2016年10月30日

NEW GAME! 得能正太郎 レビュー・感想 お仕事も夢もがんばるぞい!

 私が日常系ゆるふわギャグ漫画に設定している期待値をかなり超えて面白かった。

 私は『NEW GAME!』原作1巻を割と早いうち(「今日も一日がんばるぞい!」が熱病のように流行る前)に読んでいたのだが、「なにこれ、オチはどこにあるの? ただパンツを丸出しにすれば喜ぶとでも思ってるの? ふざけてる」と速攻でうっちゃっていた。しかし、いつの間にやらアニメ化されていて、ニコニコ動画での放映をごはんのお供程度にぼけら~っと見ているうちに、次第次第に面白くなってきてしまい、気付いたときには原作を全巻買わされていた。自分の実体験で言うと『ゆるゆり』とだいたい同じパターンである。

コウりんはいいものだ、たぶんなによりもいいものだ
 私と同様に、原作の序盤やアニメの一話は眉間にしわが寄るほどつまらなかったのに、話が進むに連れて一人また一人とキャラクターに思い入れが生まれてしまい、気付けば話にも入れ込むようになった、という人は少なくないだろう。あのフィーリングを表す的確な言葉がないか考えていたのだが、奇しくもDG-Law師匠の『ゆるゆり』評に「わが意を得たり」という表現を見つけたので、引用させてもらおう。「重ね芸」だ。この作品はネタの積み重ねで魅せるのが図抜けて巧いのだ。
 前半に書いたが、コウがやにわにパンツを開陳したところで、さっぱり嬉しくないし面白くもない。特に意味のないサービスシーンと言えばそれまでだが、即物的かつお下劣で官能の表現としては下の下である。しかし、あれが単なるヨゴレ仕事で終わらないのは、常識人枠であるはずのりんが感化されてパンツ丸出しペアルックをしてしまったり、青葉が泊まりの日にある意味パンツ姿よりインパクトのあるくまった寝袋で逆にコウを驚かせたり、入社一年後にはコウのパンツに何の疑問も感じてなくなってしまったことで「変な会社」の立派な一員になったことが表現されたりと、重ね芸の「フリ」として昇華されていくからだろう。また、話を読み進めてコウのずぼらで大らかな人となりがわかってくると、不思議と「この人は本当にしょうがないな」と少し温かい目で見られるものだ。
 りんにしても、相方(コウ)への愛が重すぎて暴走するいう面だけ見れば、萌えアニメに一人はいる「百合キャラ」の量産型でしかなかった。りんがそんな印象を持たせないのは、まず視野が広くて人間の完成度が高いからだ。ディレクターとして管理の仕事もメンバー個人のケアもそつなくこなして、周囲の人間の信頼も厚い。基本的に穏和で優しいが、問題点はきちんと指摘する公平性がある。どのように小さい善でも賞せざるはなく、同様にどのように小さい悪でも叱らざるはなし、といったあんばいだ。そんなほとんど完璧超人に近い人のに、大好きなコウちゃんが絡むとどうしても冷静さを欠き、子どもじみた言動や大人げない行動を取ってしまう。そういったギャップ、コントラストが巧く表現できているからこそ微笑ましく、嫌味がないのだろう。それと、ただただ彼女を盲目的に慕うのではなく、時には叱咤してお尻を叩き、時にはそっと寄り添って相談に乗る、そういった内助の功があるところもポイントが高い。コウがキャラデザのコンペで結果が芳しくなく、思わず青葉を突っぱねてしまったことで落ち込んでいるのを諭すところなんて、長年連れ添った風格が感じられたぞ(あのシークエンスについては記事の後半で掘り下げる)。
 ひふみにしても、極度の引っ込み思案だがネット上では饒舌という性質はありがちで、単体ではあまり目新しさはない。これもキャラデザ班の蒼々たるぽんこつたちの中で発揮されるから面白く、またひふみにコミュ障な自分を少しずつでも変えたいという思いがあるからこそ、テンプレから変化していくのだ。ときに、みなさんが『NEW GAME!』でもっとも笑ったのはどのエピソードだろうか。私は、りんがコウとひふみとのやり取りからいらぬ深読みと嫉妬をして、ひふみんがそれを取りなそうとメッセで悪戦苦闘する話「#46 苦手な人付き合い」(通称肉じゃがメッセ回)がいっちゃんお気に入りだ。この作品はあまりドッカンドッカン笑いを取っていくタイプの作品ではないが、あそこには腹を抱えて笑ってしまった。あの話の何がよいかって、コウちゃんのにぶちんっぷり、りんちゃんさんの焼き餅妬きっぷり、ひふみんのメッセ上での変なテンションという三者三様の性質が影響し合ってコラボレーションし、それぞれの空回りがさらなるカオスを引き起こしているのがよいのだ。重ね芸の極致と言っても過言ではない完成度だったと思う。
 青葉のひとり言や、うみこの話の長さについても同じだろう。2巻表紙裏のおまけ漫画「くまったくまった」を単体で見ても、正直言ってじぇ~んじぇん面白くないが、社員旅行の回で青葉のあれを「いつも皆に気を使って疲れているんですよ…」(うみこ)「ただの素じゃないの?」(コウ)と変な人の代表格たちが自分らを差し置いて品評しているのはどうにもおかしい。うみこの困った性質も、ひふみがコウとりんのケンカ(という名の茶番百合)を取りなしてへばっているところに、追い打ちの形で被せられるとクスッと来る。
 つまるところ、変ちくりんな人がこれまた変ちくりんな人たちと一緒に生きているという、エピソードの積み重ね(BY『咲-Saki-』)による空間表現が心地よかったのだと思う。そういった空気が表現されている日常系漫画は、自然と評価されていくのだろう。

