2018年10月11日

かえみと24時間が見られる日まで死ねない

 青年期から今に至るまでアニメを真剣に見る習慣がなかったため、それの見方がいまいちわからないマンです。なので私のアニメ評は根本的に当てになりません。小学生の時は午後6時からのテレビ東京を欠かさず見ていたんですが(年がばれる)、そっから中高大とまったく努力値を振っていなかった。だからせめて、1クールに1本くらいはオリジナルアニメを見て経験値を積もうと思います。
 そろそろ『アオイシロ』の再レビューにとっかからないといけなくて、めちゃくちゃ気が重いです。
 バーチャルYouTuberだと、最近ではぽんぽこ・ピーナッツくんの24時間がバリクソ面白かったですね。ライバーのパフォーマンスで白眉だったのは、不測の放送事故に動じずにフリートークで悠々と繋ぐ月ノ美兎と、無茶ぶりの寸劇をアドリブトーク力とガチの気象知識の合わせ技で華麗にいなすポン子(ウェザーロイドAiri)でした。あの人たちからは圧倒的な場慣れを感じましたね。

メリーバッドエンドとは (メリーバッドエンドとは) [単語記事] - ニコニコ大百科

読者や観客側の解釈と劇中の登場人物側の解釈によって幸福と不幸が入れ替わる物語の形式を指す言葉。略称は「メリバ」。



自分の考える百合のど真ん中ー『やがて君になる』仲谷鳰先生インタビュー – 百合ナビ

恋愛のお話は好きなんですが、人を好きになる気持ちがあまりにも当たり前で説明不要なものとして描かれている作品には、私はずっとどこかで引っかかりを感じていました。その点、同性愛を題材とした恋愛作品には、相手を好きになる理由や葛藤、あるいは理屈をねじ伏せてしまうような強い関係性が描かれていることが多い気がして惹かれていきました。

別に異性間の恋愛描写に根拠がとぼしいとか、同性間の恋愛描写にはより強度が必要だということは決してないので、自分の言っていることがおかしいとは思っています。ただ、私個人にとっては、同性愛を扱った作品が、物語で描かれる恋愛感情に納得を与えてくれるものだったという体験があるのは仕方のないところです。

BLも好きですし描いたこともあるんですが、いま百合ばかり描いているのは単に女の子が描きたいだけです。女の子ばっかり描いていたいから百合! で描く理由なんて十分かもしれません。


 作品の評価とは別ですが、上段・中段の月並みな認識はわりと残念ですね。下段は率直すぎて好感しか持てないですが。

アニメ『プリンセス・プリンシパル』スパイ作品へのオマージュの数々を読み解く | on the move
 元ネタの解説も為になる上、作品のエッセンスも的確に捉えている良記事。


 つくづく、つくづくよい曲ですね。ケロQライブでも原曲で単独演奏されていたようですが、それだけ別格の扱いがされて然るべきの曲でしょう。


 届木ウカ様が制作中のノベルゲームか、覚えておかなきゃ。ウカ様ってどんなエロゲー・ギャルゲーやってるのかしらん。昔『アバドーン』に言及してたのは覚えてるけど。

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2018年10月01日

少女歌劇 レヴュースタァライト レビュー・感想 ふわふわなオブジェクティブが作劇をへたらせる

 歌劇という絢爛で高慢で嘘っぱちで真実を秘めた題材、大仕掛けの舞台設定(超常の舞台劇・バトルロイヤル・ループ)、カックイイ映像表現やキーフレーズと、小娘たちの頑是無い約束や犬も食わないじゃれあいが致命的に噛み合っておらず、観客を劇にのめり込ませるフックがない。嫌な言い方だが、「なんでぇ、イクニかい」「なんでぇ、ほむほむ(まどマギ)かい」という底の浅い決め付けを突っぱねるだけのパワーが感じられなかった。

 別にね、超常の奪い合いゲーム(レヴュー)とそのゲームマスター(キリン)に理屈付けやバックボーンが無くてもいいんだよ。舞台はあくまで舞台であって、そこで誰が何のためにどうやってどうするかで作品の面白さが決まるわけだからね。だけど、戦いに挑まんとする人間の想いは真に迫っていないと駄目だし、勝ち取らんとするものは善悪はさておき共感を喚ぶものでないと駄目だろうよ。同様に、映像表現が現実の事象に即している必要は一切ないし、むしろ現実を侵食していても一向に構わないんだよ。だけど、それで発露される情動や象徴性は作風や作劇やキャラクターに結びついていないと駄目だろう。
 まず、主人公の華恋とその変身バンクシーンについて。「ワタシ、再生産」って言うけど、あんたは炉にくべられて生まれ変わらなきゃならんくらいのちゃらんぽらんな毎日を送ってたの? 幼馴染との約束は「色褪せた約束」になっちゃってたの? その割には演劇の名門校にちゃっかり入っていて、思い出の髪留めを大事に付けていてよくわからんのだけど。歌劇という主題から、日常の平凡な自分からの変身願望を表しているのかとも思ったが、いずれにしろキャラの性質に噛み合っておらず、映像先行で宙ぶらりんになっているように感じた。あと、幼なじみのひかりもそうだけど「トップスタァ」になるっつったって、いったい全体何をもってそれが定義されるんだ? あの学校の首席になること? ゲームで序列一位を勝ち取ること? 将来大女優になること? 彼女らにとって「スタァ」が何だったのかはエンディングの直前も直前になって明かされるが、そこに至るまでオブジェクティブがふわっふわなのは作劇としてどうなんだよ。この物語が序盤から最終盤に掛けて訴求力に欠けているのは、この構造的な欠陥に起因しているとしか思えない。小さい頃の友だちとの約束、という頑是無い動機が、歓喜や欲望や愛憎や栄枯や虚実が入り乱れる歌劇という舞台に出し負けている。
 他のメンバーについても、中坊のときに所属していた演劇部が廃部になってさびしかったってのはまだわかるけど、それで本当に周囲の人間を巻き込んでループ時空に閉じ込める狂気に至ってしまうのかい? 相棒に対するかまっちょや行き過ぎた嫉妬心が、自らの歌劇少女としての命を賭けて、他人を蹴落とすゲームに参加する動機たり得るのかい? そういった疑問や違和感がひたすら物語への没入を妨げていた。

 いつもの感想と逆の構成で、あえてよかった探しをしてみよう。純那は舞台や歌劇に対する憧れや渇望がストレートに書かれていて、物語途中でも比較的感情移入しやすかった。それと、アラレちゃんメガネを付けたまま舞台に上がって立ち回りを演じているのは格好良かったね。メガネってよく未成熟とか内向のシンボルに使われちゃうんで。憑き物が落ちたばななとの会話もよかったな。あと、ペアの中では真矢とクロディーヌの組がわりと好きだった。私のTLでも人気だったのはこの二人だ。何より自分のトレーニングやパフォーマンスに自信と自負とを持っているのがよいし、京都組へそれぞれ協力するところは群像劇としての面白さもあった。そいで口説き文句の「泣き顔も可愛いですよ、私のクロディーヌ」、あれはよかった! ちょいとサディスティックで独占欲を匂わせていて、何とも言えず官能的だった。そんなところかな。 
 本筋から外れるが、私のように集中力が欠けていて、アニメをあまり見ない層の人間を引き込むには、早い話数で(できれば第一話の中で)作品のエッセンスを提示できないと厳しいなと思った。その辺、最近見た作品だと『プリンセス・プリンシパル』『ゆるキャン△』はうまくやっていたかな。

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