2006年03月30日

アカイイト レビュー・感想

http://www.success-corp.co.jp/software/ps2/akaiito/index.html

はじめに
 ファンサイトを謳っている以上、いつかは書かねばと思っていたアカイイトの記事である。
 まずは、アカイイトを頼りにこのサイトへたどり着かれた方へ。この記事を読んでもらえれば、私がなぜアカイイトを愛しているのか、どうして七面倒くさい保管庫の管理を引き受けるほど入れ込んだのかを理解してもらえることかと思う。ネタバレを抑えたためもどかしい面もあったが、私の熱意の三分の一ほどは伝えられたように思う。私はアカイイトの構成・文章・キャラクタ・そして物語の性質に至るまで全てに惚れ込んでいる。
 そして極々少数だろうとは思うが、アカイイト以外をつてにここにお越しになった方へ。この信仰告白のようなどぎつい記事は、愛してやまぬアカイイト……及びにアドベンチャーゲーム*1の紹介文という性質も備えている(というか、私はそのようなつもりで書いた)。「アカイイトの構成」の項など、アドベンチャーゲームを嗜む人には何を今更と思えること多々だが、それも馴染みのない人への配慮ゆえである。私はアドベンチャーゲームの入門編として、何としてでもアカイイトをお奨めしたい。
 およそ皆さんにとっての「アドベンチャーゲーム(ADV)」とは、「負(腐)」のイメージがつきまとっているのではないだろうか。ADV? ただの音楽付きライトノベルじゃねーか。悲しいかな、大半のアドベンチャーは只の音楽付きライトノベルと言っても決して言い過ぎではない。愚図な文章を音楽とボイスと絵で誤魔化しているものがほとんどである。
 アドベンチャーゲームの大半は愚にもつかない代物だ。そこに関しては如何様にも弁解しがたい。しかし、極々一握りではあるが、「アドベンチャーゲーム」という括りを、小説やアニメとも一線を画す芸術の一ジャンルにまで昇華しているものもあるのだ。アドベンチャーのみの特性であるルート分岐*2とマルチエンディング*3を駆使して――私としては、ボイスや音楽や立ち絵、はたまた画面演出も二の次である――活字媒体や映像媒体では表現し得ぬ素晴らしい世界を創りあげているものも確かに存在するのである。
 私は百に一つの偶然でその事実に気づくことができた。2004年の秋に「ザ・プレ」のアカイイトの記事に出くわしていなかったら、そしてなけなしの勇気を振り絞りアカイイトを購入していなかったら、一生涯をアドベンチャーと縁なく過ごしていたことだろう。どこか運命めいたものすら感じている。私のようなはみ出し者には身に余る幸運である。それを知ってしまった以上、この幸運を皆さんのいくらかにでも分けなければと言う切迫した思いがあるのだ。新興宗教にはまったらかくやの熱意である。
 そういうわけで、私はこの10000字を超す途方もない記事を、半ばアカイイトに対する忠義心、そして半ば使命感めいたものでしたためた次第である。そもそもが文章を書かない人間であり、お見苦しい部分も多々あるが、妥協は一切なしに尽力したつもりである。アドベンチャーゲームの醍醐味の幾らかでも表現できていればと願っている。じっさい、それにはアカイイトの紹介ほど打って付けなものはなかったと思う。アカイイトほどアドベンチャーという媒体を使いこなしているものも希であるからだ。


 *1断っておくと、私がこの記事で言及している「アドベンチャーゲーム」とは、いわゆるテキストタイプのものである。
 *2物語の中途で展開が分かれること
 *3複数の結末が存在すること。



アカイイトの構成
 アカイイトは5本の物語で構成されている。すなわち、千羽烏月ルート、若杉葛ルート、浅間サクヤルート、ユメイルート、???ルートである。それぞれのルートはラスト付近で五つ六つに分かれるのだが、基本は(あくまで基本は)「5つの物語」という認識で構わない。 5本のルートは主眼を据えるキャラクタ(それぞれのルート名に冠されているキャラクタである)がそれぞれ異なっている。しかし、とある夏休みの4日間の物語であることは変わらず、時間、そしてキャラクタや物語の過去背景などの設定は全て共有している。いわゆるパラレルワールド・スターシステムとは趣を異にしているのである。アドベンチャーに親しみのない方には「焼き増し」「マンネリ」と思えるかもしれないが*4 …安心されたし、アカイイトは断じてそんなことはない*5。述べたとり、どのルートも主役を変えてある上に、どれもが個性的な展開を見せている。
 また、完全な別物ではない5本のルートは奇妙なまでの繋がりを見せいる。これがアカイイトの演出に大きく貢献しているのだが…。これは抽象的な説明をくだくだしたところでぴんとこないだろうので、おいおい具体例を挙げて説明させてもらうことにしよう。
 何を置いてもわかってもらいたいのは、アカイイトはただただ5本の物語を並べ立てた中編集ではないということだ。 …言葉に困るのだが…、うん、5本の物語が浸食し被さりあって"アカイイト"という得も言われぬ世界を築いている、といったところだろうか。何本もの紐が縒りあって一本の糸を作っている、そんなところをイメージしていただければ幸いである。
 5本の物語は単体で一応の完結を見ており、そのどれもが力強い物語ではあるが(ここは強調しておかねばなるまい)、主人公(桂とパートナー)以外のキャラクタの描写や、過去の内容説明に於いては幾分不完全である*5。それというのも、千羽烏月ルートでは千羽烏月の、浅間サクヤルートでは浅間サクヤのキャラクタや彼女に関連のある過去話を徹底的に書き込んでいるからなのであって。 5本のルートでの情報が合わせることにより初めて、キャラクタ全てに息吹が込められ、混沌としていた過去の情報が隙間無く補完されるのである。
 また、5回に分けて執拗なまでに書き込まれた情報は量に凄まじいものがあり。どれほど類い希なストーリーテラーでさえ、現存の活字媒体の技術では表現しきれないだろう。アカイイトという怪物級の世界は、アドベンチャーゲームという媒体だからこそ表現できたと言える。ひとつの物語に押し込めてしまえば、さぞかし冗漫で退屈なものが出来上がることだろう*6。アカイイトはアドベンチャーの特性であるルート分岐を、個々の物語の軽量化、そして全体の情報量の増加に見事繋げている。
 こうして浮かび上がった信じがたいほどに豊饒なアカイイトの世界は、絶妙のバランスの上に成り立っている。 5本の物語のどれもが完全ではなく、それでいて(いや、それだからこそ)全てが合わさったときには完璧な世界を創りあげる、と。なんとも見事な構成ではないか。アカイイトはそこで描かれる"絆"や"運命の悲哀"も美しいこと限りないが、その世界の成り立ちからしてが奇跡の結晶のようなものである。


