2013年07月13日

岡橋初瀬を再評価する 阿知賀編に見る友人関係のもどかしさ

 今回語るのは晩成高校一年生の岡崎初瀬についてです。初瀬は主人公校のメンバーでもなく、ライバル校のレギュラーでもなく、闘牌描写すら全くない、いわゆる脇役の一人なのですが、彼女が劇中で果たしている役割は意外なほど大きいと思います。主に友人である新子憧のバックグラウンドを補強する存在として。

 初瀬が初登場するのは『阿知賀編』第三局「接触」です。しずと憧は特打ちの帰り道(アニメだと休憩時間)にコンビニに立ち寄りますが、そこで晩成高校の制服を着た二人組を見かけます。そのうちの一人が阿太峯中で一緒に麻雀をしていた初瀬であることに気付いた憧は「おっひっさしぶりー! げんきー?」と純粋に旧友との思わぬ再会を喜ぶ調子で話しかけます。しかし、フランクなノリの憧とは対照的に、初瀬は最初「おまえ…なんで…」と言葉に詰まり、直後に「なんで晩成に来なかったんだよ!」と声を荒げてしまいます。憧も思わず「あら…」「いやぁ…」と面食らうくらいの剣幕です。その後の「あそこ今麻雀部あるの? ここ数年エントリーすら見てないよ!」(やる気あるのかよ!)「まさか晩成だとレギュラー入るのが難しいからって…」(まさか逃げたのかよ……)と汗をかきながら言う様子からも、憧が自分と同じ晩成ではなく阿知賀に行ったことに動揺して荒れているのが見て取れます。
 このシーンにおける初瀬の反応から何が分かるかというと、彼女と憧がよい友人関係もといライバル関係にあったということです。私もこの年(26)になってしみじみ思うのですが、自分のために本気になって怒ってくれる人がいるのはとても素晴らしいことです。その怒りの矛先が他者であっても、自分自身であっても。怒るという行為は恐ろしくエネルギーを消耗します。人間、自分にとってどうでもよい人や物に対しては怒ったりしません。基本的に無関心です。もし初瀬にとって憧との付き合いが上辺だけのものだったら、ここでの反応は「ふ~ん、まぁ、収まるところに収まってよかったんじゃない?」という程度だったと思います。初瀬にとって二人で切磋琢磨した時間が本物だったからこそ、あの様に感情を露わにしてしまったのでしょう。

 「人を知りたければその友人を見よ」という言葉があるように、友人はその人のパーソナリティやコミュニティにおける役割を映す鏡です。初瀬のただ事ではない怒りと動揺からは、憧が阿太中でも良好な人間関係を築いて確固とした居場所を持っていたことが分かります。このことは『阿知賀編』3巻収録の番外編でもはっきりと描写されていますね。部室で初瀬たちと歓談する憧の表情は実に生き生きとしています。このシーンにおける憧の打ち解けた様子の笑顔と、それを見て乗り込む気勢をそがれた和たちの表情の対比は見ていて胸が詰まります。人生経験豊富なアラフォーあぐり先生の面目躍如といったところでしょう。

 それにしても、憧の対人スキルは射程距離が広いですね。彼女は阿知賀こども麻雀教室でも玄と同じくらいの人気者でした。年下の子どもたちに「アコちゃー」とあだ名で呼ばれて引っ付かれてましたし、今でもテレビに映ると応援団がちょっとしたお祭りムードになります。そして大人しい子の多い阿知賀女子では珍しく、ライバル校のメンバーにも果敢に絡んでいきます。特に全国でも十指に入るくらいの実力者であるセーラとタメっぽくやり合い、成績でも食い下がっているのは驚嘆に値します。その実、試合前に震えていて宥姉からパワーを分けてもらってるのもギャップでかわいいですが(ぼそっ)。

 憧の初瀬とのやり取りや、随所で垣間見えるコミュニケーション力の高さから分かることがあります。憧が阿知賀へ戻ってきたのは、決して新天地の阿太中で居場所が作れなかったからではありません。人恋しさで感傷に流されたからでも、麻雀の優先順位が下がったからでもありません。彼女は前向きに、全力で前傾で、しずたちと麻雀をより「楽しむ」ために阿知賀女子へと参戦したのです。こういった彼女の目的意識の高さは、仲間と別れて麻雀が盛んな阿太中に進学したときから一貫していると思います。

