2013年06月15日

『咲-Saki-』能力バトル解説 制約と誓約、ロジックとカタルシス

 前回の記事「『咲-Saki-』と『ジョジョの奇妙な冒険』 能力バトルとパーソナリティ」で、能力バトル漫画としての『咲-Saki-』が持つ魅力の核となる部分については書くことが出来たと思う。しかし、細部についてはまだまだ語るべきことがある。この作品を同様の視点から論じたレビューは、既に咲-Saki-勢の精鋭によって素晴らしい出来のものが書き上げられているが、ネタ被りを恐れずにガンガン書いてみようと思う。

制約と誓約
 今回は比較対象として冨樫義博の『HUNTER×HUNTER』を取り上げる。『ハンタ』は言わずと知れた能力バトル漫画の傑作だ。この作品では異能力を「念」という概念で系統づけているが、そのルールの一つに「制約と誓約」というものがある。

「制約と誓約だ」

「制約と誓約…!」
「制約(ルール)を決めてそれを心に誓うんだ
 『遵守する』と
 その制約が厳しい程 使う技は爆発的な威力を発揮する!!
 麻雀やポーカーと同じさ 条件が難しい役ほど点数が高いだろ?
 普段の念能力の補強が足し算なら条件付きの念の奥義は掛け算だ
 強さが何倍にもふくれあがる
 その鎖に制約(ルール)をつくれ お前の覚悟で守れる範囲のな
 ただし言っとくがこれは『安定』とは正反対の大技 諸刃の剣だ
 もし誓約を破れば反動で念能力そのものを失う危険があることを忘れるな」

(『HUNTER×HUNTER』)


 麻雀の役が喩えに使われていてちょうどよかった!
 まずはこの漫画の主人公、ゴン=フリークスの発(ありていに言えば必殺技のこと)である「ジャジャン拳」を例に挙げよう。この技はまず「最初はグー!(First comes rock..)」と大声で叫びつつ、右手の拳を左手で覆うようなタメの動作を行い、それからグー(オーラを纏った打撃)、チー(オーラを変化させた斬撃)、パー(オーラを飛ばす遠距離弾)を繰り出さなければならない。無論、あえて隙を作るようなことをせず、無言で相手に殴りかかった方が容易なのは言うまでもない。しかし、そうして自らがルールを課したリスクを背負い、自分なりのロジックを組み立てることによって、リターンの破壊力が生まれるのである。念は読んで字のごとく、術者の「一念」「気の持ちよう」で威力が大きく左右されるのだ。ゴンの場合は、最も得意としている強化系の「グー」は格上の相手(レイザー、ゲンスルー)を怖じ気づかせるほどの威力を込められるようになり、苦手としている変化系の「チー」も強靱な外殻を持つ相手(キメラ・アント)を裁断する程度の威力に底上げされる。瞬間的な爆発力が高い割に制約がそれほど厳しくないので(言うまでもなく「ゴンさん」は除く)、様々なシチュエーションで多種多様な相手と戦うことになる主人公に向いた能力だ。
 対して、ゴンの仲間の一人であるクラピカが課した「制約と誓約」はあまりにも重い。クラピカの発である「束縛する中指の鎖(チェーンジェイル)」は、その名の通りに具現化した念の鎖で相手を拘束する能力だ。鎖そのものに尋常ならざるパワーが込められている上に(軽く振るっただけで地面に大穴を空けるほど)、縛った相手を強制的に絶(念のオーラが全く出ていない無防備状態)にする特殊能力を付加している。この能力を劇中で初めて食らったのが、クラピカの仇敵である幻影旅団――クラピカを除くクルタ族を皆殺しにした盗賊団で、彼は旅団を壊滅させるためにハンターになった――の一人、ウボォーギンだ。奴は作中の強化系能力者の中でも上位に入る実力者で、その圧倒的なパワーは念を込めたパンチで地面にクレーターを作るほどなのだが、それでも「チェーンジェイル」を引きちぎることは出来なかった。当時のクラピカは念を習得して日が浅く、百戦錬磨のウボォーギンとはオーラの総量でも練度でも圧倒的な差があった。しかし、「制約と誓約」は使い方次第でその余りある戦力差すら覆してしまうのだ。クラピカはもう一つの能力である「律する小指の鎖(ジャッジメントチェーン)」の刃を自らの心臓に埋め込んで「旅団のメンバー以外にチェーンジェイルを使用しない。命を賭ける」という「誓約」を立てている。この誓いが誤ってでも破られた瞬間、念の刃が術者本人のクラピカを殺すようにプログラムされている。こうして能力の対象を限定し、極限といっていいほどのリスクを背負うことで、鎖の強度は桁違いに強化され、相手の念を使用不可にするという理不尽を押し通すほどのパワーが生まれるのだ。

