2017年11月02日

アトラク=ナクア レビュー・感想 血と情念が薫る伝奇ノベルの古典

 音に聞こえた伝奇ビジュアルノベルの古典です。1997年発表。伝奇作品の枠だと『痕』の翌年、『久遠の絆』の前年と書くと時代背景がわかりやすいでしょうか。

 先にダメ出しを済ませると、作品の構成要素のうち大部分で経年相応の古さを感じるのは否めません。具体的には、中盤までのほとんどを占める、主要登場人物(初音・奏子と銀と、あと燐か)が本筋に絡まない傍流の展開の退屈さ(私はプレイ中「はやく銀さんが出てきて本筋が進まねーかな」と常に思っていた)、かなり類型的な造詣で立ち位置の不確かなキャラクター(どうでもよすぎて主要キャラ以外の名前が一人も名前が思い出せない)、存在意義が全くもってわからない調教パート(未練がましくゲーム性を残そうとしたのか?)などです。その他、立ち絵も一枚絵も明らかに数が足りていませんし、楽曲の評価が非常に高い作品ですが、音源はお世辞にも上等とは言えません。
 にもかかわらず、今日でも『アトラク=ナクア』が名作の呼び声を厳然として保っているのは、ひとえに最終章の完成度ゆえにでしょう。あの激情と感傷のありったけがぶつかる驚天動地の展開は、今なお比類する作品がほとんどありません。戦力を削いでいく包囲網戦が続き、直接的な対決が持ち越されていた分、いよいよ人外の化け物が(いろんな意味での)正体を現して刃鳴散らす瞬間の興奮ったらありません。硬質で淡々と描写を連ねる三人称の文体は、この作品の空気を形づくる特色の一つですが、あれが却って昂ぶりを伝えてくるんですよ。これ以上ないとっときのタイミングで流れ出す劇半「Atlach Nacha~Going On~」と、それのアレンジと画面効果を交えた演出も場を最高潮に盛り上げます。しかしながら、あの章の中で何が一番読み手に衝撃を与えるかと言えば、価値観の逆転、関係性の逆転が起こることに尽きると私は思っています。
【若干ネタバレあり】
 この作品は一枚絵の視点ともっともらしい語りによる叙述トリックを巧みに取り入れていますが、あの一枚絵が鮮明になるとともに、それまで捕食者の立場で人の命や尊厳を弄んでいたある人物の本性――致命的に傷つけられた自尊心を、今度は自分が支配者の側に立って他者を蹂躙することで修復しようとしている愚かな小娘――が暴かれる瞬間の、足下が崩れるような、目から鱗が落ちるような、胃の腑がでんぐり返るような感覚。あれを味わえただけでもこの作品を読んだ甲斐がありました。
【ネタバレおわり】
 ここに至るまでの展開は、言ってしまえば前振りでしかないのです。あの人が虚飾を剥ぎ取られて、血みどろで転がりながら幼稚な意趣返しから脱却し、本当に護るべきモノのために闘おうとするところからが『アトラク=ナクア』という物語の真の始まりなのだと思います。以降の展開は掛け値無しに凄まじい牽引力があり、ページを手繰る手が最後まで止まりませんでした。しかし、そこまでの流れが前振りや布石といった観点でしか評価できないのは、作品の総合的な完成度に瑕疵があることの証左だとも考えています。

 2017年現在におけるシナリオゲームの水準に照らすと粗が見つかりますが、最終章における最大瞬間風速のトルクでは今なお頭一つ抜けた力作であることは請け合います。テキスト、伝奇要素、楽曲も見上げた出来。今なら単品の廉価版がお手ごろ価格で手に入るので、20周年を機に温故知新で触わってみるのもオツではないでしょうか。

【参考文献】
マリア様がみてる(1) 今野緒雪
 あちらはお姉さま、こっちは姉様……。関係性の構図がよく似ていると思います。

アトラク=ナクア 廉価版
B00008HUMF

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2017年10月14日

プリンセス・プリンシパル レビュー・感想 コキジバトの巣の上で

 『プリンセス・プリンシパル』のかんたんな感想を書いた。人々を隔てる壁が屹立する架空のイギリスを舞台にしたスパイ活劇で、悲しみが通底する世を打ち破らんと飛ぶ少女たちの勇姿が映える痛快名作だった。キーフレーズである「嘘つき」「嘘」は、時に冷たい拒絶を、時に甘やかな信頼や親愛を含んだ響きで作品に彩りを添えていた。最終話を見る限りでは二期の構想がありそうだが、今期の12話だけでもめちゃんこ面白かったのでみんなに見てほしい。1話、2~3話、4話、8話はほぼ完ぺきな出来だと思う。

十兵衛は、私の父を殺した。
 『プリプリ』を通して観て最初に思ったのが、話数シャッフルの構成がこれ以上なく嵌まっている作品だということ。
 まず、第1話にもっともアクションが派手で主要キャラ全員に見せ場があり、画面の情報量やタスク量が圧倒的なCase13を持ってきたのは、当然ながら掴みを意識してのことだろう。今ぱっと思いついた作品だと『Fate』や『凍京NECRO』が似たようなことをやっていたね。舞台に関する最低限の説明はナレーションですませて、あの話を先頭に持ってきたのは思い切りがよい。この、まずは一番の見せ場で惹きつけてからキャラや設定を掘り下げていく、という構成で右肩下がりのテンションにならなかったのは、その後の掘り下げが過不足なく丁寧だったからなのは言うまでもない。
 2話についてもなかなか考えられている。視聴者は1話の時点でプリンセスはスパイチームの一員であり、この後に仲間に加わるだろうことはわかっているので、ハウダニットやホワイダニットの視点で任務の成り行きを見守るわけだが、8話でアンジェとプリンセスのバックボーンを理解してから再見すると、二人の何気ない所作や交わす言葉の一つ一つに万感の想いが込められているのに気付いて、情報量の増加に驚かされる。いわゆる「観るたびに発見がある」というやつだ。あと、2話は話の展開がある程度読める中で、任務にノルマンディー公の到着というタイムリミットを設定し、それを過ぎてからは全身隙無しの彼を出し抜くサスペンスがあって、きっちりと視聴者の目を引いている。堅実な仕事っぷりだ。
 そして、この作品では繰り返されるキーワード、再演されるシチュエーション、印象的なモチーフが効果的に取り入れられている。同じ構図のシーンが立場と人を変えて繰り返されて、同じ言葉が千変万化のニュアンスで口にされて、メタファーが思いも寄らぬところで顔を出す。このリフレインの演出と、立ち戻っての視聴を自然と促す話数シャッフルの構成とが抜群の相性だったように思う。
 繰り返される構図の中で特に印象深かったのは、握手のシーンだ。プリンセスのことを仲間と信じたいドロシーが、自らも危険を冒すという彼女の提案を飲んで嬉しそうに手を差し出すところ。アンジェが仰々しい土下座をしようとするちせを制して、“西洋式”のあいさつを教える体で固く手を握り合うところ。プリンセスの救出のために助力を求めるアンジェが、友だちとしてなら協力するというドロシーの手をすがるように両手で掴むところ(アンドロキテル)。ここの掛け合いはどれも素晴らしいのだが、彼女らの表情や手を取る仕草からも同じくらいの情感が伝わってきた。
 もう一つ心に残っているのが、身の上話をするシーン。1話ではアンジェがエリックに、6話ではドロシーがベアトに対して過去を語っているが、その意味合いは決定的に違っている。アンジェは二重スパイの疑いがあるエリックが妹のために動いていることを察し、情に訴えかけてボロを出させるために幼き日の両親の死を語ったのだろう。ドロシーはベアトなら共感してくれるかもしれない、従者の立場から自分を警戒しているだろう彼女と距離を詰められるかもしれないと思い、父親の仕打ちとスパイになった経緯を打ち明けたのだろう。同様の内容を語っていながら、一方ではスパイの手段を問わない非情さ※1、一方では年相応の少女らしさが表現されていて、強烈なコントラストに目眩がした。
 キーワードについては、作品のキャッチコピー「嘘つきはスパイの始まり」や第1話のサブタイトル「Wired Liar」にも含まれている「嘘」が作品を彩っていた。

どいつもこいつも、嘘つきばっかりだ。

(ドロシー/10話)


その女の嘘にそれ以上耳を貸すな。

(ゼルダ/12話)


親子だって嘘をつく。

(ちせ/1話)


やっぱり嘘つきですね、アンジェさん。

(ベアト/3話)


――ッ嘘つき!