 初瀬と憧の関係については、動画のコメントなどで「本当に仲がよかったなら連絡して進学先を教えてもらえよ……」という意見も見かけました。どうでしょうか、私は親友でライバルだと思っている相手ならなおさら簡単に連絡できないじゃあないかと思います。友人関係にはパワーバランスがありますよね。自分が同等だと思っている相手だからこそ「あいつが連絡してくれないのになんで私から聞かないといけないんだ! あいつからするのが筋だろう!」とつい意地になってしまう。新しい環境に慣れるのに手一杯で連絡がおっくうになり、後ろめたさで連絡が取りづらくなる。間が開いてしまうとさらに気後れしてしまう。こんな負の連鎖が続いて、いつの間にか疎遠になってしまう。こんなもどかしい経験は誰しもあるのではないでしょうか。私も記事を書きながら悶えております。そういえば、しずもテレビで和がインターミドルチャンピオンになるのを見たときに「いや…プライドか何かがそれを許さない」と連絡するのをためらっていましたね。その和も転校した後にしずたちへ手紙を書こうとして、どうにも筆が進まない描写がありました。人の付き合いは儚く、時間は残酷です。どれだけ仲が良くても、同じ空間とアクティビティを共有しなくなった人間とは段々と繋がりが薄れてしまいます。仲違いをしたわけでもない。誰が悪いわけでもない。なのに「何となく」でそうなってしまう。酷なようですが、それが真理なのです。
 だからこそ、たとえチームが分かれていも、ポジションがうまく噛み合わなくても、友人と再び同じ場所に集い、全国の頂点という共通の目標に向かって戦うことの出来るインターハイは、彼女たちにとって夢のような舞台なのでしょう。そこでは気後れももどかしさもありません。変な意地も必要ありません。あの場所においては、一心不乱に、あらん限りの力で戦うことのみが友情の証明になるのです。『阿知賀編』の不器用で口べたな少女たちにとって、遠慮を取っ払って友人と「遊ぶ」ことの出来るインターハイは、まさに「お祭り」なのだと思います。
 『阿知賀編』は友情の素晴らしさを説く一方で、友人関係の機微や難しさももの凄くリアルに描いていますよね。我が身を振り返って、色々と思うところがあったのは私だけではないでしょう。だからりつべ学生時代ぼっち説には異を唱えたいですね(?)。

 初瀬は阿知賀と晩成の試合前に、我らが王者、小走先輩に対して猛烈なエールを送っています。そらもう口角泡を飛ばす勢いで。ここには「憧のチームなんか負かしちゃってください!」という恨みがましいニュアンスが多少なりともあるのではないかと思います。人間なのだから、独占欲や嫉妬めいた感情も持ち合わせている方が自然です。しかし、いざ阿知賀が晩成を下して、そのままの勢いで奈良県大会を制すると、遺恨めいたものを残さずに快く見送りに来てくれる。その後も憧の実家にお邪魔してテレビの前で応援してくれる(望さんと仲良くなる下心もありそうですが)。そこが初瀬の良いところですよね。あれは憧が県予選で見せた打ち筋から、彼女のひたむきさは中学時代から全くかわっていないこと、彼女が勝負から逃げて阿知賀に行ったのではないことが伝わってきたから、素直に応援できるようになったのだと思います。全国への見送りの時に、憧の手を触ってマメを確認しているのがミソですよ。
 初瀬は全国の舞台で戦うことこそ叶いませんでした。しかし、かつての相棒である憧に思いを託し、真摯に応援することで、彼女もあの「お祭り」へ参加しているのでしょう。

 岡橋初瀬は単体でも面白いキャラですし(憧の腕を取る仕草や、子どもたちに混じってちゃっかり実家にいるところが色々とあやしい)、この人を通して憧の人となりや目的意識がよりはっきりと見えてくると思います。筋金入りの原作厨である私はアニメ『阿知賀編』に対して色々言いたいことがあるのですが、初瀬という良キャラを全国大会出陣の前に回収した点だけで賞賛されて然るべきだと思っています(原作では県予選の応援席でメガホンを落としてから、全国大会準決勝中堅戦のオーラスまで出て来ません)。

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tags: 咲-Saki- 考察 百合 

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