 *4これを一般の活字媒体……マンガ、小説で行うのはまさしく「焼き直し」、完全な反則である。見方を変えれば、それはアドベンチャーゲームだけの免罪符でもある。例えれば、全く同じキャスト・設定で何本もの映画を撮ることを許されたようなものであって。アドベンチャーは何とも言えずぜいたくである。
 *5悲しいかな、ルート分岐しても一向にストーリーが変わらぬ、マンネリアドベンチャーゲームは少なくないのである。
 *65本のルートは万々歳のハッピーエンドとしても不完全である(もっともそれに近い形なのがユメイルートであるが、それもある人物の犠牲の上に成り立っている)。言ってしまえば、そのルートでの主人公以外は幸せになれないのだ。他のキャラクタにとっては悲劇といっていいほどのバッドエンドである。若杉葛ルートでのユメイなどことにだ。そんな悲劇の未来が幾通りも存在しうるからこそ、我々にはそれぞれのルートでの幸せが、真に迫って伝わってくるのである。これもアドベンチャーゲームが幾通りもの結末を現すことのできる媒体だからこその演出である。
 どうにも割り込むスペースが見つからなかったので、このようなぶつ切りのスペースで長々と書かせていただいた。邪道のようではあるが、ここだけはアカイイトを語る上でどうしても避けることができなかったのである。どうか許されたし。
 *7このことは小説版アカイイト『絆の記憶』(ゲームブックでもなく何の変哲もない一般の形式である)が体を張って証明してくれた。それぞれのルートからのおいしいとこどりのストーリーだが、詰め込みすぎのお手本に仕上がっている。



文章・文体について
 アカイイトの5本の物語は、主人公である女子高生・羽藤桂の視点でリアルタイムに語られる。一人称現在進行形とでも呼ぶのだろうか。途中で語り部を交代したり、三人称に切り替わったりすることなく、徹頭徹尾が桂の実況である。これはアカイイトファンの間でもあまり注目されていないことだが、誰でもできそうなことでいて、その実驚嘆に値することである。
 ADVのキャラ立てのお約束として、いきなりの視点変更を伴う突飛なモノローグがある。それまでの流れを無視して、私、名無しの権兵衛は~と始まるアレである。私は生まれたときから云々だった、ごにょごにょが人生を一変させることになった、○○(たいてい主人公)が私を変えてくれた、だから愛しているんです、と。作り手側からの、このキャラはこういった事情でこうなったんですよぉ~、今はこういうことを考えているんですよぉ~、一から丁寧におちえてあげましょうねぇ~、という親切極まりない措置である。全くもってありがたい。アカイイトはそう言った邪道に逸れることは一切無く、一人称のルールを忠実に守りきっている。シナリオ担当の麓川氏は、嘘くさいモノローグや、奇癖・奇行による差別化などの”逃げ”に頼らず、セリフの端々に感情を滲ませることなどによって、まこと人間くさい魅力的なキャラクタたちを描写するに成功している。これぞプロの仕事である。
 文体を一人称現在進行のみに絞るさいの障害は、視点の移動が主人公の移動と伴わなければならないこと、フラッシュフォワードによるもったいぶりが効かないことなど、様々である。しかし、その尤もたるものは、情報の提示と他のキャラクタの描写(これも情報の一部ではある)に対する制限だろう。当然のことだが、ある意味では全知全能の存在である三人称と違い、一人称の語り部(ほとんどの場合は主人公を意味する)はあくまで物語の一部に過ぎず、設定上自分の知り得ない情報はうかうかと口に出すことはできない。そのような情報は、他のキャラクタの口を通じてそれとなく語らせる他はないのだ(アカイイトでは”夢の共有”という施策もあるけれど)。それはともすれば、目も当てられない説明口調に陥ったり、物語が脇道に逸れて方向性を失ったりする危険を孕んでいる。アカイイトがその轍を踏んでいないのは(ラストの???ルートだけは、まぁ、おまけの補完ルートということで目をつぶってほしい)、個別のルートで余計なキャラクタの情報を晒しておらず、例えば烏月ルートで提示されるのがあくまで烏月に関する情報だけだからだろう。それが物語にぴんと筋を通し、脇道に逸れることを防いでいるのではないだろうか。アカイイトの五つの物語は、基本は桂がパートナーの過去・ルーツを知り、その人の痛みを共有することによって絆を深めていく、という形式を取っている。アカイイトがADVとして特異なのは、その個別の物語を盛り上げている演出が、そのまま世界全体としての複線回収に繋がっていることである。それぞれのルートで得た断片的な過去の情報を、時系列に沿って並べることによって、何時の間にやら「蛇神と贄の血の一族に纏わる者たちの宿命」という一個の「神話」が創り上がっているのである。しつこく言うようだが、私はその類い希な構成こそが、アカイイトが最も誇ってもいい要素ではないかと思う。
 そして、そこまでの労力を払ってまで、桂の一人称語りを最後まで守り抜いたかいはあったかというと、私は大いにあったと確信している。それは羽藤桂を数あるADVの主人公でも特異な存在感たらしめる要素の一つであるし、(何せ我々は、全編を通して羽藤桂の価値観で世界を見つめるのである)、アカイイトの個別の物語があくまで桂とパートナーの一対一の関係・繋がりを描いている以上、避けては通れない道だったとも思う。