(アンジェ/12話)


……嘘つき。

(プリンセス/1話)


 同じ「嘘」という言葉を使いながら、呆れ、敵意、悲しみ、信頼、(照れ混じりの)怒り、理解といった具合に、趣を異にする想いが見事に書き分けられている。
 モチーフについては、全編において「壁」の堅牢で閉塞的なイメージが作風を支配していて、いきおいそれを打破しようとする少女たちの活劇が光って見えた。そして「壁」が国を分断する煉瓦の壁のみならず、スパイの少女たちを引き裂く身分の壁や立場の壁まで含んでいることは見当が付いていた。しかし、アンジェが仲間に対しても無意識に作っている心の壁にまで掛かってくるとは予想だにしなかった。読み切ったつもりだったが、相手のほうが一枚も二枚も上手だったな。
 このような細かい意匠が作品の多層的な魅力となって完成度の奥行きを生み出し、情感をより豊かにしているのだと思う。

黒蜥蜴星では、殺すときにサインをもらうことになってるの。
 キャラデザよし(めっちゃ好み)、ガジェットよし、美術よし、サウンドよし。この作品はスチームパンクとしても、近世異国浪漫としても、群像劇としてもよくできていて、美点は枚挙に暇がないが、私が何より素晴らしいと思ったのは、主要登場人物みんなの思想や行動原理が明確に打ち出されているところだ。
 12話、プリンセスはゼルダに連行される形で寺院の奥まった部屋に追い詰められるが、イングウェイ少佐が身を挺して庇うことでゼルダの凶弾から逃れ、アンジェとちせは間一髪で彼女を救い出すことができた。少佐があの短い時間の中でプリンセスを信頼したのは、彼女の自らを断頭台に追いやることになろうとも壁を壊してこの国を変えるという意志を本物だと思ったからだろうし、明らかに腹を空かせている少年兵に対して一緒にスコーンを食べるよう勧める姿に心を打たれたのもあるだろう。「みんなで食べた方が楽しいから」という発言で、画面奥にいる少佐の表情が明らかに変わっている(少佐も植民地の出身で、あの少年と同じように飢えて育ったのだろうか?)。だからこそ、ゼルダに「この女の嘘に耳を貸すな」と諌められ、プリンセスが「偽物」だと知った後でさえ、彼女のことを身を挺して庇い「この国に必要な方だ」と反論したのだろう。銃弾を撃ち込まれて死に瀕してなお、あなたこそ私たちの女王だ、死んではならないと伝えたのだろう。プリンセスの、断頭台で処刑されることすら受け入れる覚悟で心を動かされた少佐が、今際の言葉で「死んではダメだ」と進言するのが、私の心に深々と突き刺さった。
 あのシークエンスで、われわれがプリンセスの壁を壊してみせるという主張が決してお花畑の夢物語ではないとわかるのは、彼女がアンジェに何度となくそれを語るところを見ていて、友だちの想いを継ぐためにヘドを吐きながら王族を演じてきた執念を知っているからだろう。お茶の提案も、あの場を切り抜けるための懐柔策でなく彼女の本心だとわかるのは、幼少のみぎりにアンジェ(シャーロット)とスコーンをパクつくところや、チーム白鳩の面々と楽しそうにお茶をする姿が丁寧に切り取られていたからだろう。これだけの積み重ねがあるからこそ、土壇場でのプリンセスの言葉に説得力が生まれて、ひいてはそれに感銘した少佐の行動が尊く映るわけだ。バックボーンを構築するお手本のような、職人芸の脚本だったと思う。
 ちせも12話で、足に伝わる振動から修羅場の到来を察知し、王国と共和国の動向を見守るという役目を投げ打ってまで、押っ取り刀で馳せ参じた。本当に「一宿一飯の恩義」というなら、5話で十兵衛の凶刃からプリンセスを護っただけでもお釣りが来るくらいだから、あれはちせなりの照れ隠しなのかもしれない。彼女が12話で行動に出たのは、曇り顔で助力を拒むアンジェが意地っ張りの嘘つきなのを知っていたからだろうし、学園生活やスパイ活動で彼女らと心を交わすうちに「あの者たちに勝利してほしい」と真に願っていたからだろう。
 アンジェにしても、後先を考えずに再三プリンセスとカサブランカへ逃亡することを企てるのは、身勝手で不義理で薄情だと言われてもおかしくない(私のアンジェ評が厳しすぎるだろうか?)。もし二人が逃亡に踏み切っていたら、少なくともチームリーダーのドロシーと従者のベアトは責任を問われて、よくて懲罰、死刑もありえただろう。にもかかわらず、アンジェがこの物語のヒーローの資格を失わないのはなぜか。彼女が絶望から立ち上がり、プリンセスの元へ駆け出す姿に胸が熱くなるのはなぜだろうか。それはわれわれが彼女の凄惨な生い立ちと、プリンセスにもう一度会いたいという一念で過酷な生き方を選んだことを知っているからだろう。エイミー(エリックの妹)やジュリ(スリの少女)を保険だの口封じだのといいかげんなことを言いつつ助けた、彼女のぶきっちょな優しさを見ているからだろう。アンジェというキャラクターは、善良さだけでなく、未熟なところや欠けているところをえぐり出し、それを絶望に喘ぎながらも克己するところまで描きったことで、永遠の命を吹き込まれたと思っている。
 ベアトについては3話での振る舞いについて語っておきたい。ベアトがアンジェのことを、敬愛する姫さまに成り代わろうとしているスパイという最悪の第一印象から信用するに至ったのは、3話の終盤、敵に追い詰められ、脱出用のパラシュートは損傷して一式のみという状況で、彼女が何よりプリンセスの身を案じてベアトを叱咤したところでだろう。同じ姫さまガチ勢として、あれで心が動かぬ訳がない。だから彼女はアンジェを見捨てて一人で脱出するのではなく、コンプレックスだった喉の仕掛けを使って、敵を欺く危険を冒してまで助けようとしたのだろう。アンジェはアンジェで、戦艦の青写真を見て即座に内容を理解する能力や、素人ながら敵兵を欺いてみせた勇気を見て、だんだんとベアトを気に入っていくさまが描かれていて、何とも言えず尊かった。そして、鋭い敵兵に正体を疑われてカマを掛けられる窮地を、アンジェの超人的な情報処理能力との合わせ技で切り抜けるところは、二人の歩み寄りに掛けたシンボリックな構成で美しかった。パラシュートでの落下中にベアトの告白を聞くアンジェの柔和な表情が最高だし、エピローグのお茶会でのやりとりも小気味よくて微笑ましい。こういうのがいいんだよ、こういうのが。
 最後はドロシーについてだが、ドロシーいいよね。いい……。プロ同士多く語る必要はない。この人は善良さの擬人化キャラか、はたまた優しさが服を着て歩いているのか? 対人能力お化けの人間磁石だった。個人的に感心したのは、11話から12話にかけて、先にコントロールと接触していたとはいえ、一人暴走するアンジェとは対照的にベアトと連携を取ってプリンセス救出のために動いていたこと。そしてアンジェのことを信じて待っていたこと。さすがはチーム最年長者と言うべき、重ねた齢にふさわしい人間力を感じた。また、王族で庶民の人気も高いプリンセスを除いてチーム白鳩の中で一人だけ一般生徒との交流が描写されていたのは、彼女の人がらを強調する意図的な演出ではないかと思う。
 何となくドロシーさん名言集を作ってしまった。

