リタ・ヘイワース』と『スタンド~』、それに『ゴールデンボーイ』は世界観がリンクしている。クリスをナイフで刺したのは、一週間前にショーシャンク刑務所から出てきたばかりの男だった。レッドは物語の始めのほうで、キャッスルロックの<コール>という新聞について言及している。そしてクルト・ドゥサンダーに投資の助言をした銀行家がアンディーである。『マンハッタンの奇譚クラブ』はどうだったかな、ちょっと思い出せない。そのうち読み返してみよう。


A name like that is just too pretty to forget.
「そんな美しい名前は忘れようたって、忘れられるもんじゃない」の原文である。私はこれをどこかのブログで読んで知っていたので、あにはからんや、このprettyという言葉が印象深いシーンでたびたび使われていることに気付いたのだった。こうして並べてみると、外の世界の自由を連想させるもの、アンディーの並みはずれた精神力を象徴するものに対して使われているのがわかる。

-50-
 おれは長いことそれを見つめた。二、三分はさわる勇気も出なかった。それほどきれいだったんだ。ブタ箱の中には泣きたくなるほどきれいなものがすくないが、情けないことに、たいていのやつはそのことに気がつきもしないらしい。
 I looked for a long time. For a few minute it was like I didn't even dare touch them, they were so pretty. There's a crying shortage of pretty things in the slam, and the real pity of it is that a lot of men don't even seem to miss them.


-78-
「自由。あの美しい女たちを見ていると、まるで自分が……もうすこしで……壁を抜けて、彼女たちのそばに立ってるような気がするんだ。自由の身になって。だから、ラクウェル・ウェルチがいちばん気に入ったんだと思うな。そのわけは彼女だけじゃない。彼女の立ってる浜辺がいいんだよ。あそこはメキシコかそのへんらしい。どこか静かで、自分の考えていることが聞こえてくるような場所だ。きみはポスターの写真を見て、そんな気分になったことはないか、レッド? まるでその中へ抜けていけそうな気分に?」
"Freedom. You look at those pretty women and you feel like you could almost ... not quite but almost ... step right through and be beside them. Be free. I guess that's why I always liked Raquel Welch the best. It wasn't just her; it was that beach she was standing on. Looked like she was down in Mexico somewhere. Someplace quiet, where a man would be able to hear himself think. Didn't you ever feel that way about a picture, Red? That you could almost step right through it?"


-112-
「これ、ほしいか?」そういって、ていねいに磨きあげた二個の小石のひとつをくれた。いまさっき話した“千年期のサンドイッチ”だ。
「うん、ほしいね。すごくきれいだ。ありがとう」
"You want this?" he asked, and handed me one of the two carefully polished "millennium sandwiches' I just told you about "I sure do," I said. "It's very pretty. Thank you."


-169-
 もちろん、あの町の名はおぼえてる。シワタネホ。そんな美しい名前は忘れようたって、忘れられるもんじゃない。
 Sure I remember the name. Zihuatanejo. A name like that is just too pretty to forget.


 女優のポスターについては既にアンディーが説明してくれているし、シワタネホがアンディーにとってもレッドにとっても自由の象徴だったことは言うまでもない。
 レッドが何度も語っているように、アンディーは天文学的な確率の不運で豚箱に放り込まれ、入所直後からシスターとちょっかいを出されていたにもかかわらず、世をすねた精神状態に陥らなかった。けっして卑屈にならず、鬼看守のハドリーを相手に交渉する姿や、胸を堂々と張って運動場を歩く姿は、見る人に外の世界を連想させた。レッドはアンディーと交流しているうちに、彼の言うところの自由人の気分を何度も感じている。

-32-
「運動場で日曜日の探検か?」おれは立ちあがってききかえした。ばかばかしい。だが……その小さい石英のかけらを見せられたことで、妙なぐあいに胸がキュンとした。なぜだかよくわからない。たぶん、外の世界を連想でもしたんじゃないかな。
"Sunday expeditions in the exercise yard?" I asked, standing up. It was a silly idea, and yet ... seeing that little piece of quartz had given my heart a funny tweak. I don't know exactly why; just an association with the outside world, I suppose.


-65-
 そのビールの休憩は二十分間つづき、その二十分間、おれたちは自由な人間の気分になれた。まるでビールを飲みながら、自分の家の屋根にタールを塗ってる気分だった。
 It lasted twenty minutes, that beer-break, and for those twenty minutes we felt like free man. We could have been drinking beer and tarring the roof of one of our own houses.


-122-
 やつはすたすた歩き出した。まるで、いましがた自由人に取引を持ちかけた自由人のようにだ。それからしばらくは、それだけでおれは自由な気分になれた。アンディーにはそんな芸当ができたんだ。やつはおれたちがどっちも終身刑の囚人で、わからずやの仮釈放委員会と、詩篇マニアの刑務所長のなすがままということを、ほんのしばらくでも忘れさせてくれた。
And he strolled off, as if he was a free man who had just made another free man a proposition. And for a while just that was enough to make me feel free. Andy could do that. He could make me forget for a time that we were both lifers, at the mercy of a hard-ass parole board and a psalm-singing warden who liked Andy
Dufresne right where he was.


 レッドはアンディーから石英の彫刻を貰ったときに、この見事な作品を仕上げるのにどれだけの根気と時間が使われたのかを考え、アンディーが考えうる限りの最悪の状況でも、精神性を失わず、自分の流儀を貫いていることを理解した。やつは生き地獄にあっても、外の世界の自由をいくらかでも取りもどしている。レッドは彫刻そのもの(中に混じった黄鉄鉱が金粉のように光っている、と書いてある)だけでなく、そこに透けてみえるアンディーの人間性、外の世界の空気をも美しいと思ったのだ。
 石そのものをアンディーの精神性の象徴と考えてみても面白いかもしれない。何千年、何万年という途方もなく長いあいだ圧力を受け続けることで出来上がる頑健な石。二十七年もの長いスパンでコンクリートの壁を掘り抜いた根気強いアンディー。
 キング先生の文体は良く言えば写実的で、悪く言えばごてごてしていて、簡潔をもって旨とする文学とはほど遠いのだろうが、こういった表現は文学的と言えなくもないんじゃあないだろうか。国語の教科書の問題になりそうじゃあないか。この作品で美しいという言葉はどんなものに対して使われているだろうか、みんなで話し合ってみよう。


