2008年05月14日

百合厨の「たまたま論」

 みなさんも、「百合」と「レズビアン」を意地でも区別したがる中二病体質の百合厨が「好きになったのがたまたま女の人で、精神的に繋がっている場合は『百合』、最初に性欲ありきなのが『レズ』」などと鼻息も荒く書いているのを、一度や二度は目にしたことがるだろう。私はこの小便臭い「たまたま論」が嫌いで嫌いで反吐が出そうなくらいなんだよね。この理屈ってさ、『百合>>>レズ』(←要するに『精神的な繋がりの彼女たち(はぁと)>>>欲望丸出しのレズ、一緒にしないで頂戴ね』)というアホみたいな選民意識や、『女が女を好きになるなんてありえない、「たまたま」でもなければ起きるはずがない』『女同士でセックスするとかないんだけどw肉欲抜きの綺麗な関係なら認めてあげてもいいけど』っていう上から見下ろしたような偏見がないと絶~~~~~~~っ対に出てこないと思うんだよね。
 ここで恒例のみやきちさんのサイトのコピペ。
*BLND掲示板 過去ログから引用させてもらいました。

ただ、「百合」の場合、その言葉がこともあろうに女性同性愛者を見下し排除するために使われるということが納得いかないんですよあたしは。
実際、「百合はいいけどレズは嫌」的な言説は、非常によく見かけますしねー……。そういうのって、盗人猛々しいにもほどがある、と思っちゃうんですよ。

>こうなったら「友情」までが「百合」で、「恋愛」まで行ったら「ビアンもの」みたいにバックリ分けちゃったらいいかもしれませんが。

確かに、それもひとつの手ですね。あたしも以前は、「百合」と「レズビアン」は明確に分けて棲み分けた方がいいのかなと思っていた時期がありました。が、今ではかえって分けない方がいいんじゃないかという気がします。理由は以下のふたつです。

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(1)「百合」と「レズビアン」を分けると、「百合」側が「これはレズビアンとは関係ないんだから」という名目でどれだけでも偏見を垂れ流せるようになってしまう

BLが既にそんな状況にありますよね。「これは私たちのファンタジーだからほっといてください」という口実で、ホモフォビックな概念(『俺はホモなんかじゃない』だの、『同性同士という障害を乗り越えた至高の愛』だの、『挿入こそがセックス』だの)を好きなだけ拡大再生産する、という。百合ジャンルまでそんな方向性を強めてほしくない、とあたしは考えています。


>>「人間として愛する(笑)」「精神的な繋がり(笑)」「性別の壁を越えた愛(笑)」「同性同士であることの葛藤(笑)」「背徳感(笑)」「悲恋」その他のお話。

>最近めっちゃ真剣に物語を書いているせいか、そういうあまりにもお粗末な表現がやたらと眼について鬱陶しいことこの上ありません。

こういう表現って、百歩譲ってホモフォビアの香りに目をつぶるとしても、既に何百人何千人(いや、もっとか?)もの人に使われて手垢がつきまくっているところがダメだと思うんですよね。
にもかかわらず百合ジャンルでこうした表現がなくならないのは、結局受け手の側にこういうテンプレが好きで好きでたまらない人が多いってことなんでしょうか。謎です。



※最終的に何が言いたいのかというと
 どうして中二病患者は、いちいちいちいちありふれたことを異常視して持ち上げて自己陶酔して悦に入るの? 精神的な繋がり(笑)だの性別を超えた愛(笑)だのってそんなに大層なものなの?
 ぶっちゃけ、いまだに『くちびる ためいき さくらいろ』に代表される、前時代的で偏見まみれで、厨房&スイーツの選民意識をいたずらに煽るような作品が持ち上げられているのに首を傾げるばかりだ。もう21世紀だよ?
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