「かぁ~、これだから権力に尻尾振るワンころは~!!」
「犬はあなたのことでしょう。己を揶揄して楽しいですか」


 羽藤桂(麓川氏)の語りは、一人称は一人称でも、限りなくしゃべり口調に近い独り言のような形式である。桂が心の中で一人「うんうん」頷いている様子や、「はぁぁぁ…」という嘆きの声までもがしたためられている。桂の語りは徹底してポップにされ、また年頃の女の子らしく繕われているが、言葉の端々に麓川氏本来の力量が滲み出ており、そのギャップが微笑ましい*8。文章自体はとても取っ付きやすく、読みやすいよう配慮されているが、かといってライト過ぎてもいず。すこぶる目に心地よい。この「読んでいるだけで面白い」文体を体得しているのは、作家にとって大きな強みであるように思う。最悪、あくびが出そうなほどのダレ場でさえ、読み手を惹きつけられるのだから。じっさい、豪華声優陣の力添えもあって、アカイイトはキャラクタたちがだべるのをただただ眺めているだけでも、十分に楽しめる。
 麓川氏の描くキャラクタの愉快な会話が、語彙や言い回し・慣用句の膨大なストックに支えられているのは疑いようもない。私も日本語好きの末席を汚す身としてはたまらなく、アカイイトプレイ中はひたすらメモ帳に筆を走らせどおしであった。そして麓川氏の特筆すべきところは、そんな物語に和のテイストを添える単語・言い回し、そして伏線や蘊蓄(これはアカイイトの世界観を構築する重要な要素である)を、くどくどしく嫌みにならないよう、自然に文章に溶かす手腕であろう。この辺りの息づかい・感覚については、むろん弛まぬ努力は欠かせないだろうが、やはり生まれつきの才覚によるところが大きいように思う。いちおう物書きの端くれである私はといえば、「あ、これがアマとプロの差か…」と妙にすがすがしい気分になったのを覚えている。
 
 私もアカイイトをプレイするまでさも当然のように思っており、大きな口は叩けないのだが、「アドベンチャーゲームの文章は稚拙」という先入観だけは、どうかどうか、捨ててほしいのである。



 *8羽藤桂は読書が趣味であり、時代劇や落語など和のものを嗜むという設定ゆえ、おかしいことは何もないのだが…。それにしても、電話の向こうで平謝りする友人に対し「そこまで言うんなら、許すのにやぶさかじゃない…」と返したり、普段はおちゃらけた友人が社会人らしい一面を見せると「普段の伝法さ加減は伺えない…」とつぶやく女子高生など全国にどれほどいるのだろうか。