I'm on the Sam Norton grain and drain train, boys.
 キング先生は作品中でブランドネームや固有名詞、人名を乱用し、翻訳者を泣かせることで有名だ。どれかの作品の訳者あとがきで読んだと思ったが、まさにこの『ゴールデンボーイ』で浅倉さんが言っていた。インターネットなどという便利なものが普及していなかった当時の苦労は想像するに難くない。『リタ・ヘイワース』はキングの中では少ない部類だと思うが、それでも出てくるわ出てくるわ。十代の女の子がおネツを上げるというプレスリー、レッドフォード、シナトラ。『失われた週末』の中で虫の幻覚に襲われるレイ・ミランド。ジミヘンやディランのポスター。レッドは調達屋である自分のことをワンマン・デパート、ニーマン・マーカスにたとえた。アンディーの監房を飾ったリタ・ヘイワースにマリリンモンロー、ラクエル・ウェルチ。緑色をしたマクドナルドのミルクシェイクのバレンタインに注文した囚人。アンディーは飛んできた野球のボールを、フランク・マルゾーンのように身軽にキャッチした。ロックハンマーをあたまに叩き込こまれたら聞けなくなる〈フィバー・マッギーとモリー〉のお笑い番組。ロック・アンド・ジェム・ショップにブロック税理事務所、エトセトラエトセトラ。
 今回読んでみて気が付いたのは、キングは固有名詞と同じくらい、ニックネームを使うのが大好きだということだ。なぜ今の今までキングが愛称の天才であることに気が付かなかったんだろうか。
 ショーシャンクの囚人たちは皮肉って、ノートンの水とパンだけしか与えない懲罰を断食療法(grain and drain)と、青空奉仕(Inside-Out)計画を出稼ぎ(road-ganging)と、危険な洗濯物仕上機(mangle)を肉刻み機(Mangler)と呼ぶ。ネイティブアメリカンの囚人は誰でも酋長(chief)と、美形の囚人を狙うレイプ魔はなぜかシスター(sister)と呼ばれる。唇がぶ厚く目が飛びだしているせいでマス(trout)とあだ名を付けられたティム・ヤングブラッド。錆びた金属片で学校の友達を去勢したダーラム・ボーイ(Durham Boy)。『ガンスモーク』の足の悪い助手から付けられたチェスター(Chester)。レッド(Red)はニンジンのような赤い髪からつけられたものだろうし、そうそう、アンディーその人も新聞にくそ平等殺人鬼(Even-Steven Killer)と書かれてたっけな。これだけ書いてもまだ見落としがあるかもしれない。
『グリーン・マイル』でも、看守たちが死刑用の電気椅子をオールド・スパーキーと、そこに辿りつくまでに歩く最後の通路をグリーン・マイルと呼んでいた。『IT』では子供たちが自分たちの遊び場を荒れ地と名づけていた。『アトランティスのこころ』のハーツでは、13点になるスペードのクイーンの通り名は性悪女(ビッチ)だった。
 この手のニックネームが人をほっこりさせてやまないのはなぜだろうか。一つは、およそ誰もがノスタルジーを感じるからだろう。あだ名に関する思い出がまるっきりないやつはいないはずだ。誰だって自分たちの溜まり場や、友だちと考えだした内輪の遊びや、学校のきらいな教師(『ゴールデンボーイ』のトッドはスニーカーを履いたガイダンス・カウンセラーをゴム靴エドと呼んでいた)にあだ名を付けたことがあるはずだ。こういうあだ名はそれだけで人をにやにやさせるものだし、作者(あるいは語り手)と読者の間に秘密を共有する共謀感が生まれ、より話に没入できるのだろう。もう一つは、物語の中で人間が思考し、文化や慣習が生まれているのがわかるからではないだろうか。作り話であることを一時でも忘れさせてくれる。キングのこういった細かいこだわりが、物語に息を吹き込み、リアリティを創っているのだと思う。キング版『指輪物語』である『暗黒の塔』を読むかぎりでは、キングにトールキンのような造語のセンスがあるとはお世辞にも言えないが*6、この愛称のセンスはトールキンのそれと同じくらいの値打ちがある。

*6<カ>と<カ・テット>だけは最高だ。誰が何と言おうと。造語というよりはキング流の概念だが。


A brand-new tablet
 スティーヴン・キングはメタフィクションの名手だった。『IT』『ミザリー』『グリーン・マイル』あたりはそれを取り入れた名作として誰も文句を言わないだろうが、個人的には『リタ・ヘイワース』も推したい。
 この作品の山場である、アンディーがこちらを向いて語りかけてくる瞬間については既に書いてしまった。かつてのキングが読者の視点で物を見られたからこそ、あのような演出が出来たのだと思う。
『リタ・ヘイワース』はあらすじだけ見れば、ある囚人がポスターの裏に穴を掘って脱獄した、というシンプル極まりないものだ。もしこの作品が現在進行形の三人称視点で書かれていたら、それなりに面白くはあるが随分と味気ないものになっていたと思う。この作品はレッドという狂言回しがいて、一人の血の通った人間である彼の、価値観や感情を通して物事を語ることで情感豊かになっている。そして、もう一段階、彼の残した手記を読んでいるという構造を作ることで、物語に大きな奥行きが生まれている。かてて加えて、クライマックスにレッドの旅のパートを用意し、彼をもう一人の主人公に昇格させることで、より一層厚みが加わったと思う。『IT』のマイク・ハンロンといい、キングはそれまで一歩引いたところで狂言回しをしていた語り手が、ふと舞台の中央に躍り出て主役をつとめる演出を贔屓にしているようだ。この記事の始めのほうでも書いたが、『リタ・ヘイワース』は最後の2節で完全に化けた。
 また、見過ごされがちだが、レッドの前景物語の最初にある

-159-
 ここでもう三、四ページ、新しい便箋を使って書きたすつもりだ。便箋は町で買ってきた――ポートランドのコングレス通りにある店へぶらっとはいって買った。
 Here I am adding another three or four pages, writing in a brand-new tablet. A tablet I bought in a store - I just walked into a store on Portland's Congress Street and bought it.


 という文章も、メタ的な演出として非常に優れていると思う。今自分が読んでいるのは、まさにレッドが書き上げた秘密の原稿なのだと実感させられる一文ではないか。158ページには黄ばんだ原稿用紙のしわくちゃな感触が、159ページにはおろしたての便箋のここちよい手触りが確かに感じられる。綺麗に製本された文庫本に、原稿用紙の束にサイズの合わない便箋がクリップで留められた、妙てけれんな代物がだぶって見えてくる。サイズの合わないうんぬん、クリップうんぬんは私の想像の産物なので、みなさんにはまた違ったものが見えるだろう。
 私はレッドの秘密の手記を拾いあげたのは誰なのかを考えるとき、マイク・ハンロンの著作などを纏めて『IT』を編纂したのが誰なのかを考えるとき(マイクだけでは“あれ”は完成しえない)、そしてキングの他の三人称視点小説で、何者かの視線を感じるとき、形容しがたい胸の高鳴りを感じる。実際に文章を書いて編集をしたのはキングだとわかっていても、実際に読んでいるのは印刷所で刷られた本だとわかっていてもだ。『IT』の表紙をめくって目次を見たとき、単なる小説ではない、もっと恐ろしい何かを手にしているんだという興奮を禁じえない。ハードカバーの単行本が、規格のばらばらなテキストを収めたぶ厚いスクラップブックに姿を変えるのだ。うまい言葉が出てこなくて歯痒いのだが、ナンバーワンのファンであるみなさんなら、あのふわふわした昂揚をわかってくれるだろうか。
 スティーヴン・キングはメタフィクションの名手だった、と思う。過去形なのは含みがあるからだ。私は上に挙げたような、読み手をさらに深い読書体験へと導いてくれるメタ構造だったら諸手を上げて歓迎していた。個人的にはどっちらけの一言に尽きる例のあれは、メタフィクションというよりかは、劇中に作者がしゃしゃりでてきて、自虐ネタを語りだしたり、キャラクターと「この野郎、もっと俺に出番をよこせ!」「うるさい、この不人気が!」と喧嘩しだしたりする、中学生の痛々しい黒歴史漫画に近いものを感じた。風間賢二さんや藤田直哉さんの優れた解説を読んだ今でもこの印象はぬぐえない。


Twenty new fifty-dollar bills
 私が『リタ・ヘイワース』の原書にチャレンジしようと思った動機の一つに、レッドがアンディーの手紙に同封されていたお札を手に取った時の「手の切れるような五十ドル札」という描写が、なぜだかわからないが印象に残っていて、原文だとどうなっているのか知りたかったことがあった。心に残っていたのは、たぶん、読み手の五感に訴えかけてくる巧みな表現だからだろう。しかし、私の予想に反して原文の該当箇所には

 I opened the envelope and read the letter and then I put my head in my arms and cried. With the letter there were twenty new fifty-dollar bills.