わかったよプリンセス。同じ船に乗ろうじゃないか。

(4話)


いいじゃないか、チーム白鳩。
……白ってのが特にいい。

(4話)


 この人の台詞は声色に人のよさがにじみ出ているんだよなぁ……。

どうして話してくれるんですか? スパイって素性を明かさないものだと。

アンジェはそうだな。……私は、たぶんアンジェより弱いんだ。
それと、ベアトはわかってくれるかもって思ったんだ。

(6話)


 逆説的だが、自分の弱さを見つめられる人は強い人だと思う。人の弱さや心の痛みがわかるからだ。

私は殺したくない。

私たちはスパイだ。でも、スパイである前に人間だ。割り切れるかよ。

(11話)


私たちはスパイだ、任務外のことには手を貸せない。

だけど、友だちとしてお願いするってことなら、全力で力を貸してやるよ。

(12話)


 今さら気付いたが、ここは黒蜥蜴星人の「私たちはスパイよ。命令には従うだけ」(11話冒頭)に対する返事なんだな。こういった青い啖呵が上滑りしないのは、彼女の人となりのなせる業だろう。

あなたのそういうところ、初めて会ったときから大嫌いだった。
 せっかくなのでカップリングについても述べておこう。
 何はさておき、アンプリがジャスティスでコモンセンスなのは確定的に明らかだ。このペアの魅力は、隠そうとも隠しきれないラブラブバカップルっぷりと(新顔のちせにすら「振り回されている」と見抜かれていた)、二人がそれぞれ抱える危うさとが織りなすアンビバレンスにあると思う。上でも少し書いたが、アンジェは不断の努力で超人的なスパイの技能を身につけ、シニカルな鉄仮面を被って武装しているものの、本質的には戦火に放り出されたときの泣き虫なシャーロットのままなのだ。まだまだ未熟な自我は、プリンセスが絡むとさらに希薄になってしまう。彼女が、盲目のまま天涯孤独の身になるエイミーや、昔のプリンセスを思い起こさせるジュリを助けたのは、かつての「自分」とその半身を救いたかったからだろう。そして遮二無二プリンセスを求めるのは、引き裂かれた「自分」を求めているのに他ならない。それは自身や他者という概念すらない赤ん坊が、泣いて母親を求めるがごとくである。だから、周囲の人や物事をおっぽって、二人きりで隠遁するという刹那的で自分本位なプランを立てても、疑問を持たなかったわけだ。それが世界の全てなのだから。11話と12話は、アンジェがプリンセスという分かちがたき半身から再度断絶され、失意の淵に沈みながら痛みを覚え、ドロシーたちに手を差しのべられることで他者を認識し、再びプリンセスと対峙することで自我を獲得するまでを描いた文学とも言える。
 一方プリンセスは、アンジェに比べるとかなり強度の高い自我を確立していて、他者と世界をはっきりと認識しているように見える。それは王女という立場から様々な人と接し、世の理不尽を目にしてきたことで確立されたものだろうか。プリンセスがアンジェに求めるのは、彼女その人だけではない。彼女が何はばかることなく笑って過ごせる、取り巻く人や物すべてを勝ち取ろうとしている。であればこそ、アンジェが世界に背を向けて逃げ出すそうとすると、決まって悲痛な表情を浮かべている。そして、アンジェが笑ってくれるならば、自分が必ずしも傍にいる必要は無いとも考えていて、それが断頭台に上がる覚悟へと繋がっているのだろう。このプリンセスのスタンスを崇高な純愛だと考える人もいるだろうし、アンジェよりも危うくて業が深いと考える人もいるだろう。11話と12話で、プリンセスの物語はアンジェのそれと表裏一体、渾然一体となっているが、彼女は別れを告げたはずの最大かつ最愛の他者……アンジェと再び対峙し、鏡写しに自我を再構築したことで、最後に「絶対に離れない」という真理まで達することができたのだ。万雷の拍手を送ろうではないか。
 アンプリ以外では、アンベアもめっちゃ好きだ。二人の馴れ初めにいては3話の項で詳しく書いているので参照されたし。アンジェとベアトは言うなればプリンセスをめぐる恋敵のようなものなのだが、言葉にあえて出さずともお互いを認め合っているのが随所でわかって、それが凄くよいのさ。細かいところでは、最終話のカーアクションで、アンジェがベアトの頭を押さえつけて、どうにか敵車両の射線から遠ざけようと庇ってあげてるところが好き(伝わるかな?)。1話において二人でエイミーが入院する病院に潜入したあとの「黒蜥蜴星に帰るんですか?」の言い方も気さくで好き。
 あとはドロベアも言うまでもなく大好きだ。アンジェやちせにはたじたじなベアトが、ずっと年上のドロシー相手にはわりとイニシアチブを取っているのが、とてもよい。6話で、二人でのドライブ中にドロシーが身の上話をして、ベアトがもうカバーじゃなくて本当の友だちだと言ってくれるところは思わずうるっときたし、酒場で親父さんの声で歌ってくれるところ、あれは惚れてまうでしょ。10話では番犬を無力化したベアトにドロシーがしれっと肩に手を回してるし、何なんだね君たちは。
 以前『NEW GAME!』の感想でも書いたが、人が人に惹かれるところや相手を認めるところを説得力を以て書いている作品は、それだけで評価されてしかるべきだと思う。

友だちとしてお願いするってことなら、全力で力を貸してやるよ。
 その他もろもろ。
 声優さんはどれもはまり役だったと思う。アンジェの方はスパイの黒蜥蜴星人と乙女なシャーロットで声色を完全に使い分けているのがすごい。ときどき思いがけず素の高い声が出ちゃうアンジェさんかわいい、と言い換えてもよい。
 サウンドは主題歌、劇伴、SEともに恐ろしく出来がよかった。SEは特にクルマや列車やキカイのメカニカルな駆動音、ガンやカタナやクツの硬質な反響音が最高に耳を楽しませてくれた。音響は『ガルパン』と同じスタッフだと聞いたが、確かにあれも音がよいアニメだったな。
 アンジェが4話において、敵陣でプリンセスとイチャコラしながら(「船上デート開始」のコメントで爆笑した)放った名言「歯止めが利かなくなる」のパンチ力と汎用性の高さは、これからも語り継いでいくべきものだと思う。
 最後に、あえてけちを付けるなら、「壁」というモチーフや「嘘つき」「嘘」というキーフレーズに比べて、Cボール・ケイバーライトが劇中で果たす役割や象徴性が若干弱く感じられた。1話であれだけフィーチャーされていたので、重力……アンジェたちを縛り付ける様々なしがらみからの自由、という落とし込みがされるかと勝手に予想していた。最終話におけるアンプリのイチャイチャランデブーでの使い方は美しかったが、倫敦の宙を飛ぶ無重力感とスケール感が伝わるカットがもう少しあればなおよかった。あとは、発熱と冷却の描写が1話と3話以外でほとんど見られなかったのはちこっと残念。デメリットがはっきりと提示されていた方が駆け引きが生まれるし、切り札として立ち上がってくるからだ。
 他には、チーム白鳩メンバーの強烈さに比べて、Lたちコントロールの上層部の個性や存在感が薄く感じたかな。あと、ノルマンディー公らヴィランの評価は現段階では下せない。あれで本当に幕切れならば、ノル公もガゼルも無駄に存在感を出しすぎているし、因縁を作ったわりに消化不良だと言われても反論できない。もし2期があるならば彼らの躍進に期待したい。