アカイイトを鑑賞するにあたって
 予め言っておこう。アカイイトは選択肢*9やフラグ立て*9の妙を楽しむゲームではない。 …どうにも我が子を辱めるようで気が引けるが…ゲームとしては決定的に練り込み不足である。あくまでゲームとしては、であるが。
 販売前の宣伝では「吸血ゲージ」なる条件分岐*9を謳い文句にしていたが、これが全くと言っていいほど機能していない。「ルート封印」システム――これは画期的な発明であり、アカイイトの演出の肝でもあるのだが――もとかく不親切で、封印が解かれていないとルートの途中で必ずバッドエンド*9に行くよう仕向けられるといった仕様である。この袋小路にはまりアカイイトそのものを投げ出した人も少なくないだろう。ここでリタイアした人々の数(おそらくかなり多い)を思うと…。どうにも涙がちょちょぎれてしまう。ルートへの入り口を封じるなり、何らかの対応はできたはずである。
 さんざ貶してしまったが、なんのなんの、これらのことはたいした問題にもならない。攻略サイトさんを利用すればいい(*K's jumbled GP/亜麻ツキの縁側)。もしあなたが「ゼルダの伝説 神々のトライフォース」や「マーヴェラス~もう一つの宝島~」を攻略本片手にプレイなどしていたら私が説教の一つでも垂れてやらねばなるまいが、それがアカイイトならばこれ一向に構いやしないだろう。構わないどころか、むしろそのことを奨励したいぐらいである。やっかいごと(悲しいかな、私にはアカイイトにおける選択肢やらフラグやら吸血ゲージやらはやっかいごと以外の何物でもなかった。申し訳程度の楽しみも見出せなかった*10)に煩わされずにすみ、何かと好都合ではないだろうか。皆さん、やらねばならぬことは枚挙に暇がないだろうし、時間の節約、大いに結構なことではないか。…冗談はさておき、何より物語の流れが途切れなくなることが肝心である。分岐図とにらめっこ、まだ通っていないルートを血眼で探して、夜は更けていく。疲労困憊、ほうぼうの体、ふと気が付いてみれば、あれほど自分を惹きつけてやまなかった物語が魔力を失っていて…。おおお、想像するだに恐ろしいことだ。そんな事態は何としてでも避けてほしい。
 どうか皆さん、アカイイトを存分に楽しむためにも、攻略ページは利用してほしいのである。そのことは話の流れを淀みないものにしてくれる。淀みない話の流れは物語に没入することを助けてくれる。何と言っても、物語を楽しむには深く入り込むことからである。鉄則と呼ぶのもおこがましい鉄則ではないか。プレイ中に少しでも違和感を感じたら――桂ちゃんが崖から転落を繰り返したり、どうしてもたどり着けないエンドが出てきたりしたら――早くにパソコンを立ち上げて攻略サイトさんで原因を探ることだ。安心されたし、アカイイトは攻略サイトを覗いたところで、些かもその魅力が削がれることはない。私もどのようなゲームであれ、攻略本片手にプレイすることに抵抗のある古くさい人間の一人であるから、意地を張ってしまうのも分からないでもない。繰り返すようだが、私はアドベンチャーゲームはゲームの名を冠されてこそすれゲームではないと思っている。全く新しい芸術の媒体である。これで言葉が過ぎるなら…少なくとも、アカイイトはそこまでに昇華している、としておこう。これならプレイされた方々は少なからず賛同してくれることだろう。
 とんでもない三段論法の説得になってしまったが、偏にあなたにアカイイトの世界に浸ってほしい、楽しんでほしいと思ってのことである。どうかどうか、攻略サイトを頼って頂きたい。心からの願いである。そしてアカイイトスタッフの皆さん、姉妹作(めっさ期待しておりまする)ではシステム面での練り込みをもう少しばかりお願いいたします。


 *9アドベンチャーゲームの専門用語である。無視してくれて一向に構わない。
 *10実のところ、私は選択肢を選ぶのが楽しいアドベンチャーなどついぞ見たことがない。



 それでは。アカイイト全体の大まかな説明は済んだので、個々のルートの紹介へと移ろう。実際のプレイ画面では下のように番号など振り分けられていないが、ルート封印の配置などから鑑みるに、おそらくこれが制作側が望んでいる鑑賞の順番である。これがベストの鑑賞順であるように思うし、おそらくは何も考えずにプレイしてもこの通りに誘導されるはずである。



①千羽烏月ルート『爽やかな立ち風』
駅員さんに効きたいことが・旅館を紹介してもらうことにした・勇気を出して自分でフォロー・そういえば、確か…・私はこくりと頷いた・確かめてみる会ったことを話してみる・追いかける・納得できない・烏月が気になる・追いかける・お札を貼っておかなくちゃ・烏月さん!?・自分の部屋までなら・一緒のお布団で寝る・行ってもらう・世界が白くーあの花の白にー・信じると約束した
 とかく烏月ルートの完成度は群を抜いている。殺陣あり、宿敵との和解・共闘あり、気の利いたセリフあり、ユーモアあり(3日目夜には涙が出るほど笑わせてもらった)、嫌みのないサービスシーンあり、と私がエンターテイメントに求めるような要素は全て取りそろえてある。べたべたの王道ストーリー、出会い―別れ―再会―葛藤―成長―対決―と十二分に起伏に富んでいる(次ぐ浅間サクヤルートとユメイルートは少々もっさりで展開に乏しい)。展開もスピーディーであり、ダレ場や冗漫な描写は一切無し。気の利いた2時間映画を見ているようである。単体の物語と見ても100点、花マルを贈呈したい。
 この通り、千羽烏月ルートは一個単体の物語としてきっちりと完結を見ているが…。果たして10年前の事件とは?主の封印?前任のお役目?なぜユメイは我が身を削ってまで桂を助けてくれるのか?浅間サクヤの正体は?ケイなる人物の目的とは?人物描写や物語の過去に於いていくつもの穴を残している。壮大な世界の全容は未だ伺えないままである。安心されたし、この穴は残す4ルートを鑑賞することにより、額縁にピースをはめていくように少しずつ少しずつ補完されていくことになる*11。その様がまた何とも言えず美しいのだが…。この"物語の世界が段々と組みあがっていく"快感は、「からくりサーカス」や「IT」を寝食を忘れて読みふけった御仁はすぐにピンとくることかと思う。
 分かり切ったことではあるが、一個の物語としてのパワーを保ちながらも、読者を煽る仄めかしをもするのは至難の技である。世に溢れる壮大な物語の序章が、得てして仄めかしや複線張りに終始してしまう中で、千羽烏月ルートの完成度は異様ですらある。ほれぼれするほどの職人芸だ。オープニングナンバーとしてこれ以上のものが求められようか。