「鎖がいい」

「鎖…?」
「ああ 具現化系と聞いた時 最初に頭に浮かんだものだ」
「鎖ねェ… 何でだろうな」
「冥府に繋いでおかねばならないような連中がこの世で野放しになっているからだろう」
「そうかねェ?
 俺は縛られているのはむしろお前自身のような気がするがね」

(『HUNTER×HUNTER』)


(冨樫節はすがすがしいほどの中二病でゾクゾクするぜ)
 師匠が言うように、「鎖」の能力というのは何とも象徴的だ。常軌を逸した「制約と誓約」から生まれる「チェーンジェイル」の強靱さからは、クラピカのクルタ族の血を誇りに思う気高さや、殺された仲間に対する思いの強さ、自らに課した使命を全うしようとする強い意志の力が感じられる一方で、旅団に対する復讐に傾倒し、使命で自らを雁字搦めにしている彼の危うさがひしひしと伝わってくる。
 また、クラピカの能力は対象を極度に限定しているので、代償として汎用性が著しく失われている。作者にとっても非常に扱いづらい。じっさい、幻影旅団が話の中心にいるヨークシンシティ編が終わってからは、クラピカは半ばリタイアしているような状態である。彼の「狭くて強い」能力は準主役だからこそのものだと言える。

 前回に引き続いて『ジョジョの奇妙な冒険』からも好例を紹介しよう。まず、強力なパワーを持つスタンドほど射程距離が短い、本体から遠くまで行けるスタンドはパワーが控えめ、というスタンドの基本ルールが「制約」の一種だろう。冨樫は『幽々白書』で既に「領域(テリトリー)」という射程距離の概念がある異能力を取り入れていたが、あれは何とも練り込み不足で見切り発車感が漂っていた。それに比べて念能力はスタンド能力の魅力を正しく把握し、一部を改良することで綺麗に差別化が出来ていると思う。さて、今回は第4部「ダイヤモンドは砕けない」における、東方仗助のスタンド「クレイジー・ダイヤモンド」とエニグマの少年(宮本輝之輔)のスタンド「エニグマ」の戦いを解説してみんとす。
 仗助のスタンド「クレイジー・ダイヤモンド」はオーソドックスな近距離パワー型だ。射程距離は2メートルほどしかないがその分スタンドパワーは凄まじく、ドラララのラッシュは歴代スタンドの中でも屈指の破壊力である。この基本性能に加えて、手で触れた物をある時点まで「直す」「戻す」という特殊能力を持っている。何より負傷した仲間を健康な状態に戻す治癒能力として使えるのが大きい。かてて加えて、地面を殴って宙に浮かせた石畳を空中で直してシールドを作ったり(対吉良吉影&キラークイーン&猫草戦)、敵に吹っ飛ばされてフォークリフトのタイヤをぶち破った後に相手の「電気」スタンドに被さるように直してパワーを奪ったり(対音石明&レッド・ホット・チリ・ペッパー戦)、敵が飛ばしてくる反射エネルギー弾を拳で防御して、斜線上に相手を誘導した上で弾を元の位置に戻して巻き込んだり(対鋼田一豊大&スーパーフライ戦)と、少しひねった使い方も出来る。シンプルな格闘戦もこなせる上に、能力の応用次第で多様な攻撃と防御を行える。主人公のスタンドにふさわしい汎用性だ。敵である吉良ですら「先の読めない『スタンド』」と評価している。
