2014年05月24日

新子憧は変態淑女にあらず、いとけない少女なり

 まじめな『咲-Saki-』考察記事を書くのは久しぶりだ。今回の記事では、アニメオリジナルならぬ原作漫画にしか存在しないエピソードを紹介しつつ、阿知賀女子中堅の新子憧に対する「変人揃いの咲-Saki-キャラでも屈指の淑女」という偏見を払拭したいと思う。
 一般的に、アニメ『咲-Saki-(通称一期)』『咲-Saki- 阿知賀編 episode of side-A』『咲-Saki- 全国編』は原作に忠実なメディアミックスだと言われている。かく言う私も、原作をほぼほぼ踏襲した脚本に、りつべが紙面や体力の都合、展開などを優先して削ったとおぼしき要素、説明が極力省かれている原作の脚注代わりにアニメスタッフが補完した要素を加えたのがアニメ『咲-Saki-』の基本スタイルだと思っている。原作から削られている展開はおろか、台詞すらほとんどない。基本的にはアニメ『咲-Saki-』の方が情報力が多い、ということで見解の一致を見るだろう。ときどき、親切心から付け加えたであろうアニオリ要素が原作のリズム感や情緒を損ねていて残念に思うこともあるのだが、今回の趣旨には関係ないのでまた次回にでも。
 『咲-Saki-』のアニメオリジナル要素で興味深いものを挙げればきりがない。一期アニメから例を挙げれば、県予選前日の部長とまこのやりとりだ。二人っきりで歩く夜道というシチュエーションと、気の置けなさが伺える会話が久まこ派のハートを熱くするぜ。あの熟年夫婦感は部キャプや久かじゅにはない魅力だ。『阿知賀編』なら、例えば憧の阿太中時代の友人である初瀬に関するエピソード追加だ。原作の初瀬は小走先輩の試合中にメガホンを落としてからぱったりと姿を消し、本編に再登場するのは準決勝中堅戦のオーラスになってからだ(いちおう、過去編である番外編には登場している)。しかし、アニメでは早くも阿知賀女子がインターハイへ出立する際に見送りに来るのである。あそこでの憧の手を取りつつ真摯に語りかける様子や、ちゃっかり憧の家にお邪魔している様子からは、初瀬が憧のことを強く意識していただろうこと、そして憧が新天地でも持ち前の対人スキルを発揮していたことが読み取れる。初瀬は単体でもなかなか面白いキャラだし、この人を通して憧ちゃーの資質や辿ってきた軌跡が透けて見えるので、この描写追加は大正解だったと思う。『全国編』なら、例えばシロやエイスリンのアバター(能力ビジュアル)追加だ。エイスリンについては思い描く理想が具体的に描写されたことで支配の範囲が判明したし、鬼姫様と同じタッチの可愛らしいビジュアルが加わったことで能力の凶悪さがより強く印象づけられた。シロは波紋のエフェクトが彼女の幽玄さと底知れなさを演出していたし、和了に向かって展開されていく霞さんの解説も場を盛り上げてくれた。特に「私たちが山から下りてきたこの時に、同じく山の中から下りてきた彼女たちがいたのはただの偶然なのかしらね?」の部分、シンクロニシティと言う現象が好きな人間にはたまらなかった。それにしても、シロは対局中の描写が格好良ければ良いほど、だらけている時とのギャップが活きてくるよね。つくづくおいしいキャラだ。
 ことほどさように、アニメオリジナルの魅力的な要素は枚挙に暇がない。しかし、それらに比べたら数が少ないが、逆に原作にしか存在しない面白エピソードもちらほら存在するのである。その内、今回研究対象にするのは『阿知賀編』の単行本カバー下に掲載されているおまけ漫画の、憧と穏乃と和と衣装交換をめぐる二本のエピソードだ。
 この新子憧はいわゆる変態淑女のレッテルをはられている……。憧ちゃーは物語のかなり早い段階から、しずへの愛が重い人だと見なされていた。曰く、しずの電話一本で順風満帆だった進学コースを蹴って阿知賀に進学を決めたのは、友達思いで頼りになると思う一方で、駆けつけるタイミングが良すぎるのも相まって微妙に怖い。曰く、インターハイ二回戦後、晴絵に突き放されたことで暗くなりかけたチームのムードを打破すべく「ラーメン食べたい!」と切り出したシズを見守る、涅槃に達したかのような慈しみの微笑みが逆に怖い。曰く、キャラクターソング「Live A-Life」の歌詞にあるシズトークがちょっと重い。そして、憧ちゃー淑女説の決定打になったのが、インターハイAブロック準決勝大将戦前に、なんだかよくわからないロジック(NYL)を展開してしずからジャージを剥ぎ取った一件だ。
新子憧 偏差値70は余裕系女子のロジック

