2018年09月14日

のんのんびより ご注文はうさぎですか? きんいろモザイク いいかげんなレビュー・感想

 本棚の整理をするため、積みっぱなしだった有名どころの日常系ゆるふわ百合漫画を雑に十把一絡げにして消化する。アニメ化された作品だけあって女の子はとてもかわいく、やりとりはほのぼのとしていて、キャラクターの中に恋愛寄りの強い感情を持っている子がいるのは共通している。しかし、やはりというか何というか、食い足りなかった。

 私は何も、あまねくエンターテイメントに重厚なビルドゥングスロマンや胸を打つラブロマンスや手に汗握るストーリーテリングがなきゃあダメだなどど言うつもりはない。変わらない日常の大切さをマイペースに描いた作品や、生活やアクティビティの中のちょっとした楽しみや喜びを切り取った作品は素晴らしいと思う。しかし、私はキャラクターを食べて、エピソードを食べて、関係性を食べて、掛け合いを食べて、情報を食べて生きている人間だ。女の子が「かわいい」「おばか」「シュール」だけではやっぱり物足りない。だから、欲は言わないので、『ゆるキャン△』のキャンプ描写や旅の描写と同程度には田舎暮らしや風物詩をいきいきと描いてほしかったし、『NEW GAME!』と仕事や創作に対する姿勢と同程度には飲食店の経営要素や住み込み労働の描写に力を入れてほしかったし、『ゆるゆり』の百合要素と同程度には国際交流の面白おかしさや金髪へのフェチズムが話の中核にあってほしかった。こんなことを書くと「お前、欲深すぎじゃねぇか」と言われそうだけど。
 雑な記事を雑にまとめると、私は日常作品に対する熱意はあんまり高くなく、上で引き合いに出した作品は格別の評価しているということだ。

のんのんびより 1 (MFコミックス アライブシリーズ)
あっと
404066521X

ご注文はうさぎですか? (1) (まんがタイムKRコミックス)
Koi
4832241192

きんいろモザイク (1) (まんがタイムKRコミックス)
原 悠衣
4832240110
関連記事

このエントリーをはてなブックマークに追加はてなブックマークでコメント

tags: 百合 感想 

この記事のトラックバックURL

http://toppoi.blog54.fc2.com/tb.php/954-7272615e

コメントする

※規約
管理者にだけ表示を許可する

コメント

>nanaoさん
セクシャリティのアナウンスですが、上に挙げたような日常作品では最終回近くにでもならなければまずないんじゃないでしょうか。なんも変わらん、というのがウリの一つで、人気がある限りは連載を続けたいでしょうし。

>Yさん
なるほど、そういった楽しみ方もあるんですね。

「ハリー・ポッター」シリーズのダンブルドア校長と言えば作者であるJ.K.ローリングが彼はゲイだと公式の場でアナウンスしていましたね。
この発表には観客達も大いに沸き立ったというニュースを以前見たし、クィアなファンにとってもとくに嬉しい発表だったと思う。
「アドベンチャータイム」に登場するキャラクター、お姫様のバブルガムと吸血鬼のマーセリンは二次創作でとくに人気のある百合カップリングだったけれど、
後になって公式が、2人は昔恋人関係にあったということを仄めかすエピソードを放送してファンを沸かせた事もあった。
やっぱり制作側からこういったアナウンスをしてもらえるとファンとしては嬉しいし、安心して物語に没入できるのではないだろうか。
あらゆる作品にあまねくラブロマンスを求めているわけではなく、こういった公式アナウンスの一つでもあれば作品に対する構え方もガラリと変わってくるような気がする。
例えば極端な話、「のんのんびより」の一条蛍がレズビアンであると作者が言及してくれたら私は凄く嬉しいし、越谷小鞠との掛け合いをもっと純粋に楽しんで読むことが出来ると思う。
たとえ2人の間に具体的なラブロマンスが一切描かれなかったとしても、蛍が好意を抱いている小鞠を相手に舞い上がって空回りしてしまう可愛らしいギャグシーンだけでも大満足できる。
つまり確然たる事実で安心したいんですよね…。
と言うのも、昨今の百合ブーム?に安易に乗っかっているのか、女性同士のラブロマンスが始まりそうな描写を散々しておきながら読者を引っ張った挙句に結局何も起こらないまま異性愛に回帰していくという作品が割と多くて、
どうしても警戒してしまう(「賭ケグルイ双」はとくにその典型になりそう)。
昔は散々女性同士のラブシーンを描いておきながら最終的に「気の迷い」や「思春期の一時的な感情」を理由に異性愛に回帰して終わる作品もとても多かった。
もちろん「気の迷い」で同性と恋に落ちて最終的に異性のもとへ戻る女性は現実にいるだろうけど、ゲイなロマンスを求めて読んでいる作品でそういう展開を見るのはやっぱりつらい(「のんのんびより」はもちろんそういった作品とは全然違うけれど)。
そんな嫌な思い出が多いからか、キャラクターのセクシュアリティに言及していない(百合風味の)作品にはどうしても警戒心を持ってしまう。
そもそも、こうやってセクシュアリティのカテゴライズに拘り過ぎること自体、あまり好ましいことではないのかもしれないけれど。