 対するエニグマの少年(宮本輝之輔)のスタンド能力はかなり特殊なタイプだ。劇中での描写を見る限りではスタンド像自体に殴ったり蹴ったりするパワーはなさそうである。加えて特殊能力の発動条件も、手で触れるだけでよい「クレイジー・D」や「スティッキー・フィンガーズ」などと比べるとかなり複雑だ。相手をつぶさに観察して恐怖のサイン(恐怖を感じた際に意識せず行う「クセ」のこと)を発見し、相手を動揺させて再びサインを出させることで、ようやっと発動条件が満たされる。しかし、一度でも条件を満たしたら、相手を有無を言わせぬパワー(少年いわく「絶対無敵の攻撃」らしい)で「紙」に閉じ込めることが出来る。彼のスタンドはスタンド像のパワーやスピード、ユーザビリティを犠牲にして、その対価として強力無比な能力を得ているタイプなのだ。「エニグマ」に紙にされた相手は誰かがそれを開くまで完全に行動不能になるので、後は煮るなり焼くなり、紙を破いて直ちに始末してもいいし、安全な人質として次の相手を動揺させるのに利用してもいい。様々な意味で、単純にパワー押ししてくるスタンドより恐ろしい。その異常な発動条件と相手を無力化して閉じ込める能力からは、少年の偏執的でねじ曲がった性癖、どす黒い邪悪さが伝わってきて、彼の不気味さをいっそう引き立てている。
 さて、仗助の前に姿を現した少年は、予め襲って紙にしていた、仗助の親友である康一くんを人質に取って揺さぶりを掛け、最終的に恐怖のサインを取らせることに成功する。同時に仗助の背後に現れる「エニグマ」のスタンド像。仗助は咄嗟に「クレイジー・D」で反撃を試みるも「エニグマ」に触れたはずの拳には手応えが無く、一方的に紙へと押し込められていく。しかし、仗助は一瞬の判断で道路のポールを引きちぎり、握っている断片を元の位置へと「直す」ことで、エニグマの紙に押し込むパワーに対抗する。ここで紙の平面から浮上してきた仗助が少年に切る啖呵が最高に格好良いのだが、最終的には「エニグマ」のパワーが勝り、仗助は紙に閉じ込められてしまう。この後に滾るほど熱い展開が待ち受けているのだが、そいつはぜひ単行本(JC43巻)を読んで確認していただきたい。
 このシーンにおける構図は分かりやすくて好きだ。まずは仗助が能力の特質を利用して相手のパワーに対抗しているのが素晴らしい。何度か書いてきたことだが、能力バトルの面白さの一つは限られた手持ちの武器で相手を合理的に打ち負かす美しさにあると思う。そして、一次的にでも「エニグマ」の紙に閉じ込めるパワーが「クレイジー・D」を上回ったという結果も、心情的には許せないが理屈は通っていると思う。一つのスタンドに与えられたリソースの量(『ハンタ』で言えば「メモリ」)が等しいとして――実際は「ザ・ワールド」や「ウェザー・リポート」のようにパワーも射程距離も特殊能力も規格外なスタンドがいるのだが――人型のスタンドヴィジョンそのものに攻撃力やスピードを持たせている「クレイジー・D」の、手で触れることで発動する能力のパワーが、特殊能力だけに特化していて、相手を観察して恐怖のサインを見つけた上でそれを取らせるという条件をクリアすることで発動する「エニグマ」にパワー負けするのは理に適っている(腹は立つが)。
 ここからは完全に余談だが、最後に少年の能力を上回ったのが仗助の「信念」(に動かされた○○)というのも実に『ジョジョ』らしくて素晴らしい。