「青(コウ)いいよね」「いい……」プロ同士多く語らない
 この作品のハイライトとして、新作ゲームのキャラデザコンペで評価された青葉が、逆に全ボツを喰ったコウに刺々しい対応をされてぎくしゃくするくだりを挙げるのは私だけではないだろう。あれはもし、青葉とコウが形式的な先輩後輩であり、青葉が単なる(と言っていいのだろうか)実力差によって責任ある立場に抜擢されたのだったら、話は単純であった。何がこの問題をセンシティブにしているかと言えば、青葉にとってコウはその道を志すきっかけとなった憧れの人で、上司としても尊敬できる人間で(コウにとっては慕ってくれるかわいい後輩で)、同時に同じ会社に在籍するクリエイターとして感性で勝負するライバルでもあることだ。それは憧れの人と一緒に働くことを選んだ青葉の宿命とも言える。そして、芸術や創作というのは得てして、一つのひらめき・発想がスキルの差をひっくり返すことがある(あのコンペはその典型例だろう)。だから単純に実力の結果だと納得できない部分はあると思う。コウには当然クリエイターとしての自負や矜持があるだろうし、誰にだってよい仕事でよい評価をもらいたいという欲求はあるはずで、青葉に思わず声を荒げてしまったことを糾弾は出来ないだろう。コンペの直前に、コウの仕事ぶりを見た青葉の「今までずっと好きな絵だったのに、悔しい……」という想いが書かれていたのは、ちょっとした伏線だったわけだ。さらに深読みすれば、あれは青葉が守破離(しゅはり)の守の段階を超えつつあることも表している。
 コウは自分が若くしてメインのキャラデザに抜擢されて先輩たちと衝突した苦い経験を振り返り、りんのさりげない後押しも受けて、自分が成すべきことを今一度考える。コウの歩み寄りによって二人は元の鞘に戻り、キャラデザインの仕事は青葉がメインで行い、コウがサポートしていく形で進めていくことに決める。大げさな表現かも知れないが、「くやしい」「妬ましい」という感情を超克して、社会人としても、クリエイターとしても、さらなる一歩を進めたのだ。「嬉しいこと悔しいこともぜんぜんぶ 力に変えて前向いた」ことで「限界塗り替えてい」くことが出来たのだ。
 ここで、青葉とコウが二人で出した答えを「しょせんお花畑だ夢物語だ、社会も仕事もそんなに甘くない」と思う人もいるだろうし、「であればこそ、二人は人との巡り合わせに恵まれたことを天に感謝するべきであり、互いに信頼関係を築けていたことを何より誇りにするべきだ」と思う私のような人間もいるだろう。それはもう、甘っちょろいフィクションに対するスタンスの違いや、人や仕事や創作といったものに対する価値観の違いでしかないと思う。