黒蜥蜴星のお塩です。
 画と脚本ががっつり作り込まれていて、示唆に富みつつ、しかし余計なことを語らない映像作品はただそれだけで素晴らしい。『プリンセス・プリンシパル』はそうしみじみと思わせる作品だった。2期は観たいような観たくないような複雑な気持ちやね(抜け番のケースは是が非でも観たい)。
 ついでに、私の観測範囲では驚くほどの履修率で、満足度もかなり高く見受けられたことは報告しておく。よい作品が広く認知されるのはやっぱり嬉しいね。

※1
 とは言え、「いいえ、いいえ、いいえ」のトーンを聞く限りでは、アンジェもエリックが真実を打ち明けることを心のどこかで期待していたと思うし、もしそうしていたら無碍な扱いはしなかっただろう。

プリンセス・プリンシパル I (特装限定版) [Blu-ray]
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2017年09月23日

サモンナイト クラフトソード物語 レビュー・感想 女主人公選択可のライトファンタジーに見る百合ゲーの萌芽

 2017年現在にプレイすると、全般的な単調さがかなりしんどい。先人の苦労を偲ぶという目的がなければ、あえて前世代のハードを用意してプレイするほどではない。

 『サモンナイト クラフトソード物語』を評価するならば、当時の時代背景を考えないのは片手落ちだろう。私は世代から若干ずれているのだが(気付いたときには『アカイイト』と『少女セクト』があった世代だ)、百合ゲームがほとんどなかった時代においては、主人公が男女選択可能なゲームで妄想を楽しむという文化が重要な位置を占めていたのだ。どんな作品が対象かというと、洋ゲーテイストのフリーシナリオゲー(『シルフェイド幻想譚』など)や、『ドラゴンクエストⅣ』や、『スーパーロボット大戦』や、この作品のスピンオフ元である『サモンナイト』シリーズなどである。ライトな恋愛要素があるシナリオで、主人公のポジションに女主人公を当てはめれば、見事な百合ゲーが完成するというスンポーだ。この「ライトな」恋愛という点が(癪に障るが)ミソだったのである。というのも、正式な交際や結婚が話に絡んでくるゲームだと、女主人公の選択時にヒロインとのイベントが制限されることが少なくないからだ(癪に障るが)。特にコンシューマゲームではこの色合いが強い。調べてみたが、『ガンパレード・マーチ』は恋人になれない、『ペルソナ』は個別エンドが存在しない、『牧場物語』や『ファイアーエムブレム 覚醒』は結婚できない(FEは確か次回作で半端なことをして火に油を注いでいたな)。視点が変わるが、『ドラクエ』のⅤやⅧで女主人公が選べないのは同じ事情だろう。しかし、特定のキャラと親密になれるが、あくまで「仲良し」の範疇に収まっているゲームならば、女主人公の場合でもイベントのロックや台詞の差し替え無しで「問題にならない」というわけだ。そういった癪に障る制約の間隙からこぼれ落ちて生まれたような百合ゲーが、ちょうど『サモンナイト』だったわけである。
 さて、話を今回の『クラフトソード物語』に移すが、基本的に上述した作品の流れを汲むものの、そこから一歩踏み込んでいると言える。というのもこの作品、物語の導入部でパートナーとなる召還獣を(性格診断の選択肢によって)選択できて、のちに彼ら彼女らとも親密なイベントも発生するのだが、そのうちの一人であるジニーのシュガレットさんは、なんと主人公が女である場合に絡みのイベントが濃厚になるのだ! 有名なところだと、初登場時にいきなり主人公のファーストキスを奪ってくるシーンがあるのだが、これは男主人公だと発生しない。台詞の差分も相当数あるらしいが、無難な台詞への差し替えでなく、逆に「女の方でも大丈夫です…」といったガチなものが差し込まれている。スタッフの本気度は見上げたものである。

 しかしながら、肝心かなめのゲーム性、探索のRPGパートと戦闘のアクションパートの単調さは少々目に余る。
 ダンジョンは基本的には主要ダンジョンである地下迷宮をひたすら下りていくだけで代わり映えがなく、謎解きも皆無に等しい。ダンジョンを下っていってもやることに目新しさがない。たまにおつかいで余所の時限ダンジョンに挑むときもあるが、そこでも固有のギミックはほとんどない。
 アクションパートは爽快感に欠けている。原因は、攻撃を繰り出して敵を打ち払う感触より、のけぞらされない、ダウンさせられない立ち回りを強制されるストレスの方が強いからだろう。こっちは一人なのに対して敵はわらわらと群がってきて、ちょっとつつかれるとのけぞって攻撃が中断されてしまう。袋にされて連続攻撃を受けたり大降りの一撃を避けきれず食らったりすると、あっという間にダウンして操作不能になってしまう。率直に言ってイライラした。このゲームには剣、斧、拳、槍、ドリルという武器の体系があるのだが、自分は自然と、通常戦闘では遠間から敵を一方的にちくちく突けて、囲まれたり飛び込まれたりしてもなぎ払い(発生クソ早い・全方位攻撃)で対処できる槍しか使わなくなっていた。発生が遅くてすぐ攻撃を潰される斧や、リーチが狭くてバカスカ反撃を喰らう拳は使う気にならなかった。また、レベルを上げても、苦労して素材を集めて強い武器を作っても、戦闘で取れる行動は物語の開始から最後までほぼ変わりがないのが単調さに拍車を掛けている。属性付きの武器は装備すると溜め攻撃が出来るものの、隙だらけな上に溜め中に移動力が激減するせいでふらふらする敵を追えず、ほぼ死に技。装備でもフラグでもいいので、何かしら有効なアクションが増える要素があれば、立ち回りの選択肢が増える達成感もあっただろうに。切り返しに使えるメガクラッシュとか、無敵時間ありの突進技とか、移動しながらチャージが出来る、アーマーありの溜め技とか、そういうのよ。
 あと、早期に強力な武器を入手するためには、イベント戦の敵をちまちまと武器破壊で倒すことを強要している(そうしないと武器を作るための秘伝が手に入らない)のはゲームデザインとしてどうかと思った。一番の腕の振るいどころであるボス戦で、実質的にプレイスタイルを制限することに疑問は浮かばなかったのだろうか。
 かてて加えて、私が有名どころの名作RPGしかやっていないせいもあるだろうが、テキストに面白みがなくて会話や情報収集に楽しみが見出せなかった。シナリオも特筆するとことはない。

 もちろん、2003年という発表時期や携帯ハードの作品であることも考慮しろ、という意見もあるだろう。しかし、同時期かつ同ハードの作品である『メトロイド ゼロミッション』や『ゼルダの伝説 ふしぎのぼうし』(ともに2004年)は、シリーズ最高傑作とは呼べないにしろ、本体のスペック、画面サイズ、ボタン数などの制限の中であれだけ完成度の高い操作感、やり込み度、報酬系を刺激するレベルデザインを備えていた。純正のRPGでも『黄金の太陽』(2001年、2002年)はかなりの冒険感があったし、エナジーを使った謎解きもけっこう頑張っていた。テキストは褒められたものではなかったが、音楽もグラフィックもいい線行ってた。『クラフトソード物語』はこのクラスの作品に比べると二、三枚落ちると言わざるをえない。百合ゲーとして、コンシューマの、それもけっこう頭の硬い任天堂のハードで一歩踏み込んできた意気は買うが、トータルで評価して2017年現在においてもプレイに耐えうる作品かと訊かれると、言葉を濁してしまう。

 誰も聞いちゃあいないが、私もゲームで主人公の性別が選べるなら基本的に女しか選ばない。最近の作品だと『ポケットモンスター サン・ムーン』でもミヅキさんを選んでいて、「ミヅリリキテルグマ……」と思いがけず喜んでいたところだ。百合ゲーの枠以外でプレイした作品で思わぬ収穫があると無性に嬉しいのは、なんだろうねあれ。
 百合ゲーの名作がたくさん生まれてほしいのは言うまでもない。それとはまたちょっと違ったベクトルで、異性でも同性でも自由に恋愛できるゲームがもっと出てほしい、自分が子どもの頃からやってきたゲームでも同性同士でプレイがしたい、という想いは絶えずくすぶっている。

