2017年05月10日

コケットリーなシロガネーゼの鉄則

 タイムラインで『Ever17 -the out of infinity - 』の名前をちらほら見かけて何事かと思ったが、そうか物語の時間軸に現実が追いついたのか。ギミック一点特化であれはあれでありだなと思える作品だ。何はなくともネタバレをされると作品鑑賞の価値すら危ぶまれる作品なので、積んでいる人は出会い頭の事故に出会う前に観賞しておくのをお薦めする。
 けものフレンズについてはもう一本記事を書きたいな。あと、サントラは絶対に死守したい。○○おにいさんの解説曲とセルリアンのテーマの中毒性が凄まじい。
 『咲-Saki-』シリーズが満遍なく面白くてうれちい。『怜-Toki-』はいろんなシチュエーションで麻雀の試合が執り行われるのがいちいち新鮮だ。『シノハユ』は歴代でも屈指の設定を盛った子が登場したが、どうなることやら。

父ちゃん坊や(とっちゃんぼうや) - 日本語俗語辞書 父ちゃん坊や(とっちゃんぼうや) - 日本語俗語辞書

父ちゃん坊やと書く。父ちゃん(とっちゃん・とっつぁん)、つまり実年齢は立派な大人だが、坊やのように子供っぽさを残す男性を意味する。



鬼門 - Wikipedia 鬼門 - Wikipedia

鬼門とは反対の、南西(坤、ひつじさる)の方角を裏鬼門(うらきもん)と言い、この方角も鬼門同様、忌み嫌われる。


 はっちゃんが風牌の何を鳴くか忘れたときは丑虎……北東で連想すればOK。

ハリポタファン「ダンブルドアはゲイに見えない」→J.K.ローリングがみごとな返事 - 石壁に百合の花咲く ハリポタファン「ダンブルドアはゲイに見えない」→J.K.ローリングがみごとな返事 - 石壁に百合の花咲く

同性愛者のキャラクタが出ているだけで特殊なシーンとみなしたり、逆に「何か特別な描写がなければそのキャラは異性愛者」と考えたりするというのは、ただのステレオタイプ。



運転免許証を「お財布に入れておく」という人がいてビックリした - Togetterまとめ 運転免許証を「お財布に入れておく」という人がいてビックリした - Togetterまとめ
 煽りスキルたっか! 「お弁当箱に入れても同じ」にバカにしているニュアンスがないと思っているなら、なかなかのなかなかだ……。

映画『ジョジョの奇妙な冒険 ダイヤモンドは砕けない 第一章』予告編

 おいちょっと待てい、あのグラサンのオッさんがアクアネックレスなのか?
 低評価8897で不覚にも笑う。今見たら10018だった。


 すっごーい!
 あの紙飛行機が飛ぶ構図、どこかで見た気がする。efのOPかな。

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2017年05月07日

「レズはひとりでいてもレズ。百合は二人いるのを外部が見て決めるもの」という言説のアホらしさ

 私は掲題のような「百合はうんぬん、レズはかんぬん」という言説が大っ嫌いだ。そこに当てはめられる言葉がどんなものであろうと関係ない。心底嫌な気分にしかならない。こんなことを脂下がった面で言っている奴は100%信用ならないと断言できる。
 いつか記事で書きたいと思いつつちょうどよいソースが見つからなかったのだが、先日、ツイッターのタイムラインでうってつけの論説を見つけた。記事の締めくくりで引用されているのが森島明子、天野しゅにんた両名による以下のような言説だったのだが、ちょうどよいあんばいのとんちんかんっぷりだった。

 「百合」と「レズビアン」の違いは何か、というこれまでに幾度と無く繰り返されては答えが出ないままにされてきた問いに、1つのクリティカルな回答を示した例があり、それは先述の「ユリイカ2014年12月号 特集:百合文化の現在」に掲載された人気百合漫画家・天野しゅにんた先生のインタビュー内において天野先生が引用した、こちらもまた人気百合漫画家である森島明子先生の言葉によるものです。

 「レズはひとりでいてもレズ。百合は二人いるのを外部が見て決めるもの。本人達がどう考えているかはともかく、百合は外部から見てはじめて百合になる」

 あくまで数ある定義の1つではあるのですが、百合を語るにおいて覚えておきたいこの金言。社会人百合がますます可能性を広げ、勢いを増していくうえでは切り離せないものになるかもしれません。

「百合」は少女ばかりではない! 「社会人百合」の魅力を伝えたい - ねとらぼ


 そもそも、当事者の自称でもなく「レズ」という言葉を平然と使っていることに神経を疑うが……。
 記事の論旨はさておき、こんな馬鹿げた言説を得意げに開陳している時点で説得力もへったくれもない。多少こましゃくれた言葉で飾っているものの、この人たちが鼻息も荒く主張していることって、こんな暴言と対して変わらないと思う。

メイド好き、ロリコン……みたいに「ジャンルとして女が好き」と言ってるのはレズ
男も好きならバイになると

恋愛か憧れか知らんが好きになってしまった相手が「たまたま女だった」ってのが百合かなと

お前ら百合はどこまで許せるの? - VIPの百合


「レズは女が好き、百合はあなたが好き
レズは原因、百合は結果

レズは女が好き、百合はあなたが好き レズは原因、百合は結果


 私は百合というジャンルの、恋愛至上主義・関係至上主義で狭量なところが本当に苦手だ。
 なぜ、同性の関係に限って、特別な相手がいないと駄目で、外部から認めていただかないといけないのだろうか。あんたたちは彼女いない歴=年齢の子がかわいい彼女を作る! という漠然とした野望に向かってまい進するような話を認めないのか? 特にパートナーも思い人もいない同性愛者が仕事なり学生生活なり趣味なりのアクティビティに一心不乱に打ち込む話を認めないのか? 「二人いる」のではなく三人や四人でポリアモリーな生活を送る話を認めないのか? 掲げた教義に殉じるならば、認めないんだろうなぁ。
 こんなことを言うと「それは『百合』として認めないだけ、ジャンルの『区別』であって差別ではない」という反論が来そうだが、同性愛に限って、特別な相手の存在について取りざたして論じている時点で、歪んだ眼差しがあるのは否定しようがない。誰が何と言おうと、「レズはぺけぺけ、百合はほにゃらら」説は、前者の同性愛者や性愛を「~だけど」と下げて、後者の百合をより上位のものとして持ち上げる歪な構図にしている。隠しきれないホモフォビアがにじみ出ている。何かを足蹴にしないと「百合」とやらを持ち上げられないならば、表現力が貧相で志が低いとしか思えない。
 自分の好きな作家がこのようにトンチキな言説を金科玉条にしていたら死ぬほど落ち込むところだったが、天野しゅにんたも森島明子も自分にとってすこぶるどうでもいい存在だったのでよかったよかった。
 そうそう、外部に見られて初めて存在が認められるという理屈に対する薄気味悪さは、『ハリー・ポッター』の登場人物であるダンブルドアのセクシャリティに関する騒動を思い起こさせた。作者であるJ・K・ローリングが彼はゲイだと説明したときに、「そんな描写は本編のどこにもなかった」「そんな伏線はどこにもなかった」と困惑したり、あるいはいきり立ったりする読者がいたらしい。窮屈さと馬鹿馬鹿しさでは、本案件とどっこいどっこいだと思う。

tags: 百合 

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