 千羽烏月ルートは娯楽の要素が強く、軽妙なテンポではあるが、浮ついたファンタジーには決して堕していない。その本質は限りなく重く、しっかりと地に足を着けている。
 千羽烏月には「お役目」という縛りがある*12。お役目を誇りにし支えにする一方で、そのあまりの重責に苦しみあえいでいる。彼女の縛りは「血」に依るものである。それは常に自分につきまとっており、振り切ろうとも振り切れないものだ。生まれた時点で決定されていることがら、替えの利かない身体の一部なのだから。要するに、お役目を全うすることは彼女の宿命なのである。
 自分には手に余る重責に押し潰されそうだった彼女も、因縁の敵との対決という通過儀礼、超人・羽藤桂*13との交流などを通して、少しづつではあるが己の運命を受け入れていくようになる。言うなれば、千羽烏月ルートは彼女の「縛りの甘受」までの物語である。
 「運命など無い」と豪語したのはどこの英雄だったか。運命やら神の意志があるかなど私の知るところではないが、人生においては抜き差しならないことが存在するのは間違いない。我々の世界には変えられるもの――変えていかねばならぬものも多々ある一方、不変なもの、手には負えないもの、もしくは触れるべからずなものも確かに存在するのである*13。それらとはうまいこと折り合いをつけ、仲良く付き合っていくしかない。それは困難極まりないことである。誰もが思わず目を背けたくなる。しかし、エンディングでの千羽烏月の爽やかな立ち姿は、何かとままならないことばかりの我々に――私のようなみそっかすには特に――ほんの少し勇気を分けてくれる。生きていく気概を与えてくれるのである。じっさい、千羽烏月ルート、そしてアカイイトは人類の宝である。


 *10いやはや、種明かしもそれぞれのルートに絶妙のさじ加減で分けられていて…。一つの謎が解けたと思ったら新たな謎が姿を現したり、過去と大々過去が判明してもその間を抜かしていたりと。とかくこちらをやきもきさせて惹きつける配置になっている。
 *11誰が何と言おうと、アカイイトのキャラクタで最も強いのはへたれの呼び声も高い主人公:羽藤桂である。何より彼女は"信じる"力を持っている。
 *12アカイイトのキャラクタはみな何かしらに縛られている。それは「家」であったり、「お役目」であったり、「体質」であったり、はたまた「種族」であったりする。どれもが「血」に依るものなのはなかなかもって興味深い。
 *13その最もたるものが「死」ではないか。 寿命、時間、社会、家柄、才能、容姿…。程度こそ違えど、誰であれ少なからず千羽嬢の苦しみに共感できる部分はあるのではないだろうか。



②若杉葛ルート『彼岸の花をつかまえて』
下調べもしたし大丈夫・私は首を横に振る・大丈夫だよ・葛ちゃんと食べよう・素直に謝る・葛ちゃんを探しに行こう・何とかしたいけど・雄花ちゃんゴー!・これは夢だし・気になる・じゃあ行こうか・何を話しているんだろう・行ってきます・でも一人は嫌なんでしょう?・抵抗しない・封じを強化する・忘れたくない!(一度目は選択肢が出ない。ここでセーブを取るのが吉)
 例えるなら…うむ、アルバムには付きもの、つなぎの捨て曲といったところである。葛ルートの出来は烏月・サクヤ・ユメイルートの3本はおろか、ボーナストラック的位置づけの???ルートにすら遠く及んでいない。分量的にも内容的にも激しく見劣りする。
 葛ルートは"アカイイト"全体の構成から浮いている。ここで張られる伏線はそのほとんどがこのルートの終わりで回収されてしまい、他のルートには一向に繋がっていかない。
 若杉葛個人も浮いている。彼女は何の因果もなく、ただただ偶然にここ経観塚にたどり着いた。物語のこと全てが必然である必要などないが――そんなものは退屈以外の何ものでもない―― アカイイトのキャラクタのほとんどが、確固たる目的意識、浅はかならぬ因縁でこの舞台に立っているからには、設定にもう一ひねりが欲しかったところだ。受け手側の一方的な我が儘かもしれないが、相対的に彼女のキャラクタや存在意義が弱まっているのはとかく残念である。
 散々に書いてしまったが、私は若杉葛個人は好きである。一応断っておく。誰が自分を乗り越えた子供を好きにならずにいられるだろうか。