ロジックとカタルシス
 今回『咲-Saki-』で解説するのは『阿知賀編』Aブロック準決勝次鋒戦における松実有と弘世菫の攻防だ。菫さんの能力「(白糸台の)シャープシューター」は、特定の相手に狙いを定めて、出てくるであろう不要牌に待ちを寄せていき(そのように出来るツモが繰り返されるのがオカルトだろう)、直撃(ロン)を食らわせる能力だ。さて、見過ごされがちだが、この能力の特筆すべき点は相手をオリさせる強制力だろう。相手からすれば、自分のあぶれた牌を狙い撃たれるのは非常に苦しい。シャープシュートの射線から確実に逃れるためには不要牌以外を切らなければならない。手が綺麗にまとまっていようとそれを崩すしかないわけだ。私は麻雀に関してはずぶの素人だが、たとえ一手だろうと上がりから遠ざかるような牌を切らされるのがもの凄くしんどいことなのは分かる。菫さんからすれば、相手からロンできなくとも、強制的に必要牌を切らせるだけで狙い打ちの妨害としては充分なのである。
 そんな強力な能力を持つ菫さんを出し抜いたのが、我らが阿知賀女子の次鋒である宥お姉ちゃんだ。この試合において、宥姉はシャープシュートの第一射を二度に渡ってかわしている。これはレジェンドこと顧問の赤土晴絵が、卓越した観察眼で菫さんが能力を発動する際のクセを見つけていたおかげだろう。極論、宥姉以外のメンバーでも、クセに注意を払っていれば放銃を回避することができたと思う。宥姉の本領が発揮されるのは射撃をかわしたあと、手が崩されたあとである。麻雀漫画、それも『咲-Saki-』のような外連味溢れる麻雀漫画を読んでいると感覚が麻痺してくるが、本来、一度和了から遠ざかった上での張り替えは簡単にできるものではない。そうでなくとも菫さんの第二射、第三射を警戒しないといけないのだ。そんな高難易度の手順を複数回に渡って可能にするのが宥姉の能力「あったか~い(仮称)」である。宥姉は真夏にマフラーを巻くほどの寒がり体質なのだが、それが影響しているのか、手に赤い(ったかい、あるいは暖色)塗料が使われている牌が偏って集まってくるのだ。そのおかげで牌効率が無能力者より若干よくなっている。無論、牌が偏ることでメリットだけでなくデメリットもあるのだが、それについては下記記事が丁寧に解説してくれている。
松実宥とは (マツミユウとは) [単語記事] - ニコニコ大百科
宥姉の暖かい牌を集める能力はどれくらい強いのか?: 麻雀アニメ&麻雀ゲームあれこれ

 さて、全国大会準決勝での宥姉の勇姿をプレイバックしよう。

前半戦 南二局
親:宥 ドラ四萬

宥のツモ
四五五六六七 六六七 五七九九  六
萬萬萬萬萬萬 筒筒筒 索索索索  索

四五五六六七 六六七 五六七九  九
萬萬萬萬萬萬 筒筒筒 索索索索  

 宥姉は晴絵に教わっていた菫さんのクセから、自分に弓が向けられていることを察知している。六筒を切れば両面待ちのテンパイに取れるが、代わりに頭にできる九索を切る。

菫の手牌
四四四 四四四五七 二三四四四
萬萬萬 筒筒筒筒筒 索索索索索

 菫さんは五筒・七筒のカンチャンで六筒をピンポイントに狙っていたので、まっすぐ和了に向かっていたら振り込んでいたわけだ。タンヤオ三色ドラ3か。さて、シャープシュートを回避してからの宥姉のツモが凄い。

宥のツモ
四五五六七七 六六七 五六七九  六
萬萬萬萬萬萬 筒筒筒 索索索索  

四五五六七七 六六六七 五六七  九
萬萬萬萬萬萬 筒筒筒筒 索索索  

 次順、「あったか~い」の対象牌である六筒を絶好の箇所にたぐり寄せる。あったかいアンコーが完成し、九索を切って五七八筒待ちのテンパイに取る。う~む、華麗すぎる張り替えだ。菫さんは次順、宥姉を狙い打つために残していた七筒を手放して、逆に宥姉に12000点振り込むことになる。


前半戦 南二局一本場
親:宥 ドラ不明

宥のツモ
六八 六七七八八九 五五六七九  七
萬萬 筒筒筒筒筒筒 索索索索索  

六七八 六七七八八九 五六七九  五
萬萬萬 筒筒筒筒筒筒 索索索索  

 宥姉は再度菫さんに狙われている。この順目で喉から手が出るほど欲しいところにあったかい牌をツモってくる。手拍子で九索を出しそうになるが、晴絵のアドバイスを思い出してすんでの所で止める。代わりに五索を切ることで、二度目のシャープシュートも回避する。

宥のツモ
六七八 六七七八八九 五六七九  八
萬萬萬 筒筒筒筒筒筒 索索索索  索

六七八 六七七八八九 六七八九  五
萬萬萬 筒筒筒筒筒筒 索索索索  

 既に引き寄せていた五索を連打して防御。

宥のツモ
六七八 六七七八八九 六七八九  九
萬萬萬 筒筒筒筒筒筒 索索索索  

 これにて和了り。恐ろしい鬼ヅモである。……ひょっとして宥姉の待ちは、菫さんが自分の余剰牌だった九索を単騎待ちしていたという推測のもと、やがて切るであろうそれを狙い打っていたのだろうか? そうだとしたらハンターに襲いかかる肉食系お姉ちゃんかっこいい。