「…私 八神さんには感謝してるんですよ」
「?」
「仕事もたくさん教わりましたけど、いつもさりげなく声をかけてくれて
 それが私… とっても嬉しかったんです」
「昔の八神さんがどんな人だったのか私は知りません
 でも少なくとも…」
「少なくとも今の八神さんは 私の尊敬できる上司です!」

(#25 ステップアップ)


 青葉のコウに対する信頼を端的に表す独白だが、ここは御大の実体験に基づく台詞ではないだろうか。私はフィクションに現実は持ち込まない主義なのだが、この言葉にはうんうんと一人でうなずいていた。そうなんだよ、そのさりげないことこそ人間関係の要であり、人は大人になるに連れて何故かそれが下手になっていくんだよ……。
 これは完全に余談になるが、あのコンペでの衝突のシークエンスが私の心に重くのしかかった理由の一つに、いたるがKeyを退社した一件があった。いたるがインタビューで、退社を決めた要因の一つに、後輩であるところのNA-GAが自分の目標であったオリジナルアニメのキャラデザの仕事を先に取ってしまったことを挙げていたのだが……。
樋上いたるさん、ビジュアルアーツを退社! | アニメイトタイムズ
 私はバ鍵っ子とはいえあくまで作品の信者であり、スタッフの人となりや人間模様は知るところではない。それにしたってアンタ「後から入ってきた原画の人」って……。というわけで、個人的にタイムリーな主題で、いろいろ思うところがある分感慨もひとしおであった。
 もう一つの山場である、会社の宣伝方針でキービジュアルをコウが描くことが決定し、青葉が自分を納得させるために半分出来レースのコンペに挑むところも、胸に迫るものがあった。コンペの数日前とおぼしき深夜に青葉がコウの作品を見せてもらうところは、何を言わせずとも青葉の表情がコウの実力に打ちのめされたのを伝えていて、ストレートに胸を打った。青葉のぼろぼろに泣き崩れる顔も、それでも顔を上げて描ききろうとする屹然とした顔も、真に迫っていた。そしてコウの、泣き崩れる青葉を抱き留める真剣な面持ちや、最後の仕上げに取りかかる青葉を見守る柔和な表情は、彼女らの想いを言葉よりも雄弁に語っていた。コンペの本番の様子がさらっと省略されていたのは、青葉が完膚無きまでに負けたことを表現しているのだと思うが、全力で胸を貸してくれたコウに対してしこりなどあろうはずが無く、二人の表情はこの上なく晴れやかだった。キャラデザのコンペでの諍いを乗り越えて、二人の信頼がさらに強くなっていることを表す素晴らしいエピソードだったと思う。
 『NEW GAME!』はアニメ化された2巻までの内容でも充分に良作のギャグ漫画として認定されると思うが、本格的にシリアスパートにも取り組んだ3巻以降の出来で、もう一つ上の水準に到達したと個人的には思っている。

「一番気に入っているのは」「何です?」「はじゆんだ」
 『NEW GAME!』の美点の一つは、人が人に惹かれるところ、心を動かされるところを説得力を以て描いていることだ。御大が脚本を担当しているアニメオリジナル回の9話でゆんが「ウチが遠山さんやったら、惚れてまうかも~」と言っとったでしょ。あれだよ! ああいうことなんだよ。それは風邪を引いているのに無理をするりんを連れ帰るために自分も早退し、いつものお返しとばかりにまめまめしく看病するコウの姿である。うみこの強引さに困っていたひふみを、いつにない強引さで連れ出して助ける青葉の姿である。青葉がキャラデザの立場に困惑して空回りしているのを察して、普段はお昼を取らないのに食事に誘って親身に相談に乗るひふみの姿である。青葉のことを時にケンカをしてしまうほどに心配していて、バイトの最終日には上司であるコウにしおらしく頭を下げるねねの姿である。ねねの落ち着きの無さに頭を悩ませつつも、着眼点のよさや頑張りについてはきちんと認めて、以後の進路をサポートするうみこの姿である。そして、ムーンレンジャーのイベチケを取るためにサボっていたはじめをたしなめつつ、突き放すのではなく昼食を調達してあげたりイベントの参加を融通してあげたりもするゆんの姿である。はじゆんキテル。
 この作品ほど、カップリングについて「コウりんは原点」「青コウが俺のジャスティス」「僕の見つけた真実は青ひふ」「はじゆんはメガ粒子レクイエムシュート」と気兼ねなく書ける作品もそうそう無いが、その心はこういったエピソードの堅実さに尽きると思う。