サモンナイト クラフトソード物語
B0000794JJ

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2017年08月31日

ことのはアムリラート レビュー・感想 ろくな衝突もない異文化交流、展開に動かされるキャラクター

 ユリアーモでもハナモゲラでも何でもいいですが、 異世界や異国語の設定をはりきって作る以前にドラマの導入部と核になる部分を真っ当に作り込んでもらいたいです。

 超展開百合ゲーの雄、J-MENTによる異世界・異言語ファンタジーです。私は過去作『Volume7』『ひとりのクオリア』『ふたりのクオリア』の出来にげんなりしていたので、今作はかなり期待値を低く設定していたのですが、そこは越えない出来でした。
 まるで成長していない……と思ったのは、あまりにも掴みの弱い導入部です。思ったんですが、この人の作品って常にシチュエーションありきなんですよね。「引きこもりの子とまめまめしく世話を焼く子のほのぼの同棲生活」「イケメンのヒモと彼女にかどわかされる女学生の刺激的な同棲生活」「言葉が異なる少女たちのドキドキ同棲生活」といった設定がまずあって、そこにキャラクターが押し込められているとしか感じられないのです。そこに至るまでの過程や、キャラクターの想い、バックグラウンドはろくすっぽ描写されません。初っぱなの掴みが弱すぎるから、その後のドラマに訴求力が生まれないんですよ。今作では、元いた世界から切り離されて絶望していてしかるべき主人公のタヌキさんが、あれよあれよという間にウサギさんに拾われて同棲生活に順応し、お風呂場でのラッキースケベイベントを回収しだすあんばいです。のっけから気が遠くなり、気付いたときにはうさぎさんにボディをおさわりしながらのムフフな単語学習をさせてもらっている有様で、私は例のごとく置いてけぼりにされていました。ときにこの主人公、あまりにも背景が薄っぺらくないですか? ときどき思い出したように描写が希薄な回想が差し込まれるものの、この人が物語の開始以前にどんな人生を送ってきたのか全然イメージができないのですが。酷い言葉ですが、作者がドキドキ同棲生活を送らせるためだけに創り出したコマのようでした。
 逆にいくらか改善されていると思ったのは、同棲生活のホストになる少女に納得のいく動機付けをさせているところです。実はウサギさんもタヌキさんと同じく元訪問者で、同じように困り果てていたところをフクロウさんに保護された経験があるため、自身も彼女の立場になって人を助けたかったというのは、とても共感できて好感が持てました。もっとも、このことが明かされるのはほとんど終盤に入ってからなので、物語を牽引しているかというとこれぽっちもしていないのですが。
 クライマックスの展開は、あまりにも投げやりであ然としてしまいました。異世界トリップものにおいて、主人公は今の世界に留まるのか元の世界に戻るのか、パートナーないし周囲の人間は引き留めるのか送り出すのかは、永遠の命題でしょう。しかし、元いた世界、残してきた人に対する思いが真っ当に描写されていないのに、帰る帰らないで悩んでぐだぐだと引っ張られても興醒めするだけです。同様に、どう見てもヒロインと主人公の思いが通じ合っていて、かつ元の世界に帰すことに妥当性や緊急性が見受けられないのに、相手が主人公を送りだそうと躍起になられても「は? なんでなん?」としか思えません。話の都合のためにキャラクターを動かさないでください。悲劇を演出するためにキャラクターの人間性を踏みにじらないでください。あまりにも当たり前のことなので、口にしていてこっ恥ずかしいです。結局、この作品で最後まで人間味が感じられたのは、既に自身の物語が完結していて一歩引いた立場から主人公たちを見守るフクロウさんだけでした。
 ちょっと前に『SHOW BY ROCK!!』を見たときにも思ったことですが、主人公に占める元の世界のウェイトがあまりに希薄なら、どうして帰る必要があるんですかね? そらあ現地妻のいる異世界に残るっしょとしか思えないんですが。読み手にそう思わせてしまう時点で、筋運びやバックボーンの構築に失敗しているのは明らかでしょう。
 あとは、予算の都合なのかもしれませんが、原画にしろグラフィックにしろサウンドにしろボーカル曲にしろ、過去作に比べて大幅にグレードダウンしているのは残念でした。特に立ち絵、主要登場人物が三人しかいないのに基本ポーズのパターンすらないのはあんまりじゃあないでしょうか。みみっちさを感じるだけでなく、視覚的に情感を乏しくしています。あと、ヒロインの顔がサリーちゃんのよし子ちゃんみたいなナスビ顔で可愛くないですね(ぼそっ)。予算がないならないで切り捨てるものを見極めるべきであり、そうなると真っ先にぶった切るべきなのはあのしょうもない勉強システムじゃないですかね。
 あの勉強システムが「しょうもない」としか思えなくて、やらされてる感、ぼくの調べ物大発表会・ノートの設定披露宴に参加させられている感が強いのは、言語学習の進度と二人の思いの深度がほとんどリンクしていないからでしょう。二人のお互いに対する好感度は、異世界に転生した「小説家になろう」の主人公のごとく、最初からカンストしているようにしか見えませんでした。私はあくまで物語が読みたいのであり、キャラクターのことを知りたいのであって、作者が考えた設定のお勉強をさせられたいわけではありません。
 結局、この作品が抱える問題の大元を辿っていくと、「言葉を勉強しながらのイチャイチャ同棲生活♪」というシチュエーションありきの姿勢に行き着くのではないでしょうか。

 物語の中で他に共感できるのは、タヌキさんがウサギさんにより強く想いを伝えるために言語の勉強に打ち込む真摯な姿勢そのものと(上に書いた通り、なんでこの状況で平然と勉強してるの? 元の世界に戻る方法は調べないの? とはずっと思ってましたが)、訪問者の先輩であり、あまりにも辛い別れを経験しているフクロウさんが二人に託す想いくらいで、あとは全般的に疑問符が残りました。ラストはいくらなんでもひどすぎやしませんかね。ファンの方はあれで納得できたのでしょうか。

ことのはアムリラート 通常版
B073D1XJ4N

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2017年07月25日

白衣性愛情依存症 レビュー・感想 散漫とっちらかっぷりはさらに悪化

 前作『白衣性恋愛症候群』からシナリオ担当が代わり、シナリオゲームへの歩み寄りが見られる一方、一番言いたいことが何なのか伝わってこない点はまったく解決していない。散漫とっちらかっぷりはむしろ悪化している。

 まず作品全体の構成について。出自が不明な主人公がヒロインとの距離を縮めていくうちに彼女の心の裡と多層的な謎が明らかになる、という構成は一般的なシナリオゲームのそれに近く、前作に比べて作品を通しての読み応えは微増していた。一方で、タイトルにもある白衣……看護については真面目に向き合うのはほんの序盤だけで、前作ではいくらか冗長ですらあった描写はなおざりもいいところになっている。シナリオの比重は前述した過去の謎の解明に移っているのだが、謎の研究施設、謎の人体実験、謎の超能力、謎の人格憑依といった設定はかなり突拍子がなく、バックボーンは説得力があんまりない。一つまた一つと謎が解けていくさまはそれなりに楽しいのだが、その謎に引きずられる形で作品の芯はますます不明瞭になっていて、終わってみたら何について書かれた作品だったのかよくわからなくなること必至。
 前作から継承された要素としては、ショッキングなゴシップの要素がある。不倫に始まり薬物洗脳、果てはカニバリズムやネクロフィリアまでよりどりみどり、全年齢対象でやりもやったりだ。しかし、キワモノエンドが各ヒロインに1個ずつご丁寧に用意されているさまはまるで営業ノルマをこなしているかのようであり、分岐もバッドエンド前の選択肢で決まるお手軽さなので、上滑りがさらに酷いことになっている。悲劇に対する美学もこだわりもまったく感じられず、「ゆるふわ萌えゲーと思わせてショックを与えちゃる!」という下心はこれまで以上に明け透けだった。けっこう鼻についた。このおやつ感覚の鬱要素が作風の乱れに拍車を掛けているのは言うまでもない。
 シナリオ担当の向坂氷緒について。過去作『384, 403km―あなたを月にさらったら』はHライトノベルとして割と楽しく読んだのだが、この作品は才気がさっぱり感じられなかった。せいぜいクラゲ(部部長)や星(をおうひと)というモチーフの落とし込みに片鱗の切れっぱしくらいが見えた程度だ。
 テキストは、主人公の頭のゆるさに呼応するように前作よりさらにゆるくなっていて、単刀直入に言うと幼稚だった。ますますターゲットの年齢層がわからなくなる。中には
「なんで今日になって、すとーかーさん(←やわらか表現)みたいな真似を?」
「びゅうう、ってそれに風も出てきて、なんだか不穏な感じのする空、天気だった。」
「わたし、えっへん。『うう…………(ずーんorz)』」(すべて原文ママ)
 といったあまりにも頭の悪い文章があったが、サブライターの仕事であってほしいな。