 ご覧のように、宥姉の勝負所における9手のうち7手にあったかい牌が関わっていたわけだ。こうしてみると、菫さんの射抜きをかわした直後に和了に向かい、あまつさえ相手に逆ねじを食らわせるなどという芸当は、宥姉の特異体質があればこそ出来たのがわかる。阿知賀女子の他のメンバーはおろか、全国津々浦々を探しても、菫さんを相手にこれほどフレキシブルかつ芸術的な反撃が出来る選手はそういないだろう。全国ランキング一位校の二番手から直取りした12000点、チームにとっては24000点分のプラスになったあの一撃は、晴絵の観察眼と宥姉の天性の合わせ技一本といったところだ。
 メタフィジカルな解説になるが、手を崩された直後に絶好の有効牌を引っ張ってくるのは、「流れ」や「強者の運」といった言葉で説明できずともない。しかし、りつべは宥姉の立ち回りに、詳細を事前に明かしている能力を絡ませることで「話の都合」「展開の都合」「主人公補正」に収斂されない強固な説得力を組み立てているわけだ。早く言えば
「菫さんは相手の手を崩させる。でも宥姉は強者だから関係なくまたテンパる!」
 というロジックと
「菫さんは相手の手を崩させる。でも宥姉なら『あったか~い』の牌効率ブーストでそこから和了を目指せる!」
 というロジックのどちらにより説得力があるか、ということだ。
 その人物固有の能力を攻撃と防御の両方で積極的に使わせることで、バトルに臨場感とカタルシスが生まれ、能力はより魅力的に映る。これは能力バトルの黄金パターンだと思う。また、既に能力を明かしている能力者が、連戦に次ぐ連戦の中で読者が想像もしなかった応用を見せたときは、質の良いミステリーを読んだときのような満足感がある。あれだよ、『NEEDLESS』で、アルカが熱のフラグメント「アグニッシュ・ワッタス」で、ソルヴァの能力である「マグネティックワールド」の磁力を、高温で磁石の分子配列を狂わせることで無効化しただろう? 私はああいうのが大好きなんだよ。あれだよ、『鋼の錬金術師』のロイとラストの戦闘で、出血多量でリタイアしたかに見えたロイが傷口を焼くことで塞いで戦線復帰し、最後はライターの着火石から次々と焔で生んでラストを殺しきっただろう? 私はああいうのが大好きなんだよ。あれだよ、『ストーンオーシャン』の終盤、プッチ神父の重力スタンド「C-MOON」と徐倫の糸のスタンド「ストーンフリー」の対決で、徐倫が垂直に落下していくアナスイを糸のロープで救出しつつその先を輪にして「C-MOON」の首に掛け、アナスイの体重を掛けることで拘束したり、触れたものを内面から「裏返らせる」攻撃を、糸の束で裏も表もない「メビウスの輪」を形作ることで無効化したりしただろう? 私はああいうのが大好きなんだよ。あれだよ、『咲-Saki-』の県予選決勝大将戦で、我らが咲さんが山を支配して相手をイーシャンテンに留める「イーシャンテン地獄」とテンパイ気配を察知する能力を持つ衣を倒すべく、カンドラを増やし、池田の手を高くして囮にしたり、衣の支配の及ばないリンシャン牌を「カン、カン、もいっこカン」で立て続けにドローして和了ったり、衣の捨てた一筒をダイミンカンして責任払いの32000点を喰らわせたりと、カンと嶺上開花の能力を駆使してあらん限りの暴虐を尽くしただろう? 私はああいうのが大好きなんだよ。
宮永咲の「嶺に咲く花(仮)」は能力バトル漫画の主人公にふさわしい能力だ