「待った」
「え?」
「千里山の江口セーラ……
 浜名湖で見たときの格好おぼえてる?」
「全然!!」
「あの人 普段とかインタビューでは学ランなのに
 試合ではちゃんと制服なんだよね」
「………」

「??」

「だからシズも制服を着て試合しなさいってコト!」ぽんっ
「えー」(汗)

(『阿知賀編』第17局「大将」)


>「あの人 普段とかインタビューでは学ランなのに試合ではちゃんと制服なんだよね」
 うん、それは知っている。
>「だからシズも制服を着て試合しなさいってコト!」
 うん、強引ではあるがいちおう筋は通っている。
>「だからあたしが今着ている制服とシズのジャージを交換しなさい」
 これが偏差値70は余裕系女子のロジックだ!

穏憧と魔物の数字(100速の穏、高校100年生の淡、100巡先を視る怜)について真面目に語る


 以前の記事で語った通り、突っ込み所が満載である。三段論法の三段目が完全に明後日の方向に飛んじゃっている。そしてしずのジャージを着込んで超! エキサイティングするならまだしも、静かにアルカイックスマイルを浮かべていて、傍目には……何というか、その……そら恐ろしい。
 このシーンにおける憧の思考回路がさっぱり分からず、憧をサイコ淑女に認定してしまった人も多いのではないかと思う。しかし、実はこの場面において憧が何を思っていたのか明らかにするエビデンスが存在するのだ! それがさんざん前振りしてきた、単行本にしか存在しない要素の一つ、カバー裏のおまけ漫画だ。

(※憧、しずのジャージを着用しつつアンニュイな表情
 和がしずのジャージを着て、ファスナーが壊れかけたことを思い出しつつ)

(きつくない)

(『阿知賀編』6巻カバー裏漫画)


 ここで憧が回想しているのが、これまた『阿知賀編』1巻のカバー裏漫画の件である。

(※小学生時代のしず、憧、和)
ぜーはー ぜーはー
「早い…」
「フフフ あたしらの足に付いてくるとは
 やるね和!」
「健闘をたたえてユニフォーム交換だ和!」
「!? なんでですかっ」
「まあまあ」「まあまあ」

ど お ん っ
(※しずのジャージを来た和、和のふりふりな服を着た穏乃)

(すごい!! おそろしく似合わない!!!
 特にしず)

「ム…ムネがきつい…!」みしみし…
「ファスナーが!!」

(『阿知賀編』1巻カバー裏漫画「咲阿知賀編残念物語」)