 このようにnew fifty-dollar billsとしかなかったのだ。てっきりcuttingとかsharpとかいう単語があるものかと思っていた。“手が切れそうな”は刷りたての新札を表す表現としてさほど珍しくないが、newという一単語の訳としてはかなり熱が入っているように思う。いったいこの表現はどこからやってきたのだろうか。
 これは私の想像でしかないんだけれど、訳者の浅倉さんにレッドの感覚が伝わったんじゃあないかな。レッドがこの手につかんだアンディーの手紙と50ドル札の感触が、生々しく感じられたんじゃないだろうか。テキストに書かれている以上の情景が、浅倉さんの頭の中に再現されたんじゃあないだろうか。そんなとっぴな想像が信じられるほど、レッドが石を見付けてからの流れは真に迫っている。キングの筆は乗りに乗っている。
 ここの疑問が解けた……というより勝手に解釈して勝手に納得しただけだが、それだけでもふうふう言いながら原著を読みきった甲斐があった。


 学生生活の最後に、キング関連の大きな記事をものすことができてよかった。引用の範囲を越えるほど引っ張ってしまったが、その分気合いを入れて書いたつもりなのでお目こぼしただきたい。これを読んだ人がキングの魅力を確認する一助にでもなればと思う。
 恐ろしく疲れたので、次回のまともな更新は十日か二週間後くらいを予定。『リタ・ヘイワース』の映画化である、涙、涙の感動作として誉れ高い『ショーシャンクの空に』について。原作厨の視点でずけずけ突っこもうと思っている。あ、そのまえに『恐怖の四季』というタイトルについて書こうかな。

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2008年11月06日

星のカービィ ウルトラスーパーデラックス レビュー・感想 変更点、改悪点一覧

 ウルトラスーパーデラックス(苦笑)
 総評から先に言ってしまうと、私のような原作厨兼懐古厨にとっては期待はずれの凡作でしかない。いろいろ我慢すれば騙し騙し遊べないこともない、かなぁ……どうかなぁ……というレベルだ。12年前の作品のリメイクが我慢を強いる出来なのはどうなんだよ。
 まず、カービィを操作していて違和感がある、ストレスが溜まるのが残念すぎる。カービィを動かす、コマンドでワザを繰り出す、敵を倒す、それだけで楽しくてたまらなかったのがスーパーデラックスの最大の魅力だったのに。Bボタンで攻撃、Aボタンでジャンプという糞みたいなキー配置と(もちろん、キーコンフィグなどという気の利いたものは存在しない)、高いところから落ちるとカエルのようにぴょんぴょん跳ねるいらん仕様の復活だけで、スタッフには落第点を差し上げたい。
 ボスを弱体化させたり、隠し要素にあからさまなヒントをあげたり、21世紀カービィのお宝を追加したりと、新参対策は万事ぬかりないのに、原作厨へのサービスがまるでなっちゃあいない。ここぞという場面の演出をことごとく劣化させている。既プレイ者なら誰でも気付くようなやくたいもないミスがごまんとある。原作への思い入れがないスタッフが作ったのは明らかだ。電源を入れて10秒でわかるよ。
 場面を継ぎ接ぎしてキャラを差し替えただけ、あるいは妙な同人ノリの、気色悪い追加ゲーム。色を毒々しくしただけのような手抜き追加ボス。くだらない楽屋ネタ。こういうオナニーは新作カービィで思う存分やってくれや。頼むから。
 元が完璧だからそこそこのソフトに仕上がっているけれど、それを差し引いて移植度、グレードアップの観点で評価すれば、合格点にはほど遠い。小手先の画面の綺麗さはどうでもいいから、まずはまっとうに作り込んでほしかった。というかパッケージにきちんと「リメイク作品です」って書いとけや。
 背景だきゃあきれいだ。

 変更点、改善点、改悪点、その他雑感をだらだらと書き連ねる。すべて体感を基にしているんでいろいろ間違ってるかもしらん。100%にするまで随時更新する。
 ちなみに私は現役時代にSFCコントローラーのボタンがすり切れるほどやりまくった懐古厨のオッさんです。アクションカービィは『星のカービィ』『夢の泉の物語』『2』『3』『スーパーデラックス』『夢の泉デラックス』『鏡の大迷宮(ちょっとだけ)』をやってる。

◇全般的なシステム
 書き忘れていたが、一つのソフトで二人プレイができなくなった。これが最大の劣化だろう。あこぎな商売に走らず、バーチャルコンソールで出せばいいものをなぁ。もともとSDXって桜井が宮本に「スーファミ用の二人で気軽に遊べるアクションゲーム作ってくれ」って頼まれて製作したんじゃなかったっけ?(×)
 おいィ!? 電源を入れた後のお約束「ドン! 0% 0% 0%」のドン!の音が無くなってるじゃねぇか!?(論外)
 「こうかいしませんね?」はどこいったん?(×)
 ふざけんな! AボタンとYボタンでジャンプ・ホバリング、Bボタンで攻撃、Xで飲み込むってどんなキー配置だ!?ジャンプボタンが二つもある必然性は!? Xで飲み込むってやりづれぇにもほどがあるだろ!! 舐めてんの? 原作をやりこんだ人はとーぜん違和感バリバリだし、こんなクソ配置にして誰か喜ぶ奴いるのかよ!? 外人? ゆとり? 当然、キーコンフィグなんて洒落たものは存在しません。(論外)
 ファッキン!! 初代や夢の泉(DX)にあった、高い位置から落ちるとカービィがぴょこっと跳ねるクソ仕様を復活させやがった!! せっかくSDXで削られたのに!! ちょっと高いところから落ちただけでぴょこぴょこ跳ねやがって、ちっとも快適にプレイできん!! しかも初代みたいに「ずこっ!」と転ぶ感触じゃなくて、無駄に枚数使ってる「モサモサモサモサっ!」と起きあがる動作だから余計にストレスが溜まる。ゲーム開始一秒でまず跳ねる。ビームマシンガンジャンプの高度から落ちただけで跳ねる。いづな落としで跳ねる。こっぱみじんの術で跳ねる。おためし部屋1で下の段に降りただけで跳ねる。グルメレースで跳ねる。古代の塔エリアの探索で跳ねまくる。とにかく跳ねる。ぴょこぴょこぴょこぴょこぴょこぴょこ不快すぎる。最近のシステムを流用してやがるんだろうなぁ。(論外)
 説明書やパッケ絵のカービィの顔が気に喰わない。(×)
 ポーズをかけるとまず表示されるのが「ゲームをつづける/タイトルにもどる」ってどうなのよ? どうして圧倒的に使用頻度の高いだろう「コピー技の解説」が真っ先に来ないんだ?(×)
「つづきから」の使い勝手が非常によくなった。説明するのが面倒だけど、メタナイトの逆襲をクリアしたとする。スパデラではその後に「はじめから」を選んで、ステージ2まで進めて電源を切ったら、次回はステージ2か1からしかはじめられなかったが、ウルデラではいったんクリアすれば、全てのステージから自由に遊べる。(○)
 文字にアンチエイリアス効きすぎだろ~。センスねぇな……。画面全体から拭いきれないゆとり臭がする。(×)
 BGMの再現率が極めて高い。酷く劣化してるナァと思ったのはメタナイトの逆襲とノヴァのシューティング面とグルメレースくらいだ。(○)
 派手派手で目に楽しかったコピー能力のアイコンが、カービィ3のようなしょっぼ~いものに変わっている。当然「いてっ!」や「やられた」も劣化。いちおう、ポーズ画面でSDX式のものは確認できる。(×)
 ガードして削られたときにも「いてっ!」が表示されるのはどうなんだ? そういう仕様なの?
 ほとんどのボスに撃破時の新モーションが追加。バトルウィンドウズにも一人一人用意されている。(○)
 背景は美しい。フロートアイランズのの洞窟、バブリークラウズの夜空、水晶の畑エリアなんか美麗すぎてびっくらこいた。ヘビーロブスター戦も賑やかでいい。(○)
 ドットは……どうだろうか。全体的に見れば綺麗になっているけど、ファイターの衝撃波みたいに、アルバイトの学生が打ったような、立体感・透明感のないへっぽこなものもある。食べ物はスーファミのをまんま流用してるな。