③浅間サクヤルート『ついのときまで』
駅員さんに聞きたいことが・バスがなくても何とか・覚悟を決めた・私はこくりと頷いた・気を付けるよ・夜食は美容の敵かも・腹が減っては戦はできぬ・地域密着の定食屋さん・これは夢だし・蛇が!毒が!?・お願いします・それでも・血を飲んでもらう・本当に「だけ」なら・手伝うってば・しょうがないなぁ・行ってみる・止めに入る・止めない・飛び出していた・私だけは見捨てない
 浅間サクヤルートもまた、烏月ルートと葛ルートの流れを汲む「縛りの甘受」の物語である。烏月ルートのようなエンターテイメントの色合いは薄れ――じっさい、アクション部分はほぼラストの対決シーンのみである―― その分の余力が浅間サクヤその人のバックグラウンドの追求(ここがアカイイト過去パートの中核をなす部分でもある)やキャラクタの描写に注がれている。その丹念な描写を軸に、これまでの2つの物語で掘り下げてきた「縛り」というテーマにさらに深く切り込んでいる。
 縛りの正体はサクヤに関する謎の重大なネタバレであるため、詳しい言及は避けるが、彼女のものはとかく性質(たち)が悪い。人の不幸比べなど詮無いことであり、これはあくまで主観にすぎないが、千羽烏月や若杉葛のものと比べてなお非情で、執拗である。
 浅間サクヤは羽藤桂を愛している。愛してはいるが、その縛りゆえ、そしてその悲痛の境涯における苦い経験のゆえに、どこか距離を置かずにはいられないでいる*14。羽藤桂と浅間サクヤは、共に困難受難を乗り越え、互いをより深く知りあうこと(過去を知ること=その人のルーツを知ること、痛みを共有すること、という交わりの図式は、アカイイトのどのルートでも見受けられる)で、再び相手との関係がどれだけ大切なものだったかを痛感し、再び一歩一歩歩み寄っていく。そして物語の最後には、その関係の限界を理解し、儚いものになることを覚悟した上で、より深く結びつくことになる。
 ところで。アカイイトは百合*15作品の傑作としても声が高いのだが、最も百合作品としての色合いが強いのがこの浅間サクヤルートであるように思う(“百合”の定義は人それぞれだが)。それは正面切って語られることはなく、あくまでエピローグで密やかに暗示されるのだが。このサクヤルートでは切迫した現実問題――縛り――として立ちはだかる。一つ断っておくと、私の言う縛りとは、世間体の問題だとか背徳観だとかいうカビくさいたわごとではなく、「子作り」「結婚」という二人の関係の将来性を担保する(人によっては)重要な要素の欠如のことである。お間違いのないよう。
 実際のところ、「百合」の物語とは「縛り」の物語でもあるだろうく(しつこいようだが、ここでの意味はあくまで関係の限界としての「縛り」である)。サクヤルートはやくざなセリフ*16や、説明口調のうつけたモノローグなどに頼ることなく、物語の主題の一つである「縛り」をうまく絡めて、人と人との結びつきの儚さ、美しさ、力強さをかくも鮮明に表現している。また、同時にその「百合」の要素が、アカイイト全体をも貫いている「運命・縛りの悲哀」というテーマを際だたせているのも確かである。
 その関係が儚く、限りあるものになると理解しても、……いや、そう理解しているからこそ、より強い信頼で結びつき、愛しあう。そんな羽藤桂と浅間サクヤの全力の姿は、けなげで、愛おしく、そして…ああ、例えようもなく美しいのである。我々は羨望の念を隠さずにはいられなくい。私は生まれてこの方、小説やら映画やらマンガやら、古今東西のさまざまな物語に触れてはきたが、これほどに切なく、胸が張り裂けそうで、それでいて信じがたいほど力強く…。このサクヤルートほど筆舌に尽くしがたいエンディングにはついぞ出会ったことがない。そのあまりの衝撃に、しばらくは日常生活もままならなかったほどである。とにかく、胸がいっぱいであった。

 余談ではあるが、アカイイトを百合の物語――つまり、主人公である桂を女にしたのは完全に後付けでのことだったそうである*17。これを奇跡と呼ばずして何と呼ぼうか。芸術の神も時に粋な計らいをしてくれる。

 もう一つ。この浅間サクヤルートでは、千羽烏月の動向に目を傾けてほしい。彼女は物語の山場で、主役であるサクヤに勝るとも劣らぬ活躍をするのだが――この程度のネタバレなら罰は当たるまい―― おそらくあなたはそこでの彼女が妙に生き生きとしているのに気が付くはずだ。ユメイやノゾミ・ミカゲたちに比べればことにである。これは我々が既に千羽烏月ルートを通過したことに依るものだ。
 我々は既にして、烏月の悲痛の境涯を細目に至るまで知りつくしている。ラストでの獅子奮迅の戦いぶりが目に焼き付いている。己が運命を克服した後の凛々しい立ち姿に感動を覚えている。前述したとおり、千羽烏月ルートと浅間サクヤルートは完全なパラレルワールドなのではなく、そして烏月ルートでの烏月も、このルートの彼女とは異なる未来を迎えはしたが、全くの別人ではなく。 …うまく言い表せないのがもどかしいが…うむ、ここでの烏月には千羽烏月ルートでの彼女が相被さり、二重の存在になっているのである。このルートでは烏月のバックグラウンドが細かく描写されることはないが――当然、浅間サクヤの描写に重きが置かれている――、語られる以上のことをこちらは知っているわけで。それがアドバンテージとなり、彼女のキャラクタに得も言われぬ厚みと奥行きを持たせているのだ。この記事もかなり前で「それぞれのルートが浸食し影響しあっている」と書いたが、つまりはこういったことである。
 これがアドベンチャーゲームのちょっとした魔法である。実際の分量、文字数以上のものが伝わってくる…と。じっさい、アカイイトは驚くほど巧みにこの魔法を使いこなしている。ルートを潰していくたびに、そして再プレイのたびに、キャラクタや世界に息吹が込められ、輝きを増す。その美しいさまに、私はただただ感嘆のため息を漏らすのみであった。それまで慣れ親しんだどの活字媒体や映像媒体にもない、全くの新感覚だった。私はこの時点でアドベンチャーゲームの魅力に完全に呑まれたように思う。この快楽から一生抜け出せないものと覚悟したし…じっさい私はいまでもアドベンチャーゲームの虜である。


 *14極々簡単に言ってしまえば、女の子同士のラブのことである。
 *15プレイ済みの方はそんな描写はあったろうかと首をかしげるだろうが、私には他ルートにおける浅間サクヤの桂に対するちゃらけた態度は、深入りし傷つかないよう自己防衛しているように思えるのだ。
 *16例えば"あ~あ、私が男だったらなぁ…""私たち、女同士だけれど…"。全くもってうんざりである。
 *17このあたりの事情は、通販予約特典であった設定資料集に詳しいそうなのだが、残念ながら私は手に入れることができなかった。死ぬまでに一度はお目にかかりたいものだ。