 これならまだ、共通ルートに限れば看護の仕事と人の生き死にに真剣に向き合っていた前作のほうが多少なりとも訴えてくるものがあった。作品としての出来はどっちもどっちで、どちらもあんまりお勧めできない。

工画堂スタジオ 白衣性愛情依存症 PC普及版
B01N997HIN

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2017年07月01日

2017年後半戦の新作百合ゲー『きみから』『よるのないくに2』『ことのはアムリラート』『FLOWERS冬篇』『ナイトメア・ガールズ』『戦国の黒百合』『全ての恋に、花束を。』

 毎度お馴染みの新作百合ゲー下馬評記事。前回分はこちら。
2017年の新作百合ゲー 『きみから』『BLUE REFLECTION』『よるのないくに2』『ジェミニフォートの勿忘草』『ナイトメア・ガールズ』『戦国の黒百合』『全ての恋に、花束を。』

きみから~彼女と彼女の恋するバレンタイン~(2017年春→2017年内予定)
http://baseson.nexton-net.jp/baseson-light/kimihane-couples/

少女たちの恋と友情のスケッチ、再び―

ダウンロード限定発売のガールズラブAVGが、続編+完全版で待望のパッケージ化!

さぁ、ハッピーエンドの向こうへ行こう。


 公称ジャンルは「ハッピーガールズラブコメディ」。発売日が延びているうちに2017年内とあいまいな表記になっていたが、公式サイトは6月の内容で更新されているので制作はされている模様。
 ちなみにシナリオ担当のうつろあくたは、有名どころだと『ネコっかわいがり!』『未来にキスを』『sense off』などにかかっていた人だな。元長柾木と一緒に仕事しているイメージの人。

よるのないくに2 ~新月の花嫁~(2016年→2017年発売予定→2017/8/31)
http://social.gust.co.jp/shiroyuri/

人ならざる者は人を救えるか?

かつてあった夜の君と聖女の戦いは世界に大きな影響を残していった。
それは光差す時間は“人”が活動し、
闇に染まる時間は“邪妖”と呼ばれる魔物が跋扈(ばっこ)する、
決して眠ることのない世界。

教皇庁のエージェントであるアルーシェは、
幼馴染の巫女、リリアーナの護衛を任せられる。

襲い来る邪妖と闘い、教皇庁にたどり着くふたりだが、
そこで知らされたのはリリアーナが“月の女王”に捧げられる生け贄、
「刻(とき)の花嫁」に選ばれたということだった。
驚きと悲しみ、苦悩の中、月の女王の居城へとリリアーナを連れていくアルーシェ。
しかし、突如現れた強力な妖魔に襲われ、健闘空しくアルーシェは命を落としてしまう。

目を覚ますと、アルーシェは教皇庁によって、人工的な半妖として蘇生されていた。
教皇庁の研究者によると、発見されたときにはすでにリリアーナの姿はなく、
おそらく廃都に連れ去られたのではないかという。

奪われたリリアーナを取り戻すべく、蘇ったアルーシェは廃都を目指す。
その体に望まぬ妖魔の力を宿して。


美少女と、美少女と、美少女が惹かれ合うRPG

『よるのないくに』は、キャラクターや世界観、
従魔との連携アクションなど、
これまでのガストブランドにはなかった、
さまざまな要素を取り入れた作品でした。
その意思を継ぐ新作『よるのないくに2』は、
美少女がキーワードです。
美少女ヒロイン・リリィたちが登場し、
主人公と共にバトルやストーリーで大活躍します。

Lily
前作で好評だったダークな世界観はそのままに、
魅力的なリリィたちが主人公のパートナーとなり、
惹かれ合い、絡み合うことで、美少女を輝かせます。

さらには、従魔の役割の変化、
より爽快感のあるバトル、細分化された育成など、
“新生・美少女従魔RPG”としてすべての点が進化します。

『よるのないくに2』で、リリィたちとの
甘く切ない物語をお楽しみください。





 ガスト制作の耽美系ファンタジーアクションRPG2作目。しばらく音信不通になっている間にSwitch版も開発されていた。なんにせよ発売日がようやく決まったらしい。前作からシナリオ担当(確か『サガフロ』のアセルス編担当の人)が変わって、柴田誠、藤咲淳一が本を書いているとかなんとか。どちらも関与作品を鑑賞したことがないのでコメントできないが。
 おじちゃんは『カービィデラックス』や『スーパーメトロイド』より操作が複雑なアクションゲームはできないので、もしSwitchを買ったとしても様子見だ。

ことのはアムリラート(2017/8/25)
http://sukerasparo.com/

女子高生の“凜(リン)”は、
地元の商店街で買い食いをした直後、
周囲の空気が一変したことに驚く。

よく知るはずの場所なのに、
看板の文字は読めず、
人々が話す言葉も意味不明な空間へ様変わり。

状況が飲み込めない凜(リン)は、
途方に暮れて座り込んでしまう。

……と、そこへアイドル並に
カワイイ女の子――“ルカ”が現れ、
救いの手を差し伸べてくれたのだった。

自称ポジティブさが売りの女子高生“リン”と、
カタコトの日本語でサポートしてくれる“ルカ”。

これは、そんなふたりが
手探りの意思疎通(ことのは)で織りなす、
もどかしくも純粋な……女の子同士の物語。



 やにわに発表されたエスペラント語百合ゲー。公称ジャンルは「純百合アドベンチャー」。原画・キャラクターデザインが『白衣性恋愛症候群』の人、シナリオが『カタハネ』の人、企画・ディレクションが『ソルフェージュ』の人。
 コンセプトを読むと、異世界という単語や訪問者(ヴィズィタント)なるルビまで打ったカックイイ用語が散見されるので、単なる異文化交流恋愛だけでなくSFやファンタジーのエッセンスもあるようだ。私はこのライターの作品、とりわけ生猪口才にサイエンスフィクションや叙述トリックを扱った作品によい思い出がさっぱりないのだが、百合ゲーなのでいちおうやるだろう。そして「勉強モード」なるめんどくさそうなシステムは何ぞや……? 変なシステムを採用した百合ゲーというと、私は『アカイイト』以外ぽんこつ作品しか思い浮かばない。「百合ゲージ」「ミステリィ」の不条理ミステリーや「ふたりのきもちバロメーター」の双子ゲーのことを言っているんだけどね。

FLOWERS - Le volume sur hiver -(冬篇) (2017/9/15)
http://www.gungnir.co.jp/lily/flowers4/index.html
 ふと気付いたら最終作が出るらしい。
 最後の最後で原点に立ち返って変死体をねじ込んでこないかなとそれだけ期待だけしている。