◇はるかぜとともに
 「はじめての方にもオススメです!」って最初これしか選べないやん。
 初心者の部屋に入る前の「どんっ!」が初心者マーク(若葉マーク)じゃなくてカービィに変わってる。けっ、ガイジン仕様かよ、ウゼェ。(×)
 コルクボードで表示されるストーリーの名文「おなかがすくのはこまります。」がなくなっちょる。(×)
 タイトル画面で初代のアレンジ曲が流れる。新パートもある。(○)
 下画面のステージ表示がクソの役にも立たないし面白くもない。なぜコピー能力のアイコンを表示しない。(×)
 紙防御で有名だったクラッコ先生の当たり判定が小さくなった(目の周りだけ?)。昔は岩石落としが面白いようにヒットしたなぁ。ただし、画面が縦に潰れて高度が低くなったせいで、地上技がバンバン当たるようになっており、脆さはあんま変わってない。
 エンディングの最後でカービィが「つづく」の看板を出さない。初代からスパデラに受け継がれた伝統だったのに。(×)

◇白き翼 ダイナブレイド
 タイトル画面の演出が劣化。(×)
 エンブレムがだっさ! ダイナブレイドの面影も無い。(×)
 下画面のステージ表示がクソの役にも立たないし面白くもない。なぜコピー能力のアイコンを表示しない。(×)
 大スイッチを押して、能力おためし部屋への道ができたときに新しい効果音。(○)
 なぜダイナブレイド戦に新曲? それもキャッスルロロロ? 選曲がいまいち解らん。さっぱり盛り上がらんし。

◇激突!グルメレース
 もっとも劣化したゲーム。とても遊べたもんじゃない。
 下画面の全体マップが(略)(×)
 ニュートラルジャンプ、はしごジャンプなどのテクニックが消滅!! そのままのダッシュジャンプでニュートラルジャンプばりの飛距離が出ます。初心者にもと~ってもやさしいですね。(×)
 ゴーストがずいぶんと可愛くなったなぁ。だがオナニー臭い追加ゲーム作ってる暇があるなら、ゴーストセーブを付けてほしかったな。(○)。

◇洞窟大作戦
 ヤロウ、「はるのおもいで」「なつのおもいで」「あきのおもいで」「ふゆのおもいで」を消して「きせつのおもいで」で一括りにしやがった! 代わりに「マシンのパーツ」「まほうのえふで」「けいたいつうしんき」「みつぼしのつえ(笑)」が追加。こういうゆとり層への配慮は忘れないんですね。あとは「リーのヌンチャク」「ふはつだん」が無くなって「きんのジョウロ」が追加。なぜお宝の総数を増やす、という発想がないんだろうか。(×)
 ファッテイホエール戦、しぶきが派手になったのはいいが、画面手前の水面はちっとも動かないのが片手落ち。やられの最後はかわいいな。あと、天井の鍾乳石? 綺麗だ。
 古代の塔の踏み床ブロック+火炎ブロックの罠がゆとり仕様に。
 いちいちタッチペンでちっこ~いアイコンをタッチしないとお宝が確認できないのがウザいな。おたからをタッチ! じゃねーよ、まったく。(×)
 バトルウィンドウズに個別の攻撃モーションと撃破グラフィック追加。(○)
 バトルウィンドウズ戦のメッセージ、「カービィは、てきをぜんめつした!」が「カービィは、てきをぜんぶやっつけた!」、「カービィは、ぼ~っとしていた。」が「カービィは、ダメージをあたえられなかった。」に。ゆとりっぽい表現だな。(×)
 バトルウィンドウズの無敵時間が短くなったような。火だるまぢごくで160、はたき切り~返し四連で123出せるぞ。
 ガメレオアーム戦の背景で、カービィとデデデの謎の壁画があったけど、デデデの代わりにリンゴになってるな。なんでだろ。
 ガメレオアームの演出がケレン味あふれるものに。例のうにょうにょうにょ……の効果音と共に透明化から姿を現し、画面外にくるくる飛んでいって、それからSDXのように登場する。スティング・カメリーオをほうふつとさせるいい演出。それと舌を伸ばすときに爬虫類っぽい顔するようになっている。(○)
 気付いたんだが、ホバリングでバネの上に着地してもジャンプしないのな。だめだこりゃ。(×)
 魔神ワムバムロックのデザインが大幅変更。黒人をタラコ唇に描いてはいけないのです。覚えておきましょう。(×)

◇メタナイトの逆襲
 ぼかぁ二画面なんていらないから、タッチスクリーンなんていらないから、ひろ~い一画面をのびのびとプレイしたいね。(×)
 題字の「メタナイトの逆襲」フォントがだっせぇ~!!(×)
 微妙にセリフが変わっている。トリの艦長、名前あったんだ。
 残り時間が一分だかを切ると入るカウントダウンが無くなっている。2連主砲を観察していたら予告無しで死んだんで、即死ワザでも使ってきたのかと思った。(×)
 ツインウッズが回転するとなぜか雷が落ちる。
 ダイナブレイドに乗ってハルバードに追いつく場面、まずハルバード全体図の音楽を流してから、画面暗転、それから♪メタナイトの逆襲だろうがよ!! なんでこんな簡単な演出を移植できないんだ? イラつく。(×)
 二連主砲、かなりゆとっている。体力がぎりぎりまで減らないとSDX並みの軽快な動きをしない。ハンドの動きが俺を馬鹿にしているのかってくらい遅い。レーザー砲を打つときに地面が迫り上がらない。
 ヘビーロブスターの挙動はよくなったなぁ。はさみが微妙に前後に揺れる。用途不明の羽がかちゃかちゃ動く。ジャンプ時にブースターが出る。ドットの打ち込みもいい。金属の光沢がよく出ている。ゆとり仕様で着地時に星を出すようになったので、スープレックスでも瞬殺できます。あとよくわからんけど新曲。(○)
 リアクターが全体的に格好良くなってる。動力部のクリスタルがくるくる回る。ついでに反射レーザー砲がプラグから通信ケーブルに変わった。(○)
 だからさー、いったん音楽を切って、無音で「これで最後だ、カービィ、いざ勝負!」「どきどきどき……」、その後に♪メタナイト戦だろうよー。こんなん誰でも気付くじゃねぇか。(×)
 メタナイトが超絶ゆとり仕様のザコボスに。ソードビームと百れつぎりの他にもぽろぽろぽろぽろ星を出す。予備動作が馬鹿みたいに長い。全体的に動きが鈍くさい。すっぴんスープレックス殺しで名高かったメタ様もいまや瞬コロできますv(^q^)。
 ウィリーライダーの脱出シーンはよくなった。ちゃんと背景の戦艦が半壊している。メタナイトに攻撃が当たると反応がある。(○)

◇銀河にねがいを
 タイトル画面は新曲かな?(○)
 タックの星わかりやすっ!!
 クラッコ先生の部屋の前にでーんと置いてあった無敵キャンディの場所が変わった。あれはちょっとカワイソーだったからな。
 下画面で能力を選んでいるときの効果音がちげーだろ。あれは決定時の音だ。何やってんの?(×)
 ステージクリア後に出てくる星を取るとき、ホバリングしながらだと地面までふわふわ降りて、空気弾を吐き、それからやっと踊り始めやがる。ホバリングしないで取ると例の腹の立つぴょこっ!のあと踊り始める。だめだこりゃ。ついでに、このモード以外にも言えることだが、ステージクリア時の体力回復の効果音は必要ないんで切るべきだ。どうしてこうくだらないミスが多いんだ。(×)
 レッドドラゴン→グランドドラゴンに変更。色違いが出るからか。あくまのきしがひょうけつぎりとか使ってくる。元は「めがあやしくひかった!」だったかな。
 カービィがギャラクティック・ノヴァを呼び出すシーンと、スターシップで出撃するシーンに新BGM。ここは格好良くなっている。(○)
 ただ、すっ飛ばされたカービィが、マルクを追いかけようとくぴくぴもがく部分が削られているのが非常に残念だ。グルメレースのOPでも思ったが、ドット絵カービィのコミカルでちまちました動きが再現できていない。(×)
 おお、シューティング面はかっけーな。背景凝ってる。ノヴァの核が魂斗羅のボスみたいに毒々しい。音楽は劣化してるけど。
 マルク戦、音楽とマルクが登場するタイミングがずれてるじゃねーか!! バカチン!! ダメの泉デラックスでも最終戦の演出クソになってたなぁ。(×)