④ユメイルート『白花の咲く頃に』
駅員さんに聞きたいことが・バスがなくても何とか・やっぱり戻してください・私はこくりと頷いた・確かめてみる・怖くない怖くない・「奇遇ですね」と自分も名乗る・かけない・会ったことを話してみる・大人しくしていよう・血を飲んでもらう・夢のことを話してみる・反抗したいお年頃・仕方なしに我慢・血を飲んでもらう・帰らない・血を飲ませる・家の掃除をする・おかしいと思った・だけど彼女たちだってかわいそう・血を飲んでもらう・絶対にお姉ちゃんを助ける
 壮大なアカイイトの世界もここで一応のフィナーレを迎えることになる。ユメイルートは単体のパワーでこそ烏月ルートやサクヤルートに後れを取るが、アドベンチャーゲームのラストとしてはこれ以上のものは望むべくもなく。一部の隙もない締めを執り行ってくれる。
 物語の大詰めも大詰め、このユメイルート最終日も半ばに来て初めて、どこか陰のあるアカイイトキャラクタの中で異彩を放っていた超人・ユメイ*18が本心をさらけ出すことになる。およそどんなちゃらけたキャラクタであれ、その心の奥底を吐露する場面では目頭が熱くなってしまうものだ。それが普段自分を表に出さない無口な人間だったりすれば…何をか言わんやである。既にユメイと10日余りを過ごしている――物語時間では三日と経っていないのだが――我々は、これまでひたすらお役目に徹し、守護霊の役割に殉じていた彼女の凛とした姿を思い出し…そして桂と今生の別れとなってしまった異なる未来のことを思い…涙する。大泣きである。それはこれまでひたすらに尽くす存在であった(古い"女"の価値観の典型である)ユメイが、一人の人間へと帰る時であり、また外――お役目、社会、世界――へと開かれていた物語が内――個人――へと収束する時である。アカイイト全体を貫いていたテーマ「縛り」からの解放の瞬間である。この瞬間のカタルシスたるや凄まじいものがあり…。ああ、思い出すだけで目頭が熱くなってしまう。これも4ルート・4本の物語をもって、一つ一つ、丹念に描写してきたものがあるからこそである。私は未だ物語の山場を残していながら、いったん手を止めるほかなかった。何せ、滲んだ涙でディスプレイが見えなかったのだ。

 ラストの1歩手前、4日目夜の過去回想に於いて、烏月ルートでは"過去"、サクヤルートでは"大々過去"が判明し、痒いところに手が届かぬようでもどかしかった合間の"大過去"の部分が補完される。それまでまとまりもないように思えた過去の事象に流れが見え、ようやっと世界が完全な姿を現すことになる。この瞬間こそカタルシスの成就であり、胸に熱いものがこみ上げてくるのだが…。如何せんここの全体に占める割合が多いのである。
 ユメイルート、そして一つ手前のサクヤルートは、前二ルートでの複線を回収する義務が課せられている。ゆえに、解答編の過去回想の分量が多い。そのことが物語の"動"の部分――現在進行のパートを圧迫し、展開をもたつかせているのも事実である。
 ある程度は致し方ないことである。およそどれほど偉大な語り部であれ、物語のスピードを全く落とさずに複線を回収することなどとうてい不可能である。ユメイルートが何よりも素晴らしいのが、その過去回想を説明・弁解に終始させることなく、次ぐラストシーンへと結びつけていることだ。
 物語を延々停滞させ、さんざやきもきさせたからには*19、こちらとて今に結びつく何かを求めてしまうのが人情だろう。私はそのように結びつけるのが語り手の義務だとさえ思う。ユメイルートのラスト――過去から現在へと視点の移動し、そして人と人―場所と場所―シチュエーションとシチュエーションとが時を越えて繋がる演出は全くもって素晴らしい。回想を完全に消化し、中だるみをけろり忘れさせてしまう類い希な演出である。麓川氏は大したストーリーテラーである。

 エンディングに於いて、桂とユメイの二人はほぼ完全な形で結ばれることになる。烏月、葛、サクヤに比べればだんちにハッピエストに近く、痛みに溢れるアカイイトの世界では少々甘すぎるほどである。そんな桂とユメイの幸せそのものの姿は、まるで他のヒロインたちの分までをも噛みしめているようで(最後の最後での二人のセリフは、完全には結ばれることのなかった他のヒロインたち、そして悲劇を迎えた異なる未来の自分たちへの餞の言葉とも取れないだろうか)。彼女たちが成し得なかった理想の姿を代弁しているようでもある。今までをペシミズムに徹していたからこその、大歓迎のべたべたハッピーエンドだ。我々はほろ苦い味の(そして烏月・葛・サクヤと段々と苦みの強くなっていた)口を直され、これ以上ないほど満たされた気分でコントローラを置くことになる。
 いやはや、全くもって文句のつけようもない。考え得る限りに最高の締めである。皆さん、万雷の拍手を送ろうではないか。


 *18ユメイのぶかぶかの服は、実年齢に合っていない彼女の大人びた精神を現しているのではないだろうか。それとは正反対に浅間サクヤの衣服は…いやはや、考えすぎである。
 *19私はどちらかと言えば、以前に何があったかよりも、物語がこの先にどう展開するかに興味がある人間である。皆さんもそうではないだろうか?