私、ねねごん好き! バアァァァァァン
 『ゆるゆり』の感想を読んでもらえばわかる通り、私はドが付くほどの原作厨だ。そんな私でも『NEW GAME!』のアニメはべた褒めするしかない。原作が好きならば絶対に見て損はない、と請け合っておく。私は好きな作品のアニメを見ていると、だいたい演出の過不足や間の表現などが自分の脳内映像と食い違っていていらいらしっぱなしになるのだが、この作品はそういったことがほぼ無かった。原作があまり動きのない形式的な四コマ漫画ということも影響していると思うが、スタッフの手腕と原作愛が一番の要因だろう。
 原作の補完という観点だと、もっとも大きいのはねね、うみこ、葉月といった準主要キャラクターの出番が多くなり、話に絡んでくるタイミングも早くなっていることだろうか(特に葉月)。ねねっちとうみごんのやり取りが増えていたのはよい仕事していたし、ねねの着眼点のよさが強調されていたり、奇っ怪な行動のフォローがされていたりするのもえがった。原作でねねがコウのプリンを食ったのははっきり言って意味がわからなかったが、アニメだと取引先のお中元が余っているから食べてよいというやり取りが挿入されていて間接的なフォローになっていた。葉月がふらふらっと青葉たちのところにやってくるシーンは、毎度毎度エキセントリックさを遺憾なく発揮するのと同時に、ディレクターとして一歩引いた立場から、青葉たちの仕事っぷりから人間関係までをも見守っているのが伝わってきた。イーグルジャンプの「変な人の見本市で困りものだけど、よい人ばかりで働くには悪くないところ」という印象をさらに強めることに成功したと思う。
 映像表現という観点だと、基本的にデスクワークが中心で人の動きがそこまで激しくない分、色んなところに力を入れていると思った。特に印象に残っているのは、若手三人がコウに促されて東京ゲーム展に行くエピソードだ。まず『FAIRIES STORY3』の嘘OPは「誰がここまでやれと言った」という力の入りっぷりで笑った。そして、自分たちの作品のPVで、青葉がデザインしたソフィアちゃんが主人公に守られ、ゆんが作り上げたグロテスクなモンスターが、はじめが付けたモーションでおどろおどろしく動くのを見て感無量になるところ。あそこは動きを得たからこその迫力があり、ひいてははじめたちが受け取った感動が倍増しで伝わってきた。他に何気ないところだと、劇中作の開発画面やデバック画面は本格的に作り込まれていて、見て楽しいだけでなくもっともらしさを演出していた。青葉とゆんが寝坊をして会社まで走る話は、青葉のダバダバ走りが実際の動きを見るとあれだけでちょっと面白かった。それと、最終話で青葉がコウに思いの丈を語り、手をとるのと同時にエンディング曲が入って、二人の髪がドラマチックにはためくところ。あそこで風が吹く必要性も外的要因も無いはずだけれど、ああいったケレン味や遊び心は嫌いじゃあない。
 そう言えば、『NEW GAME!』の知名度を劇的に上げた「今日も一日がんばるぞい!」についてだが、あれの乱用を封印したのはアニメスタッフや原作者の意地だったのかなと。制作の動画工房は『ゆるゆり』の一期を担当したところだと聞いて、「\アッカリ~ン/」のごとく毎週アバンでぞいぞい言うのかと身構えていたが、案に相違してそんなことはなかった。話題性だけでなく内容の充実度で勝負をして、じっさいに(少なくとも私相手には)勝利を収めたことには、心からの賛辞を贈りたい。
 あと、『咲-Saki-』勢としては美少女の作画が最後まで安定していたのは素直にうらやましかった。

まとめ
 結局、突飛なキャラによる日常系ギャグ漫画が「かわいい」「おバカ」だけで終わるか、はたまた面白おかしさ、暖かさ、切なさ、去りがたさを空間表現できるかどうかは、エピソードの確かさと人との関わりに掛かっていると再認識させられる作品だった。新刊のストックが溜まるのとアニメ二期の一報が入るのを一日千秋の思いで待つ。

NEW GAME! 1巻 (まんがタイムKRコミックス)
得能正太郎
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NEW GAME! 4巻 (まんがタイムKRコミックス)
得能正太郎
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tags: 百合 

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