◇格闘王への道
 1体目(笑) 2体目(笑)
 休憩所の音楽がスマブラ仕様になっている。それとマキシムトマトを食った後に普通のトマトが生えてくる。ボスの大半がゆとっているから必要ないと思うんだが。
 なぜマルク戦でわざわざワープスターから登場するんだ? バカなの? お前ら本当に原作をプレイしたの? しかも時計が進んでるじゃねぇか。クソが。(×)

◇ヘルパーマスターへの道
 ヘルパーは高いところから落ちてもよけいな動作をしないので快適だなぁ。
 この格闘王アレンジはいいと思う。
 謎の追加ボス、ワムバムジュエルは無駄に固いだけのザコ。ワムバムロックと大してパターン変わらんし。

◇大王の逆襲
 パープルプランツ(笑)、イリュージョンアイランズ(笑)、クラッシュクラウズ(笑)。初代エクストラモード風のステージだが、えらく中途半端。カウカンやクーザーやフロッツオやブラッチーがいるのに、なんでブロッパーはいねえの? あの悪趣味な毒キノコや、虎やリンゴやポピーのパチモノは何? 死ぬの?
 毛虫がきめぇ。
 カブーラーが復活。弾が簡単に相殺できる、動きがとろくさい、体当たりの軌道が見え透いている。エクストラモード並みのはしっこい動きを期待していたんだが。それにしても弾が夜空に溶け込んでビミョーに見づらいのがウザい。
 このダサいファイアーライオンを見ていると、夢の泉デラックスのダメっぷりを思い出すなぁ。
 最終ステージ。メタナイトの逆襲をパロったすこぶる不快な内容。かけあいにセンスのカケラも感じられない。何この同人みたいなノリ。

◇メタナイトでゴーDX
 ギャラクティックナイト(笑)。銀河最強の戦士(笑)。小学生がノートの片隅に落書きしてそうなキャラである。
 ダメの泉にもあった、自機を差し替えただけのお手軽追加シナリオ。メタナイトがやにわに自分の戦艦を壊滅させたり、作物を荒らすのをやめたはずのダイナブレイドを叩きのめしたり、お宝の盗り尽くされたマジルテを練り歩いたりする。ヘビーロブスターをぶっ壊したかと思ったらいつの間にか海岸にいたり、ハルバートに追いついたかと思ったら次の瞬間山ン中にいたりする。なかなかアシッドでプログレッシブなストーリーだ。
 タイムアタックの要素があるのにバトルウィンドウズの戦闘後メッセージが二回も表示される……。
 神曲レイプですね。あんなところで使わんでください。

◇真・格闘王への道
 マルクソウル(笑)。この野郎、画面外の安全地帯から攻撃してくる時間がやたら多い。いやーな感じの耐久力だ。でもやっぱり動きがとろくさいんで、コピー有りだと雑魚だけど。意外にあの二色の液体も吸い込めた/つかめた。

 100%になった。……私はこういうメタネタというか楽屋オチが大っっっっ嫌いだ。何なの、今までの冒険は全部お芝居だったっての? 思い出を汚されちまったよ。


◇すっぴん・基本動作
 ダメの泉デラックスとかその辺りのゆとりカービィを基調にしているので、モーション全般がダサく、モサモサっとした余計な動作が多い。格闘王だけシコシコやるならあまり気にならないが、古代の塔エリア探索時なんかにモサモサカービィの真の力が発揮される……。
 十字キーをちょんと押したつもりなのに、カービィが「モサモサモサモサっ!」と動くので、細かい位置取りがやりづらい。バトルウィンドウズに近づくときなどにストレスがある。(×)
 カービィアクションのキモである吸い込みのモーションが何だかなぁ……って感じ。私はゆとりカービィのテキトーな吸い込み動作が嫌いだ。(×)
 空気弾の「ぽふぅ……」という屁の漏れるような情けない効果音が気に喰わない。スパデラの「ポンッ!」という小気味よい音はどこいった。
 空中で飲み込むときにXボタンを押すのが苦痛。何なんだよこのボタン配置は。いい加減にしてくれ。(×)
 能力をコピーしたときに特定のアクションをする(ビームだったらピームウィップを繰り出したり)仕様が無くなっている。どのコピーでもくるっと回って手をあげるだけ。つまらん。(×)
 セレクトで、ヘルパーを出さずに能力を捨てられるのはいい。(○)
 能力アイテムとコピー能力敵を同時に吸いこむと、能力アイテムのほうが優先される。この仕様は地味にウザいな。能力を捨てたいから能力アイテムを出すんであってな……まぁ今のスタッフに細かいユーザビリティを求めるのは酷なのかな。(×)
 すっぴんビームでヘルパーを能力アイテムに変えるときの効果音が、ヘルパー召喚のものと一緒じゃねぇか。こういうミスが多すぎるだろ。(×)
 はしごジャンプのぼりができない。ホバリングしてしまう。(×)
 スライディングのとき、片足が妙に肥大化していないか。(×)
 カービィのHPがピンチのとき、グツグツと赤く点滅しっぱなしなのが気持ち悪いわ。(×)
 あるワザ(大振りのワザ?)を使うと、カービィの立ち位置は変わらないのに当たり判定が動くというよくわからない仕様がある。例えば、二連主砲の例の安全地帯で、ハンマーの鬼ごろしやニンジャのはたき切りを使うとダメージを受ける。くない投げだと大丈夫。何だこれ、どうなってるの。(×)
 一部の敵の当たり判定が謎だ。矢を打っているマルクソウルやグランドドラゴンにフツーにピンポイントキックするだけでダメージを受けることが……。
 へっぽこキー配置のせいで、連続空気砲や対空波動ビーム(YB)のようなシビアなタイミングを求められる技がもんのすっげ~~~~~~出しづらい。(×)
 敵が着地時に出す星に当たり判定がなく、なかなか消えない。おかげで投げ技が楽にかけられる。おまけに星はこっちの攻撃をすり抜ける。何とかデデデが連続ジャンプしてきたら、星を吸っては吐いてのつるべ打ちが出来る。
 加えて投げ技全般がつかみやすくなっている、と思う。つかみダッシュ、キャプチャービーム、ふきとばし、ジェットクラッカー、アイス頬張りで右下一マスの敵もつかめることを確認。下手っぴでも投げ技連発の俺TUEEEEなプレイがやりやすくなったわけだから、改善点なんかな? ガキのころに必死こいてつかみのタイミングを体得した身としてはビミョーな心境だけど。(○)
 ヘルパーの攻撃力が……。

◇カービィ(ハンマー)
ハンマーたたき34(+4)、大車輪34(+14)、極・大車輪16(+2)、ジャイアントスイング28(+6)、おにごろしかえんハンマー80(0)。
◇ボンカース
ハンマーたたき34(0)、大車輪34(+12)、極・大車輪16(0)、ジャイアントスイング28(+4)、おにごろしかえんハンマー80(0)。

