2008年02月12日

百合厨のレヅフォビア

 本年も謹んでみやきちさんの記事をパクらせてもらいます。

レヅのバイフォビア、バイのレヅフォビア

で、このレズビアンのバイフォビア(と仮に命名)の根っこにあるのは、多分以下のような偏見だと思います。

「自称バイ」は同性と寝られるだけのヘテロだ、という偏見
「自称バイ」は自分が同性愛者だと認める勇気がない臆病者だ、という偏見
バイセクシュアルは同時に男女両方と付き合わないと満足できない、という偏見
バイセクシュアルは結局は異性に走る、という偏見

先日ネットの海をさまよっていて、「ビアンのバイ差別はひどい」という流れのセクマイ系論議の中で、バイセクシュアルの人が書いたこんな主旨の意見を発見。

『ビアンと違ってバイセクシュアルは性別で人を好きになったりしない。「女だから」「男だから」好きになるのではなく、人間として相手を愛しているのだ。だからバイはエライ。差別よくない。』

なんか、暗澹たる気持ちになりましたね。あたしゃレズだけど、性別だけで相手を好きになってるわけじゃないぞ。「女だから」今の彼女を選んだわけでもないし、相手を「人間として」敬愛し尊重してるわよ。そんなのセクシュアリティーに関係なく、誰でも似たようなもんでしょう?

 面白いことに、似たような構図の論争が、百合レズ厨の派閥闘争にもあるんだよね。題して「百合厨のレヅフォビア」。百合厨連中の馬鹿みたいな選民意識はどうにかならんのかと思う今日この頃。

※百合厨いわく
『百合は性別で人を好きになったりしない。「女だから」「男だから」好きになるのではなく、人間として相手を愛しているのだ。だから百合は崇高。綺麗。レズ汚い』
『「たまたま」好きになったのが女の子で、ちゃんと人間として愛しているのが「百合」。レズとは区別してよね!』
『やっぱり百合には背徳感や、同性同士であることのとまどいがないと! 背徳感も葛藤もなくやっちゃうのはレズ』
『寸止めこそ至高! 身体の関係まで行っちゃうのはレズ』
『精神的な繋りを重視しているのが百合、生々しいのはレズ』

 百合厨は「精神的な繋がり(笑)」「性別を超える愛(笑)」「悲恋(笑)」が大層お好きなようだ。男女間・同性愛者間の恋愛は即物的で低俗、身体だけが目的、汚らわしい、やっぱり百合こそ崇高! みたいな話し方すんだもん。やっぱり彼ら彼女らにとって「ガチレズはへテロの汚い恋愛と一緒」なんじゃあないかな。そんなに幸せにエロスしているキャラが憎いんだろうか。
 こういった「綺麗な百合」派の反対勢力に「ガチレズしか許さない」男が絡むと発狂する連中がいるわけだけど、私はこの手の連中も大嫌い。以前書いたけど彼らはハーレム厨・処女厨の亜種なんじゃあないかな。ハーレム厨との違いは、モテモテ主人公になりきれるかどうかだ。女同士の関係が好きなんじゃあなくて、DQNに女の子を盗られるのが嫌なんだろうよ。男性一般を憎悪・軽蔑しているか、自己愛と表裏一体の自己嫌悪野郎なのか。女の子が男に靡くのは絶対に許せない、でも疑似恋愛・疑似セックスの快感は享受したい、という連中にとって、百合はこれ以上ないほど都合のいいオナニーコンテンツなんだろうね。

 次回、百合と「たまたま」論について。
関連記事

このエントリーをはてなブックマークに追加はてなブックマークでコメント

tags: 百合 

この記事のトラックバックURL

http://toppoi.blog54.fc2.com/tb.php/389-5222aa98

Template Designed by DW99