 『咲-Saki-』の「軽くて汎用性がある」能力者の代表が宥姉なら、「重い代わりに強い」能力者の代表は彼女の妹である松実玄だろう。玄の能力である「阿知賀のドラゴンロード」は名前の通り「ドラ」にのみ作用する。それを完全に支配して、自分の手に全て集めるという絶大な効果である。その支配力は凄まじく、劇中では並み居る怪物を相手にして一度たりとも破られていない(「深山幽谷の化身」の穏乃にその可能性があることは示唆されているが)。その強さの代償なのか、この能力にはドラを一度でも切ったらしばらくの間一枚たりともそれが来なくなるという重い制約が存在する。対して宥姉の能力は対象になる牌が多く(34種中20種)、厳格な縛りが無い代わりに支配力もまずまずだ。さむ~い牌もそれなりの頻度でツモっているし、あったかい牌を切っても特にペナルティはない(それどころか防御に活用している)。瞬間的な爆発力では玄の後塵を拝するが、安定度は比べものにならないほど高い。それでいて攻めに出ればそれなりの攻撃力がある。先鋒の出来を見てから、攻めと守りのどちらに重点を割くか決めることが可能だ。阿知賀の先鋒である玄は何かと安定しないので、次鋒はプレイングの幅が広い宥姉がうってつけなのだろう。
 前回の記事でも書いたことだが、「阿知賀のドラゴンロード」の強力な支配力とそれに比例するかのような制約の重さ、そして玄が能力任せのプレイが通じない強者を前にしてもドラを切れず「またみんなに迷惑をかけちゃうのかな……」とうろたえる様子からは、彼女が母親の死をまだ振り切れていないことや、阿知賀女子麻雀部という居場所に対する依存度の高さが伺えて、無性に胸が苦しくなる。上の項で語ったとおり、クラピカの「チェーンジェイル」の強さからは、彼のあまりにも厳格すぎる性質や悲しい宿命が伝わってきて心が痛くなる。私の個人的な好みだが、どちらかというとパワープレイ寄りになる「狭くて強い」能力より、変幻自在の戦いで魅せてくれる「広くて緩い」能力の戦いの方が見ていてわくわくする。しかし、前者はその制約の重さや融通の利かないところが本人の人間性や境遇に結びつき、果てはドラマツルギーへと昇華された際には、途方もない度合いの感情移入を生むと思う。

「他人を負かすのってのは
 そんな難しい事じゃあないんだ……
 もっとも『難しい事』は!
 いいかい! もっとも『難しい事』は!
 『自分を乗り越える事』さ!
 ぼくは自分の『運』をこれから乗り越える!!」

(『ジョジョの奇妙な冒険』岸部露伴)


 玄が準決勝先鋒戦のオーラスでドラを切るシーンはその最も優れた成功例だと思う。照の相手の性質を見抜く能力「照魔境」を逆手に取り、振り込みを回避してリーチの直撃を喰らわせたので、見事な頭脳プレイとも言えるだろう。しかし、それ以上に、玄がさまざまな「別れ」を経験してきた阿知賀女子の仲間たちに思いを馳せ、プレイングにおいても心情的にも拠り所にしてきた能力に「一旦お別れ」を告げたことが読者の胸を打つのである。あの途方もない感動は、玄がただただ「待つ身」であった自分自身の限界を乗り越えて、プレイヤーとしては元より、一人の人間としても大きく成長したからこそ湧いてくるものだろう。また、私は続く「帰ってこなくても、私は待ってる」という力強い宣言にもいたく心を動かされた。玄が感情を押し殺したのではなく、別れの辛さを受け入れても本質のところでは何も変わっていないこと、彼女の誇るべきパーソナリティー……仲間や家族を思い続けるやさしさ、意志の強さは何ら失われていないことが伝わってきたからだろう。
 クラピカもいずれは自らを縛る「鎖」の能力に決着を付けるのだろうか? 彼の落としどころは非常に気になっているのだが『HUNTER×HUNTER』の連載はいつになったら再開するのだ。

まとめ
 能力バトル漫画には大別して「軽くて広い」能力と「重くて強い」能力が存在し、名作と称される作品は総じてその二つを魅力的に描き分けている。その観点において『咲-Saki-』は『ジョジョの奇妙な冒険』『HUNTER×HUNTER』などに比肩すると私は思っている。りつべこと小林立の麻雀(闘牌から古役の知識まで)や伝奇(名前の遊びからオカルト能力まで)に対する造詣の深さはよく知られるところだが、能力バトル漫画の王道をしっかりと踏襲していることも評価されてほしい。

4757517823咲ーSakiー 1 (ヤングガンガンコミックス)
小林 立
スクウェア・エニックス 2006-12-25

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4088725719HUNTER×HUNTER 1 (ジャンプ・コミックス)
冨樫 義博
集英社 1998-06-04

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