 バグジーのピンポイントキックもカービィと同じ16になっていたんで、おそらくカービィとミドル敵ヘルパーの得意不得意が無くなっている。個別に設定するのがめんどくなったのか? 
 どう考えても大車輪の攻撃力は設定ミスだろ。(×)
 図体のでかいミドル敵ヘルパー、バグジーさんとボンカースさんの判定が小さくなり、1マスの通路にも入れるようになった。これでロロロ・ラララとも存分に戦える。なのにヘルパーマスターではロロララは出てこないというね。

◇ビーム
 役立たずだったビームウィップが大幅強化。ウィップ自体の速度が上がっていて、余計なため動作もSDXより短い。威力も高くなったような気がする(5→8?)。
 逆にサイクルビームはワンセットが遅くなった。
 奇妙奇天烈なキー配置のせいで空中波動ビームが出しづらい。(×)
 ビームウィップ、ビームマシンガンの粒子がデカすぎだろう……。ゆとりっぺーなぁ。(×)
 ビームマシンガンによる空中制御が大幅に劣化した! 大好きだったのに。対空が弱くなったなぁ。(×)
 キャプチャービームで掴むときのガスッ! という効果音はいい。(○)
 キャプチャービーム、右下一マスの敵もつかめた。

◇カッター
 元から決定力不足のコピーだったが、モササッ! とした意味不明な効果音のせいでさらに爽快感が無くなった。敵が出す星の仕様と、つかみ範囲の全体的な向上のせいで、投げ技が使えるコピーが圧倒的に有利になり、カッターの地位はさらに低下。ミックスでこれが出るとぶっちゃけげんなりする。せめてヨーヨーと同じくらいしか飛ばないダメ飛び道具の射程を伸ばすとかさ、それくらいしてあげてもよかったんじゃあないかねぇ。ハンマー強化するくらいならよ。(×)

◇パラソル
 自動的にパラソルらっかさんが発動し、↓で解除する仕様になった。個人的には↑で発動のほうがやりやすかったな。

◇ファイター
 ダブルキックやライジンブレイクの衝撃波、のっぺりしていてだっせー! 絵の具をべちょって塗ったみたい。まったく躍動感が感じられない。ドット打ったの素人かよ。(×)
 ファイターつかみが、つかんだ後に硬直してすぐに投げに移れない。また、キャプチャービームのように好きなだけ掴んでいられるようになった。

◇ソード
 帽子もソードの形もモーションも効果音も何もかもがダサい……。ドット打った奴は間違いなく素人。かなり印象が悪くなったコピーだな。
 ソード百れつぎりとスピニングソードの「ずぴょっ!」っていうマヌケな効果音、笑ってしまうんですが。(×)
 スピニングソードのヒット数がどう見ても少ない。ザコ敵にフツーに当たり負けすっぞ……。(×)
 チョッピングの跳ね返り角度がいまいちしっくりこないんだが。スーパーデラックスでもこんなんだったけ? この技だけで空中制御できたと思うんだが。(×)
 くしざしソードが無敵技になっている。敵を突き抜けるので、あのずぴゅずぴゅずぴゅ!って感触が無くなっちゃったのは残念。

◇ファイア
 火ふきこうげきの射程、短ッ! 夢の泉並みだぜ。この短さでは方向を変えるもクソもない。
 おお、バーニングアタック格好良くなってるじゃん! めずらしいな、演出がパワーアップしてるの。だが飛距離がありすぎて逆に使いづらい。(○)
 いらない子だった火だるまころがりが無敵化。 そしてすっごいすべる! どれぐらい滑るかというと、格闘王の休憩所でコピーのもとの一マス前から反対の一マス前まで滑る。
 火だるまぢごく解除後の余計な火吹き動作が無くなっている。(○)

◇アイス
 ファイアの色違いじゃない、氷の結晶でできた帽子が用意されてる。(○)
 スケートダッシュ中にくるりと回る。(○)
 こちこちといきの前に予備動作が入りやがる。ハンマーはべらぼうに強化されていてアイスは弱体化とな? 基準がよくわからんな。
 こちこちブリザードの効果時間、短くねーか? と思っていたら、ボタン押しっぱなしで永続するようになっていた。
 アイスほおばりがやたら吸う(投げ技的な意味で)ような気がする。
 かっこよかったガードが、ドット絵の劣化のせいで何してるんだかわからなくなった。(×)

◇ヨーヨー
 見かけ倒しだったゲイザースパイラルの本体が強くなってる。昔は星のほうが強かったんだけどな。星が大きくなったんでそう見えるだけかな。強化されているには違いない。
 ハンマードロップ、敵を掴んだままで放置すると勝手に投げてしまう。キープできなくなったな。

◇ハンマー
 優遇されすぎ。元からべらぼうに強かったのにチート能力と相成りました。
 敵を叩くときのビシッ! という効果音が大幅劣化。ハンマーに重量感がない。まるでピコピコハンマーで殴ってるみたいだ。(×)
 地面の端でハンマーを振り下ろす動作が格好悪すぎる……。片手でテッキトーに振っているように見える。どうしてこんなにダサいの?(×)
 ジャイアントスイングがすっごいすべるよ! 使い勝手がさらによくなっている。
 大車輪も極・大車輪も回転数が少なすぎだろ! 何だあれ。大車輪は34とハンマー叩きと同じ攻撃力に強化されているのに、極のほうは16のまま。どういうことなの?(×)
 おにごろし火炎ハンマーで炎のしぶきが上がり、右上の射程が馬鹿みたいに伸びた。クラッコやダイナブレイドや上の段のロロロ・ラララにも80ダメがポコポコ当たる。
 ばくれつハンマー投げの音も演出も劣化。しょっぱい。(×)

◇ストーン
 SDXのポンッと変身するイメージから、スマブラのように一テンポ遅れて石に変わるようになった。ダッシュ石ころへんしんが変身後に若干すべるようになり、敵に当てやすくなった。たぶん。
 変身を解除したときに一瞬浮くので、タイミングよくボタン連打すれば、ジャンプせずに地上敵を星で攻撃できる。

◇ニンジャ
 こんなに顔色悪かったっけ?
 くないデカっ!!(×)
 奇怪なボタンの振り分けのせいで、地上敵空中いづな落としがやりづらい。あれ気持ちよかったのに。

◇ジェット
 カプセルJはどう見てもツインビーだったからなぁ。
 ジェットクラッカーの効果音が変。(×)
 ジェットクラッカーの反則的な無敵時間が短くなっている。
 ダイビングロケットの演出が劣化。だが効果音はよくなってる。
 ホバーヒート(ホバリング)に炎属性の攻撃判定追加。

◇ウィング
 コンドルずつき、ばくげきずつきの効果音がしょぼしょぼしていて物足りない。(×)
 ばくげきずつき直後に連続でばくげきずつきが繰り出せるようになっている。たしかスパデラではできなかったよな。これは快適。コンドルダイブを左右で繰り返すとX攻撃みたいでかっこいい。(○)
 ばくげきずつきのしぶきが走る走る!! 画面の半分くらい攻撃できる。
 はばたきの当たり判定が強くなったような気がする。

◇スープレックス
 バグジー先生、足が細っちょろくてゴキブリみたいだ。
 つかみダッシュ(ターボ)が、コンドルずつきのように、地面が途切れても失速しないようになった。ウィスピーのあそこで試してみると何のことだかわかる。
 岩石落としの反応が悪く、SDXのタイミング・感覚で掴んだ瞬間ジャンプボタンを押しても発動しない。ずっと空中で使えないのかと思ってたよ。空中ボディスラムはすぐ出るのに。掴むときにジャンプボタン連打するといいかも。(×)
 カービィのてっぽうみずラリアットで、敵が空中分解するという珍現象が。バグジーだと普通に飛ぶんだけどな。わっはっはっはっは。(×)
 バグジーのピンポイントキックの威力がカービィと同じ16に。