ナイトメア・ガールズ~異界氾濫~ (発売日未定)
月の水企画
 本格ド外道百合エロRPGの雄、月の水企画の新作。ネタバレ封印は継続中のため詳細な紹介文が書けないがあしからず。東方に対する秘封倶楽部のような、本編と同一の世界観ながら時間軸や作風の異なる番外編的作品だと見受けられる。これと平行して『リリィナイト・サーガ』の嫁候補の一人であるリーフを主人公とした短編を制作中とのことで、そちらももちろん発表され次第何をうっちゃってでもやらせてもらう。
 前作『ジェミニフォートの勿忘草』は現状のツクールMVを見切って今まで通りのVXAceで仕切り直すというハプニングがあったらしいが、無事に発表されて安心した。
 毎回宣伝しているが、月の水企画作品の推薦記事(ネタバレ無しバージョン)を載っけておく。
リリィナイト・サーガ レビュー・感想 名作! 王道風ド外道百合エロRPG


 以下、同人作品の枠。
全ての恋に、花束を。 (2017年夏)
http://burstgen.com/subekoi/

幸せに、なろう――。
“はみ出し百合っ子幸せ探しADV”
2017年夏、発売予定。


 『Dahlia』や『恋と、ギターと、青い空。』のサークルによる新作。公称ジャンルは「人は歪だからこそ美しいADV」。ここのサークルは一本やっておきたい……半年前もそう書いていたが。

戦国の黒百合~ふたなり姫と忍ぶ少女達~(2017年2月予定→2017年予定?)
http://kotobaasobi.dojin.com/sengoku3/

織田の敗戦をきっかけに自分を見失った朔は、人知れず姿を消した。
兄と共に朔を捜し続ける柚々。
静かに思いを馳せる蕗。
朔の代わりに織田を支えるべく立ち回る濃。
消えた朔を案じつつ、彼女達は己の気持ちと向き合っていた。

織田を去った朔は、とある町にたどり着いていた。
ここでなら目的を果たせるかもしれないと目論み、贔屓にしている商人の屋敷に逗留することを決める。

まるで吸い寄せられるように、朔はそこで一人の少女と出会った。
先行きが不安な状況の中、二人は共にいることを望み、互いを求め合う。
朔を守り続けてきた蔓と棘だけが、全てを冷静に見据えていた。
果たして、忍の少女達はどのように動くのだろうか。

史実にオリジナルキャラクター等のアレンジを加えた独自のストーリー。
戦国ふたなり百合ADV「戦国の黒百合」シリーズ第三章。


 シリーズ3作目。制作が難航している模様。過去作は読ませる力が生なかではなく、今もっとも続きが気になっている同人百合ゲーの一つなので、この生殺しの状態が早く終わってほしい!


 以下、公式サイトの更新が長いこと停止している作品群。
アルプトラウムの黒蝶 (2014年秋予定→2015年予定→?)

祈ればきっと叶うよ。
あなたの願いも、わたしの願いも―

時は大正時代。
とある山中にひっそりと存在する集落「白女霧」<しらめぎり>
主人公 坂本舞子は生まれた時からこの集落で
多少の不自由はあるものの楽しい時を過ごしていた。

そんなある日、舞子は一人の少女と出会う。
神も肌もまっしろな、いわゆるアルビノ<先天性色素欠乏症>の少女イリス。

舞子は初めこそ自分と違う容姿に戸惑いを隠せずにいたが、
打ち解けていくうちに徐々に心を惹かれていく。
最初は心を閉ざしていたイリスもまた、舞子の純真な心に触れ、次第に心をひらいていく

こうして少女ふたりのちいさな物語がすこしずつ、すこしずつ紡がれていく―



夏空あすてりずむ (2014年予定→2015年予定→?)
爽やか青春系百合ADV 『夏空あすてりずむ』

青春×田舎×乙女!!
明るく元気だけが取り得で、天体観測が趣味の女の子『椿沢 科乃(つばきさわ しなの)』
今年の夏もめいっぱい楽しもう!! と、思っていたのに……。
あれれ、今年の夏は去年までの夏と違うっ!?
趣味に進路に友情に、そして――もしかしたら恋に!?

星がゆっくりと夜空を流れていくように、
ゆっくりでも、確実に変わらなきゃいけない夏。
その先にある未来へと繋がる星座を形作るために。



死に至る純愛 (2015年予定→?)
死に至る純愛

妻に恋するファンタジー百合18禁ADV
原画・シナリオ ろくみ




 私は『きみから』『アムリラート』『戦国の黒百合』『ナイトメアガールズ』に特攻予定。……『黒百合』は本当の本当に出るんだろうな!? しまいにゃ泣くぞ。それ以外の作品は、みなさんの挑戦を心から応援する次第である。

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2017年06月13日

けものフレンズのギャグについて真面目に考察する

 『けものフレンズ』は言うまでもなくギャグアニメであり、くすりと笑えるものから、ひたすらシュールなもの、毒の効いたものと多種多様なギャグが飛び交う作品です。今回はそのギャグが劇中で果たしている役割について、ちょっとだけ真面目に考えてみます。

かばんちゃんの「食べないでください」

「ハァハァ」
「ハァハァ……」

「た……
 食べないでください!」 プピ~
「た、食べないよ!」


 『けもフレ』劇中における最初のやりとりであり、この作品を象徴するフレーズでもありますね。
 12話でサーバルが語っていたとおり、始めはかばんちゃんがこわがりなことを表すだけだった台詞が、サーバルとの出会いの思い出になり、最後はボスを含めた三人の絆を象徴するフレーズへと昇華されていきます。劇中でことばの意味合い、重みが目まぐるしく変わっていくさまは例えようもなく美しく、ここだけ取ってもたつきの並々ならぬ演出力がわかりました。
 また、これは深読みかもしれませんが、11話「せるりあん」のすさまじい恐れとおののきは、それまでおふざけの中で語られてきた「食べられる」という事象が、ふいに眼前の脅威として降りかかってくる落差からも生み出されているのではないでしょうか。

サーバルのへんちくりんなかけ声

「あっ、そうだ
 木登りができると、逃げたり隠れるときに便利だよ
 ちょっとやってみない?」
「えっ」

「みゃーみゃみゃみゃみゃみゃみゃみゃみゃ!
 ねっ簡単でしょ?」
「無理ですよ~」


 ほぼ説明不要ですね。第1話を何度も見て、何度聞いても妙ちきりんなかけ声やおきまりのコメント(「キノヴォリ」「ミャンミャンゼミ」など)にげらげら笑っていた人ほど、かばんちゃんがパートナーのかけ声を借りて遮二無二木を登っていく姿に涙腺をぶっ壊されたのではないでしょうか。
 妙な口癖やとっぴな会話がシリアスパートでやにわに重大な意味を持ってくるという泣きの演出は、自分にはKeyゲーを思い起こさせました。

ボスのフリーズ

「ねぇボス、こっちであってるの?」
「道がどんどんなくなっていくね」
「まかせて ボクの頭にはパークの全地形がはいっているんだ
 この茂みをこえれば あとは楽な道だよ」
「よーし、いこう!」
「う、うわああぁ!」

(橋の無残な残骸)