ゲイやレズビアンやトランスジェンダーだからといってそれが常に必ず第一に取り上げるべき特徴としてあげつらわれるべきではないということも、とてもよくわかります。
同性愛者が「その辺を歩いているフツーの人」として自然に登場する作品に対して、
「同性愛者である必要性を感じない」「同性愛要素を入れる必要性を感じない」などと的外れで蔑視的な感想を垂れ流しているレビューはそこかしこで目にするし、
そういったものを見るたび暗澹たる気分にさせられる。
ただ、所謂日常系漫画ってレズビアンを「その辺を歩いているフツーの人」として自然に登場させているというより、言い方は悪いけどただ百合ブームに乗っかって女性同士イチャイチャさせてるだけって作品が多いように感じるんですよね私には。
何かの拍子に「あなたって“そっち系”なの?」とか「私はノーマルだから!」みたいなことを平然と言い出しそうな危うさがあるというか。
好きになった漫画でも女性同士イチャイチャしてるシーンが出てくると、いつこういう無神経な台詞が飛び出してこないか結構ドキドキしながら読んでいるんですよ、もはやトラウマのように。

僕はこの三作品のファンではありますが、他のファンがどうかはともかく少なくとも僕の場合は初見で「積みっぱなしだったのを一気に消化する」形だったらあまり好きになっていなかった気がします。
僕はこの手のゆるい日常系作品を楽しむ時は最初は雑誌掲載時はTVアニメの放映・配信時に1話ずつ見ていく形にし、「今月(あるいは今週)もあの娘達は相変わらずだなあ」と笑う事を自分の日常に取り込んで、作中の日常に寄り添って過ごしているような気分を疑似体験した上でコミックスやDVDはそれを振り返るアルバムのような物として捉えるという形で楽しんでいます。

それとラブロマンス的な展開の進展がない事についてですが、ハリー・ポッターシリーズのダンブルドア校長がそうだったように、女の子に恋する女の子だからといってそれが常に必ず第一に取り上げるべき特徴としてあげつらわれていない物として僕は解釈しています。
僕は自分が普段「男性でオタクで美少女が出てくるコンテンツを好んでいるならヘテロセクシャルではないはずがない」という偏見に悩んでいたりするので、LGBの人達が「日常から離れた場所にいる異界の存在」だけではなく、「その辺を歩いているフツーの人」の中の1人でもあったりするというものとして描かれた作品を見ると励まされた気持ちになります。
「あばたもえくぼ的に自分に都合の良い方向に解釈を曲げているだけじゃないのか」と言われたら否定はしませんが。

この中だと「のんのんびより」は割と田舎暮らしの描写に力入れてたように感じた。それでも連続で読んでいると食傷気味になる。
それにどうしてもこの手のジャンル(百合風味の日常系)を読んでいるともどかしくてならない。
恋愛寄りの強い感情を持っている子がいるのに、決して恋愛には発展しない。
クィアベイティングと言ったら大袈裟だけど、ラブロマンスが始まりそうな雰囲気だけを仄かに漂わせたまま具体的な展開は何一つ起こらず延々と続いてゆくもどかしさ。
こういった日常系漫画の百合シーンを見るたびに和む~とか癒される~というよりむしろ、予定調和という名の狭苦しい檻に閉じ込められているような息苦しさすら感じてしまう。
最近一気読みした「ひまわりさん」を読んでいる間もずっとそんな事を考えていた。
そもそも所謂日常系にそういったラブロマンスを求めるのはお門違いだという事は重々承知しているけれど、
そういった日常系の典型だと思って読んでいた「犬神さんと猫山さん」は巻が進むにつれ物語の幅が広がって、女性同士交際するキャラクターが複数登場するに至ったし、
最近最終回を迎えた「アドベンチャータイム」にも女性同士の嬉しいサプライズがあった。
だから期待してしまうのかな。それとも自分は単に、“変わらない日常の大切さをマイペースに描いた作品や、生活やアクティビティの中のちょっとした楽しみや喜びを切り取った作品”を楽しむための適性が致命的に欠けている狭量な人間で、
あけすけに言ってしまえば日常系漫画なんて話がつまらないから百合で牽引してくれなきゃ読めたもんじゃない、だからさっさとラブロマンスの一つでも描きやがれと身も蓋もない事を心の底で身勝手に考えているだけなのかも。

Template Designed by DW99