◇プラズマ
 帽子が格好良くなっている。頭の上でパチパチ電気が起こっている。(○)
 DSの斜めがないへっぽこ十字キーのせいでガチャガチャしづらく、気持ちよくパワーが貯められない。スカスカした操作感だ。それと私のDSは弁当箱みたいな四角いやつなんだが、角っこに手が当たってめっちゃ痛いんだが。DSって手のフィット感をまるっきり考えてないデザインだよな~。(×)
 ブラズマバリアがカッコワルイ。SDXだと微妙に伸縮してたんだけどな。(×)
 波動拳コマンド(下,右下,右,Y)プラズマアローが出せない。(×)

◇コピー
 タックにため技のキャットハンドが追加されたので、ため動作で盗みの手の連射性が微妙に落ちた。
 解析の光の演出劣化。(×)

◇クラッシュ
 劣化。(×)

◇マイク
 劣化。(×)

◇ペイント
 劣化。(×)

◇その他
 ダメの泉と同じく、バウンダーが変な豚に変わっている。人間型のモンスターはやっつけちゃダメってことなのか? 規制ってのはよくわからん。ひかわ先生好きだったな、バウンダー。(×)
 Mr.フロスティが出端にやたらアグレッシブな動きを見せる。初見の人はびびるはず。


 はたして、あんな世界観ぶち壊しの中房ボスどもを新たに登場させる必要があったんだろうか。100%後にextraモードを用意してさ……全200%が無理なら、格闘王extraだけでもいい……エキストラモードのデデデ、エキストラモードのメタナイト、でよかったんじゃあないのか。仮にもウルトラスーパーデラックスを名乗るくらいなら、それくらい豪華になってもいいんじゃないの? 画面が小綺麗になって汚いムービーがつけばそれで“ウルトラスーパーデラックス”なの?

 12年前のゲームにこれだけ負けているところがあるってのは正直どうなんかね。
 夢の泉DXよりかはかなりマシかな。
 私のDSは再びパワポケとポケモンの専用機になりそうだ。

参考文献:
『任天堂公式ガイドブック 星のカービィスーパーデラックス(小学館)』

星のカービィ スーパーデラックス星のカービィ スーパーデラックス
(1996/03/21)
SUPER FAMICOM
商品詳細を見る

2008年08月30日

ガキのときに観た映画のどうでもいいシーンは覚えている

『暴力脱獄』で、囚人がピーカンの空の下奉仕活動している前で、金髪のおねーさんが挑発的に泡まみれのおっぱい洗車をするところ。
『黄昏』で、ノーマンじいさんが「外に出るのが怖いんだ。子供の頃から何度も通ったはずの小径がわからなくなる」と述懐するところ。
『タワーリング・インフェルノ』で、開かなかった扉がコンクリートで埋もれていることがわかるカット。
『ロシアより愛を込めて』で、ジェームズボンドとボンドガールのベッドシーンが、マジックミラーで盗撮されているところ。
『ジャッカルの日』で、国境を越えたジャッカルがサウナでゲイのおにーさんをひっかけるところ。その後にホテルで有閑マダムをひっかけるところ。
『ブレイクアウト』で、明日の天候をラジオで聞いて舌打ちするブロンソンと、黒い下着姿の保安官補の奥さんが「あたしも嵐のようだ気分だわん……」とかなんだかとほざくところ。
『首吊りの木』の、ヒロインと主人公の「目が……目が見えないの」「日光をあびすぎたんだ。すぐ見えるようになるさ」というやりとり。その後ふらちな男がドアに付いたベルをナイフで外すところ。
『ハリーの災難』で、主人公ととんちんかんなことを言う子供が、ウサギとカエルを交換するところ。
『ジョーズ』で、所長が「ドジョウさんがこっちから出てきて……こっちの穴に入って……」と縄の結び方を練習しているシーン。

 一度ガキのときに見ていたらしいんだけど全く記憶になくて、ここのシーンを観たときにやっと「あれ! この映画みたことあんじゃん!」とハッとしたところだ。おそらくテレビの洋画劇場、ロードショーで見ていたんだろう。タイトルや話の筋やオチはまったく覚えていなかったんだけど、なぜかここだけ記憶に残っていた。『暴力脱獄』『ロシアより愛を込めて』『ブレイクアウト』はお色気関連のシーンだから脳みそに焼きついていたのかもしれないけど(笑)、ほかのシーンはまったくわからん。たまたまチャンネルを変えたときそのシーンが写ったのかな? 謎だ。

tags: 映画 
2008年08月27日

どうにかなる日々(1)(2) 志村貴子 レビュー・感想

 どうでもいいけど私の脳内BGMは『Cross†Channel』の「Happy-go-lucky」だ。
 いつだかの記事で『カタハネ』で一番買っているのはパッケ絵だと書いた覚えがあるけど(というか、私はADVとしてのカタハネをそこまで評価していない)、「どうにかなる日々」は何よりタイトルが好きだ。すっとぼけているくせに妙に真実味のある内容をみごとに表していると思う。読んでると「あ~、真面目に悩んでいるのがアホらしくなってきたわ、人生どうにかなる!」って気分になってくるいい作品だと思う。
 私はまるまる一冊女人と女人の絡みのほうが断然好きな現金野郎だけど、初期のアーヴィングみたいに何でもアリのカオスなのや、『レンズのむこう』みたいに男女エロにひょっこり交じってる状態もなかなか好きだったりする。何だか知らんがニヤリとしてしまう。無い物ねだりの隣の芝生は青い精神で、やたらに神聖視している作品よりかは(「下手に男女とかより……(笑)」)、この「どうにかなる日々」みたいな、「男も女も異性愛者も同性愛者も両性愛者もみんなおバカ」な一冊のほうが読んでいて楽しいね。しょせん人間なんざ男も女も異性愛者も同性愛者も両性愛者もみんなおバカだと思うんだけどな~。この分野にはまだまだバカ度が足りないと思う。
 ひいき目はあるけど白眉はscene*9じゃないかな(scene*1や3も面白かったがなんか既視感がある)。読者の大半が志村貴子に弄ばれたことだろう。あれは最後のページが無くても、その前のページの、志乃のありがちでセンチな独白で終わっていても話が通じてしまうのがうまいところだ。もしあそこで終わっていたら一山いくらのテンプレ話と変わんないんだけどな。最後の一ページ(もっといえば、最後の二コマ)だけでガツンとやってくれたぜぃ。志村貴子はよくわかってるwわかってなきゃあの弄びはできまいw。
 
4872337255どうにかなる日々 (1)
志村 貴子
太田出版 2002-12

by G-Tools


 そういや志村貴子といえば、なぜか「Bullet bButlers」の初回限定版特典にコメント寄せていたけど、あれはどういう人選なんだ? ロミオや鋼屋ジンやタカヒロはわかるけど、なぜ志村貴子が? どういう繋がりなんだろ?

tags: 百合 感想 
2008年08月19日

くちびる ためいき さくらいろ 森永みるく レビュー・感想

 この記事を書くためにレビューを検索してみた。ベタ褒めしていない記事を見つけるほうが大変だったくらい、どこもかしこも大絶賛していたんで、糞味噌に貶しているものも一つや二つあってもいいんじゃないかと思った。私ぁこの作品が傑作扱い、スタンダード扱いされているのがどうしても納得できないんで、ささやかな抵抗を試みる。