「えっ!?」
「これって……」
「マ、マママママ、マ、セ、マ、マセ、マ、マセ、テ……」
「ボス!?」「ラッキーさん!?」
「どういうことなの? ねえ道は?」


 ジャパリパークのガイドロボットであるボスが、インプットされたデータや検索結果を基に「まかせて」と自信満々に行動を起こすも、不測の事態に出会してアラート音と「アワワワワ……」というつぶやきと共に機能停止する様子は、随所でコミカルに描写されています。それに加えて、ジャングルではいきなり蔦に絡まる、平原では対処できずにフリーズする、雪山では凍る、とパークガイドとして肝心なところで役に立ってくれません。視聴者はそんなボスの姿にぽんこつ、ロボットらしく四角四面で融通が利かない子、ニコニコ動画風に言えばshita big redの「無能」、という印象を抱いたことでしょう。……であればこそ、あの情けなさがあったればこそ、ボスが一人の「フレンズ」として確立されていく姿は尊かったです。ミライさんの羽が揃うという偶然に助けられながらも、かばんちゃんを暫定パークガイドに任命するという抜け穴を使い、(おそらくパークの規定である)お客さまの安全を最優先するルーチンより彼女の意志を優先したところで、思わず涙がちょちょぎれました。黒セルリアンの誘導作戦で攻撃をスムーズに避け、タイヤに草が絡まる事故をものともせず、「ぱっかーん」というミライさん譲りのかけ声と共に手動運転のハンドリングで切り抜けるところで、胸にこみ上げてくるものがありました。ロボット三原則をほとんどぶっちぎり、黒セルリアンとともに海に沈んでいく姿に涙ながらの拍手を送りました。また、セキュリティの穴を突くような「食べちゃうぞ~」「食べないでください」を利用したやりとりも、ボスがあの冒険で自我と意志を勝ち取っていたことで成立したものだと思います
 ボスの思い切ったハンドル捌きをさらに深読みすれば、あれは第5話でサーバルが「たーのしーっ!」と言いながらハンドルをばしばし叩いていた姿を学習(トレース)したとも捉えられます。12話におけるボスの述懐を聞く限りでは、あながち考えすぎでもないと思っています。

ハカセたちに料理をさせられるヒグマ

「そこで強火です、料理は火力なのです」
「ええ~? 火を強くするってどうやるんだ?」
「ふ~ふ~するのですよ」
「ちょっ、ちょっと待ってくれ」


 ヒグマの火を恐れない性質が、黒セルリアンの誘導作戦で重要な役割を持っていたのは言うまでもありません。ここのハカセらとのやり取りは、ヒグマの性質が単なる闘争のためのアビリティではなく、フレンズの輪の中で発揮される愛すべき個性の一部であることを何を言わずとも語っているのです。直前の息もつかせぬ展開で昂ぶっていた心がほぐされて、得も言われぬほっこりとした気持ちにさせられたのを昨日のことのように思い出せます。シリアスパートの代表キャラであるヒグマをギャグパートに招待する演出として、恐ろしく巧いと思いました。
 この後に続くヘラジカとジャガーさんのやり取り「強そうな腕だな、ちょっと勝負しないか」「えっ、ええ~!?」も、同じような意味合いがあると個人的には思っています。

 まとめると、けものフレンズのギャグは日常からシリアスへの移行、シリアスから日常への回帰をダイナミックかつシームレスに繋ぐ導線なのだと思います。ほのぼのギャグ、ロードムービー、SF(すこしフシギ)、シリアスバトルという要素を成り立たせる骨子、と言い換えてもよいです。
 なお、ギャグについての記事と言うことで、素直に笑ったシーンについても語っておくと、何話かのCパートで、アライさんが崖登りしている横をフェネックが足こぎのゴンドラで悠々と登っていくところ、あそこが大好きです。ほんの一瞬のシーンですが、即堕ち2コマならぬ1コマでオチが付いているのが凄い。それに、あの絵面と構図にアライさんとフェネックのキャラクターと関係性がすべて表れているのがとてもよいのです。

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2017年05月07日

「レズはひとりでいてもレズ。百合は二人いるのを外部が見て決めるもの」という言説のアホらしさ

 私は掲題のような「百合はうんぬん、レズはかんぬん」という言説が大っ嫌いだ。そこに当てはめられる言葉がどんなものであろうと関係ない。心底嫌な気分にしかならない。こんなことを脂下がった面で言っている奴は100%信用ならないと断言できる。
 いつか記事で書きたいと思いつつちょうどよいソースが見つからなかったのだが、先日、ツイッターのタイムラインでうってつけの論説を見つけた。記事の締めくくりで引用されているのが森島明子、天野しゅにんた両名による以下のような言説だったのだが、ちょうどよいあんばいのとんちんかんっぷりだった。

 「百合」と「レズビアン」の違いは何か、というこれまでに幾度と無く繰り返されては答えが出ないままにされてきた問いに、1つのクリティカルな回答を示した例があり、それは先述の「ユリイカ2014年12月号 特集:百合文化の現在」に掲載された人気百合漫画家・天野しゅにんた先生のインタビュー内において天野先生が引用した、こちらもまた人気百合漫画家である森島明子先生の言葉によるものです。

 「レズはひとりでいてもレズ。百合は二人いるのを外部が見て決めるもの。本人達がどう考えているかはともかく、百合は外部から見てはじめて百合になる」

 あくまで数ある定義の1つではあるのですが、百合を語るにおいて覚えておきたいこの金言。社会人百合がますます可能性を広げ、勢いを増していくうえでは切り離せないものになるかもしれません。

「百合」は少女ばかりではない! 「社会人百合」の魅力を伝えたい - ねとらぼ


 そもそも、当事者の自称でもなく「レズ」という言葉を平然と使っていることに神経を疑うが……。
 記事の論旨はさておき、こんな馬鹿げた言説を得意げに開陳している時点で説得力もへったくれもない。多少こましゃくれた言葉で飾っているものの、この人たちが鼻息も荒く主張していることって、こんな暴言と対して変わらないと思う。

メイド好き、ロリコン……みたいに「ジャンルとして女が好き」と言ってるのはレズ
男も好きならバイになると

恋愛か憧れか知らんが好きになってしまった相手が「たまたま女だった」ってのが百合かなと

お前ら百合はどこまで許せるの? - VIPの百合


「レズは女が好き、百合はあなたが好き
レズは原因、百合は結果

レズは女が好き、百合はあなたが好き レズは原因、百合は結果


 私は百合というジャンルの、妙なトクベツ感に浸っていて、恋愛至上主義・関係至上主義で、狭量なところが本当に苦手だ。
 なぜ、同性の関係に限って、特別な相手がいないと駄目で、外部から認めていただかないといけないのだろうか。あんたたちは彼女いない歴=年齢の子がかわいい彼女を作る! という漠然とした野望に向かってまい進するような話を認めないのか? 特にパートナーも思い人もいない同性愛者が仕事なり学生生活なり趣味なりのアクティビティに一心不乱に打ち込む話を認めないのか? 「二人いる」のではなく三人や四人でポリアモリーな生活を送る話を認めないのか? 掲げた教義に殉じるならば、認めないんだろうなぁ。
 こんなことを言うと「それは『百合』として認めないだけ、ジャンルの『区別』であって差別ではない」という反論が来そうだが、同性愛に限って、特別な相手の存在について取りざたして論じている時点で、歪んだ眼差しがあるのは否定しようがない。誰が何と言おうと、「レズはぺけぺけ、百合はほにゃらら」説は、前者の同性愛者や性愛を「~だけど」と下げて、後者の百合をより上位のものとして持ち上げる歪な構図にしている。隠しきれないホモフォビアがにじみ出ている。何かを足蹴にしないと「百合」とやらを持ち上げられないならば、表現力が貧相で志が低いとしか思えない。
 自分の好きな作家がこのようにトンチキな言説を金科玉条にしていたら死ぬほど落ち込むところだったが、天野しゅにんたも森島明子も自分にとってすこぶるどうでもいい存在だったのでよかったよかった。
 そうそう、外部に見られて初めて存在が認められるという理屈に対する薄気味悪さは、『ハリー・ポッター』の登場人物であるダンブルドアのセクシャリティに関する騒動を思い起こさせた。作者であるJ・K・ローリングが彼はゲイだと説明したときに、「そんな描写は本編のどこにもなかった」「そんな伏線はどこにもなかった」と困惑したり、あるいはいきり立ったりする読者がいたらしい。窮屈さと馬鹿馬鹿しさでは、本案件とどっこいどっこいだと思う。

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