⑤???ルート『光は風に』
駅員さんに効きたいことが・旅館を紹介してもらうことにした・勇気を出して自分でフォロー・もしかして四月生まれ?・私はこくりと頷いた・気のせいだと思いこむ・会ったことを話してみる・追いかけない・納得できない・烏月が気になる・陽子ちゃんに電話しよう・試させてもらう
 位置的にはエンドロール後のお楽しみとだろうか。分量は烏月・サクヤ・ユメイルートの4分の1もない。物語の展開は急勾配だが、???が羽藤桂になんのかんので丸め込まれていくさまはとても微笑ましいし、ラストもどうしてなかなかうまく纏めている。ちょいと気の利いた小品といったところである。
 また、全体の占める割合こそ少ないものの、この???ルートもアカイイトの一員なのは変わりなく、その世界を構築するのに一役買っている。一見完璧に思えたユメイルートでの複線回収に取りこぼし――巧妙に隠されていて、このルートを目にしなければ複線として認識できないであろう凝ったしろものである―― が見つかることになる。それはこの物語内できっちりと補完され、あなたの頭の中のアカイイト世界にさらに一本骨を入れることになるだろう。
 そして何より、このルートは???のキャラ立てに置いて重要である。本筋の5ルートを通過して、おそらくあなたは彼女に対してあまりいい感情を持っていないことだろう。ここでのどんでん返し――きちんと前置きがされていて、築き上げた世界観をぶちこわすような代物では決してない。安心されたし―― はそんなあなたの認識をがらり180度変えてくれるはずだ。彼女を愛おしいとさえ思うことだろう。現に私はそうなった。
 100点満点、おまけと呼ぶにはあまりにも豪華なおまけである。



そして再プレイへ
 待たれい、待たれい。皆さん、どれもが濃ゆい5本の物語を鑑賞し、フルコースを平らげたような充足感で満たされていることだろう。ちょっとした倦怠感にも襲われているかもしれない。散歩がてらにコンビニに行くなり、ちょっとした眠りをむさぼるなり、気分転換をするといい。ただし、ここで満足してソフトを押入れにしまい込むのは早計である。上記の5ルートを通過し、皆さんの頭の中には完全なる「アカイイト」の世界が組み上がっている。そのバックグラウンドからキャラクタの人となり・動機・過去にいたるまで細目を全てインプットされているのだ。その情報を頭で腐るままにするのは余りにも惜しいのである。皆さん、何かと急がしい身だろうて、全てのルートを鑑賞しなおせとは言わないが…、どうかどうか、千羽烏月ルートでも再プレイしてもらいたいのである。アカイイト世界が完成を見た後の千羽烏月ルートは、途方もない破壊力である。
 おそらくあなたは、初回プレイとのあまりの印象の変わりように度肝を抜かれるはずである。 5本のルートに分けられて丁寧に描写されたキャラクタはぎらぎらと光を放ち(サクヤやユメイやノゾミやミカゲやケイが何と生き生きしていることか!!)、バックグラウンドはぐんと奥行きを持ち(「あなたは確か、10年前の?」10年前!!ああ、あれのことね!!俺にはわかってるぜ!!)、登場人物の何の気なしと思えた一言が重大な意味を帯びてくるのである(「鬼が出るか、蛇が出るか、果ては両方か」ねぇ。こいつ、うまいこと言いやがって!!)。当然のことだが、分量は一文字たりとも変わっておらず、スピーディな展開は一切損なわれていない。ちょっとした魔法ではないか。
 既に説明したことだが、千羽烏月ルートは単体でも十二分なパワーがあり、それでいて全く贅肉のないジェットコースター・ノベルである。そこに4ルート14日分もの情報が覆い被さっているわけであって。外(画面)と内(脳内)から押し寄せる怒濤のような情報量に私はとかく圧倒された。ナチュラルトリップとはあの時のような感覚を言うのではないだろうか。


おわりに
 この記事を書くにあたって、遊鬱さんが書かれたアカイイト紹介文を大いに参考にさせてもらった。ここでお礼申し上げます。氏はおそらく全世界に先駆けてアカイイトを評価してくださった御仁である。
 最後に。既にアカイイトをプレイされた方は違和感を覚えたろうが、この紹介文ではルート分岐後のトルゥーエンド・バッドエンド・ノーマルエンドについては全く触れていない。これはアカイイトの重要なファクターの一つなのだが、何分、削りに削ってこの冗漫さであり、その上この要素を盛り込んでなお文章に収拾をつける自信がなかったため… 有り体に言えば「めんどくさかった」ため、ここでは割愛させてもらった。どうかご理解いただきたい。実際のところは、アカイイトは32本の物語からできており、その世界は私が語った以上に複雑な構成で成り立っている。「鬼切りの鬼」「満開の花」があるからこそ「ついのときまで」がひきたっていること――その逆もまた然り――などは言うまでもないことだろう。

2006/03/20
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「アカイイト」~愛を贖うのはただ自ら流した血によって~
toppoiさんの「アカイイト」紹介文にあてられての献上品。以前に書いた「アカイイト」血は水よりも濃く、そして甘い。(及びコメント欄では)では主に「百合」についての語りであって、出来うる限り抑制的なもの(ネタバレもパトスも含めて)を心がけていましたが封印解除。

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コメント

Re: 七誌さん
参考になったならよかったです。
次は『咲-Saki-』ですね。

こちらのサイトの記事のおかげで私はアカイイトに出会えて、より深く楽しむことができました。
ありがとうございます。

光栄です!!
イヤッホウ!!遊鬱さんのような方を釣ることが出来て身に余る光栄です。
尽力した甲斐があったというものです。
そして、私以上にアカイイトに真摯に取り組んでくれる人がいることが我が事のように嬉しいです!!感激ですよ!!

見事に釣られてしまいました
コメントとしては相応しからぬ長さになってしまったのでトラックバックにさせてもらいました。キャラによって扱いに随分差があるようだけれどそこはそれ愛嬌ということでご容赦を!

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