私はべつに… そういうのに偏見はないけど…


下手に男女とかより… なんていうか 
性別をこえるほどの愛って あこがれるけどなあ…


私の想いが あなたを傷つける


「私、偏見とかないから!」「俺は差別とかしないぜ!」とかテメェで言い出すような奴はまるっきり信用できないという好例っすわ。
 私はこの漫画が大嫌いだ。反吐が出るほど嫌いだ。なぜ21世紀にもなって、こんな前時代的でダサダサな厨二漫画が持て囃されているのか正直わかららない。「くちびる(笑)ためいき(笑)さくらいろ(笑)」「21世紀に残る最後の純愛(笑)」とのっけのタイトルと煽りからしてスイーツ臭がぷんぷんしているが、中身も負けず劣らずもの凄い。私が「百合」と聞いて思い浮かべるイメージ「ダサい・めそめそしている・小便臭い」の三拍子をここまでストイックに追求してくれている漫画はそうないぞ。
 あれま、森永みるくって女だったのか。「そりゃもうありえない話だからみんな妄想ですよね(笑)」「やっぱカワイイ女子はカワイイ女子とくっつくがいいよ」みたいな数々の名言があるし、作品中でも『先輩が大学行って男の手垢がつく前に… 私が頂いちゃおうかにゃん(はぁと)』『あのとき処女を奪ってしまえばよかった…』だのとほざくオッさん臭い女が多かったんで、魔法使い過ぎの男を想像していた。

「ダサい」
 まずは視覚的なダサさについて。最近だとそこまででもないけど(特に『少女セクト』以後)、百合を標榜する作品ってまず目で見て面白いってものがほとんどなかった思う。この業界は垢抜けねーよなー。百合厨の間では今でもへっぽい絵柄が尊ばれているような節さえある。下手にかわいい系の絵だったり衣装に凝ってたりすると「オタク向けの絵柄」とか言われちゃったりしてなぁ、まったくうんざりするぜぃ。漫画なんだから目でも楽しませてくれたっていいんじゃないか。なんでただ女同士の話ってだけで、この漫画みたいな糞ダサいビジュアルで我慢せにゃああかんのだ。綺麗でかわいい絵柄の何が悪い。「精神的な繋がり」「性別を越えた愛」に異常に拘泥する百合厨って、綺麗に着飾ってる人間にコンプレックスでもあるんだろうか。
 いやはや、森永みるくの描く女はなぜかくも気色悪いのか。男体は男体でナヨナヨしていてキモいけれど。あのアホウのようなツラを見ていると酸っぱいものが込み上げてくる。デフォルメ絵の気持ち悪さは筆舌に尽くしがたい。具体的にどこがどうキモいのかと訊かれると、絵心がない私には説明できないんだが。馬鹿みたいに開けた三角の痴呆口? 知性が感じられないヒラメ顔? ビーバーみたいな歯? 下膨れの輪郭? まぁ作品内容の気味悪さによる補正もかなりあるんだろうな。私にイラストだけでここまで不快感を与えられる奴はそういないぞ。他には揚の絵師くらいなもんだ。
 『くちびる ためいき さくらいろ』はまず背表紙の女二人がありえない。目がまともな精神状態の人のそれじゃあない。イッちゃってる。ファッションもありえない。垢抜けていないにも程がある。私服も制服も。お前ら本当に現役の女子学生なの? よくこんな服を着て往来を歩けるなあと感心するくらいだ。まぁ精神的な繋がり(笑)には見てくれなんて関係ないという先生のメッセージが込められているんだろう。しかし、同作者の『にくらしいあなたへ』に比べりゃあマシになったのかね。ありゃあ全盛期の水無月・いたるが裸足で逃げ出すくらいの奇形絵だったよ。人間の骨格をしていなかった。
 ダサいと言えばもう一つ、こいつの漫画は無駄なモノローグやカットが多すぎやしないか。いくらなんでも読者の読解力を舐めすぎじゃあないの。馬鹿みたいな説明セリフは極力削って、一つのカットで、キャラクターの表情で、機微を伝えようという気はないんだろうか。こいつの画力じゃあ無理だろうか?

「女々しい」
 人間限度がある。ここまでいちいちいちいちいちいちいちいち同性同士による葛藤を垂れ流している作品は不快である。今日びここまでじうじ悩む描写に膨大なページを割いてるのが有り得ない。ダサいにも程がある。ショボいビジュアルの影響も大だけど、あまりのヘタレぶりにキャラクターから意思の力が全く感じられない。長ったるい心理描写(笑)はやたらあるんだが、ライクだとかラブだとかパッションだとかリビドーだとかエゴだとかそういったものがページからちっとも伝わってこない。お子様のおままごとにしか見えない。
 私が『くちびる』が何より薄気味悪いと思うのが、およそ人間らしい人間が一人もいないところだ。この漫画のキャラクターは個性も存在感も無ければ人間味も現実味もありゃあしない。薄っぺらいにもほどがある。この記事を書くためにレビューを検索してみたが、やはりというか何というか、自分はこの漫画の中でどのキャラが一番好きだとか、そのキャラのどんなところが好きだとか、どのシーンのどのセリフが心に響いたとか、そういった話題はほとんど見つからなかった。そもそもキャラの名前が挙がっているレビューが全然なかったな。この作品って、ぶっちゃけた話「同性同士の恋」「一過性の儚い恋」「性別を超えた愛」という記号の集合体でしかないと思う。そこから一歩も踏み出していない。その先の、一対一の、人間同士の関係を描こうという意思が全く感じられないんだよ。
 この記事を書き終わったころに、参考資料(はてなブックマーク)をぼけら~っと眺めていたら、BLNDの『お願い鈴音ちゃん』(すどおかおる、ワニマガジン)感想が、「お前この記事見ながら書いたの?」ってなくらいあまりにも直球どストライクな話題だったんで、トラックバックさせてもらいました。私も「ダメ人間じゃん」好きだったよ。

 女のコが好きな女のコの話って、ともするとストーリーが同性愛部分にばっかり拘泥しがちじゃないですか。お話の焦点が「これって悪いことなの……?(ぐだぐだ)」/「告白したら嫌われちゃうかも(うじうじ)」/「偏見に負けないエラい私たち(大威張り)」にばっかり当たっていて、それ以外のドラマ要素は皆無、とかさ。



「小便臭い」
 私はこの漫画みたいな、さして珍しくも目新しくもないことを、さも前人未到の偉大なことを成し遂げたかのように持ち上げている作品は嫌いだ。リベラルぶって理解があるようでいて、その実はカビの生えた価値観を再生産しているだけでねぇのかな。
 『くちびる』は嘴の黄色いガキがうだうだ葛藤する話だと書いたが、その葛藤の中身もまっこと独りよがりで小便臭い。主人公が苦悩するとしてもさ、『捜査官ケイト』みたいに、警察官という職業上から、そしてパートナーとの関係を掻き回されたくないから、友達も同僚も家に呼ばずセクシャリティを隠しているとか、そういう事情なら腑に落ちるんだよ。テメェで後生大事に抱えている偏見を捨ててみせたからって、どこがどう尊いんだかさっぱりわからんよ。そんなものがいつまでドラマツルギー足り得るんだろうか。
 私は性別を超えるほどの愛(笑)だの、精神的な繋がり(笑)だのと聞くと、昔読んだ原田宗典のエッセイを思い出すよ。原田は「知力体力共に人並み以下で、人に誇れることなど何もなかったボクは(謙遜だろうけど)、鼻の穴にビー玉を入れてみたりして『どうだどうだ、すっごいだろー!!』と自慢していた痛い子だった」と書いていた。上にも書いたが、私にとっての「百合」のイメージはまさにこれ。鼻の穴にビー玉を入れて粋がってる糞ガキのたわごと。

 私ぁ同性同士の関係であることを変に美化したり特別視したりする”だけ”の作品は、時代遅れでダサいにもほどがあると思っている。そんなことはただの前提として、その先の”人間”や”意思”や”絆”を書こうとしている作品のほうがずっとスマートだと思う。以上。

くちびるためいきさくらいろ (IDコミックス 百合姫コミックス)くちびるためいきさくらいろ (IDコミックス 百合姫コミックス)
(2006/01/18)
森永 みるく

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