 もし憧が性的なあれやこれやを主目的にしていたなら、衣服に残るしずのフェチなあれやこれやで頭がいっぱいでないとおかしいだろう。しかし、なりふり構わずしずの衣服を身に纏った彼女の頭に浮かんでいたのは、幼き日にしずと和と遊んだ記憶だったのである。ここを一般的な作劇の作法で読み解けば、憧が凶行に及んだ動機はこの小学生時代のユニフォーム交換遊びにある、ということだ。
 三人組、ことに腐れ縁の二人に後から一人が加わった形態のそれにおけるパワーバランスは、なかなかどうして難しい。加えてその一人が綺麗な上になかなかのものをおもちで、彼女らの共通の価値観である麻雀がべらぼうに強いときたもんだ。憧は三人で遊んでいた当時、自覚していたかどうかは分からないが、和を強く意識していて、対抗意識めいたものを持っていたと私は思う。それが最も強く表れているのが、麻雀で強くなりたい子が選ぶ阿太峯、インターハイに出れば三人で遊ぶことが出来る阿知賀、という彼女の進学先ではないだろうか。進学という将来の選択肢に関わってくる重大イベントの指標になるというのは生なかではない。また、速度重視のデジタルという闘牌スタイル、髪型などのファッションからもそれとなく伝わってくる。思えば「憧」という彼女の名前も象徴的である。和は自分にとっても、そして何よりしずにとっても親友で、だからこそ負けたくない。憧がそんな想いを抱いていたのは想像に難くない。ああ、甘酸っぱい青春の匂い。
 こうした三人の関係性を鑑みて、導き出される結論は一つ。憧はあの時、和としずのちぐはぐな服装にあきれた風でいながら、内心では「あたしたちはなかよし三人組のはずなのに、しずと和だけ特別な遊びをしていてずるい! あたしも同じ遊びがしたい!」と子どもらしい嫉妬をしていたのだ! 他人からすればどうでもよく思えることも、三人組の当事者で、ちょっぴりおませな憧にとっては重大事だったわけである。それは長年彼女の心に引っかかったままで、あのような絶好のシチュエーションが整った結果、想いが噴出してしまったというわけだ。なんとも微笑ましいではないか。しかし、何年も引きずるような想いをその場で口に出せず、後でこっそり実行してしまうところがいじらしいねぇ。憧ちゃーヘタレかわいい。
 もう一つ、憧ちゃー変態説を覆す証拠を提示しよう。今一度、しずのジャージを着込んだときの表情をご覧いただきたい。
うむ
 この澄み切った表情のどこに性的なニュアンスがあるというのだ?(反語) 私はそれとは真逆の、あどけない少女の笑みという印象を受けた。
 上述の動機に関する推理と、この満面の笑みを見ても、皆さんはまだ憧のことを「変態! 変態!」と言えるだろうか? 私は口が裂けても言えないな。……。いや、ひょっとすると……どうかすると……千に一つ、万に一つの可能性で……憧ちゃーも年ごろの女の子だから、相棒の脱ぎたてホカホカな着衣を着込むことで一体感を得ると同時にぬくもりとかほりを全身で感じ取ったり、相棒に自分の服を着せて自分色に染め上げたりすることで性的昂揚を得ようという目論見もなきにしもあらずだったかもしれない。衣装を交換した様子を全国放送のカメラに映すことで穏憧ジャスティスを世に知らしめようという魂胆も、雀の泪ほどはあったのかもしれない(初瀬は泡を吹いて倒れたかもしれない)。しかし、それらはあくまで本来の目的に付随するおまけ……もののついででしかなかったのだ! たぶんそうだ。きっとそうだ。十中八九そうだ。そうに決まっておろう。よし、決まり。……え゛っ? 「うむ。のところは一瞬でヘブン状態に到達して速やかに賢者モードへシフトしたのでは?」「試合後に服を再交換して『憧の体温であったかい!』『何言ってるの』のところの表情はどうなんですか?」だって? 言い掛かりはやめるのですボクたち!
 以上を以て、新子憧は決して変態淑女ではないこと、むしろ頑是無い少女であることの証明が終了した。QED。

 やくたいもない冗談はさておき、今回紹介したエピソードは物語内の歴史を感じさせるものだし、憧の中でしず、和と遊んだ時間が大きなウェイトを占めていることが分かる点も面白いと思う。カバー下漫画の原案が、りつべだったら流石だと、あぐりだったらタヌキGJと言わざるを得ない。
 このような原作限定の愉快な要素はまだまだ存在するので、折に触れて紹介していきたいと思う。

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コメント

あの偏差値70over的なジャージ奪取で
円光をIPSで上書きか?と勘ぐってしまったけど
表紙裏はナイスフォローと感じたものです
あとクリアすべき課題はジャージの丈の長さですなw

おとなもこどもも、おねーさんも、ふたたび!

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