2007年10月01日

同性愛嫌悪と主人公マンセー

 相変わらずみやきちさんの記事はおもしろいよ~。腹が痛い。

アクセルとブレーキを同時に踏んでる百合作品って、何がしたいんだろう

・女子スポーツを描いた漫画で「女のコは筋肉なんかつけちゃダメ」「汗もかいちゃダメ」と連呼する
・猫漫画で「猫は陰険で可愛くない、犬の方がいい」と主張し続ける
・ボクシング漫画のエンディングで「しょせんボクシングはキックボクシングより弱い」とアピールして終わる


 はははははは、わかるわかる。その上「キックボクシングより弱いボクシングをやっている私たちって凄い!」とか言い出す奴もいるから困る。

 以下私見。森永みるくのような、同性同士の恋愛を「憧れ」「究極の愛」「ありえないこと」として描く作家が、同性愛嫌悪を垂れ流してフォローもしない理由のひとつはこうでないかと。
 およそエンターテイメントというやつは、いかに主人公の前に試練を配置し、いかにそれを乗り越えさせて、いかに英雄としてマンセーしていくかで展開していくものだと思う。森永みるく大先生のような連中にとっては、「社会の偏見」「同性同士」「性別の壁」は主人公をヨイショするための道具であり、「周囲の偏見・迫害にも負けない」「女同士なのに愛しあっている」「性別の壁を越えている」というのは燦然と輝くステータスなんじゃあないだろうか。野郎の『くちびる何とか』やインタビューを読む限りではそう思えるんだけど。そして、ステータスがステータスたるためには、主人公(ヒーロー)が英雄(ヒーロー)たるためには、パンピーさんが片手間に達成できるようなことにされては困るわけだ。そういうわけで、キャラクターにことあるごとに「女の子同士なんておかしい!」と強調させずにはいられないんじゃあないかな。
 私は『くちびる(略)』とか読んでるとさ、作者の「この子らは絆の力で『同性を愛する』だなんて異常で背徳的なことができるのよ! どう、スッゴイでしょ!」ってな声が煩いほど聞こえてくるんだけど。皆さんはどうでっしゃろ。

 私はやっぱり『少女セクト』『レンズのむこう』みたいな、変に精神疾患・愛の障害・至高の愛・ステータス扱いしていないのんびりした作品のほうが好きだねぇ。
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tags: 百合 

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2007年9月29日の日記「アクセルとブレーキを同時に踏んでる百合作品って、何がしたいんだろう」にToppoiさんからトラックバックをいただきましたので、お返事などいくつか。  百合男くんは自分が介入する余地が0になるのが嫌なんだと思う。 とっぽい。 - 同性愛嫌悪と主

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