2016年06月12日

東方Project レビュー・感想 無国籍和風伝奇弾幕シューティング/反復の快感

 『東方Project』は私が改めて紹介するまでもない作品……いや、もはや作品という枠に収まりきらない一大「コンテンツ」だが、近代ギャルゲー・エロゲーを語る上で避けては通れないブツなので、ひと言ふた言書いておこうと思う。『東方Project』はZUNの手による、無国籍和風伝奇レトロスペクティブ世界「幻想郷」を舞台にした、弾幕シューティング、弾幕格闘、書籍やCDと言ったマルチジャンル/マルチメディアで展開される作品群の総称である。

同人コンテンツとしての東方
 東方が史上でも類を見ない規模の同人コンテンツであったことは、誰もが認めるだろう。この作品群があれだけの長期間に渡って隆盛を誇った要因については既に語られ尽くしている感があるが、個人的な意見も述べておく。この項はDG-Lawさんの受け売りがかなり含まれているが、許してほしい。
 東方の希有な特徴として、バトルも日常もシリアスもギャグも和風伝奇も西洋ファンタジーも許される風土がある。シリーズを通しての最重要キャラである紫が「幻想郷は全てを受け入れるのよ。それはそれは残酷な話ですわ」とのたまっているが、奇しくも東方そのものを言い表していると思う。
 まず、このシリーズには明確な目的・ゴールが定まっていない。他の作品・コンテンツで言えば、聖杯戦争を勝ち残るとか、連続猟奇殺人の謎を解くとか、まどかを死守しつつワルプルギスの夜を撃破するとか、そういったものだ。いちおう各作品単位で言うと、神や妖怪が異変を起こして調停者たちがそれを解決する、というフォーマットがあるものの、「異変」の括りが大きすぎて何でもありに近い。これは15弾を重ねる長期シリーズゆえの特性とも言える。物語のベクトルは自由自在・千変万化で、私はテーブルトークRPGを連想した。そして、シリーズとしての明確な終着点、最終回のビジョンは2016年現在を以て提示されていないし、これからもされない可能性が大いにある。
 作風もシリアスなのかお遊びなのか、ジャッジが難しい。異変の解決において、ゲームの進行に沿った盛り上がりはドラマチックに演出されるが、終わってみればそれが幻想郷の深刻な危機だった試しはほとんどない。杞憂に終わったどころではない、お騒がせ・ずっこけ・出オチ案件は数知れない。そして弾幕シューティングでも弾幕格闘でも、当然ながら熾烈な戦闘が繰り広げられるのだが、スペルカードルールに則ったそれが「弾幕ごっこ」と表現されるのは象徴的だ。私は東方の作風を、ときどきシリアス編やバトル編もやったりする日常ギャグ漫画的、と捉えている。また、原作東方のキャラクターは、わりかし冷淡で皮肉屋、社交性があんまりないとよく言われる。二次創作でのべたべたした描写に慣れていると面食らうこともしばしばある。しかし、原作に情感が全くないかと言われると決してそんなことはなく、キャラクター間の信頼や親愛も描かれている。浪花節なウェットさはないが、からっからにドライとも言い切れない。
 そして、ZUN自らが『三月精』『鈴奈庵』『茨歌仙』といったスピンオフ作品で、幻想郷の日常やどうということもない事件を描いている点も、作風の自由化に拍車を掛けていると思う。日常系ゆるふわスピンオフの展開自体は珍しくないが(『艦これ』も『ガルパン』も『まどマギ』も『ハルヒ』も『咲-Saki-』もやってる)、シリーズの総監督が話を書き、しかもあれだけの量を供給している例はぱっと思いつかない。また、スピンオフ作品群でも『秘封倶楽部』の果たしている役割は特筆するべきものだと思う。近未来の日本を舞台に、(異能持ちではあるが)普通の女学生を主人公にして、幻想郷を外から観測するこの作品の存在が、シリーズにさらなる自由度、神秘性と多次元的な奥行きを生んでいることは主張しておきたい。
 ときに、東方は伝奇作品としても評価が高いが、その名に反してバックボーンは日本や大陸系の神話・奇譚だけでなく、西洋の神話や果てはネット発祥の怪談までをも無節操に取り込んでいる。幻想郷には「われわれの世界で忘れ去られたありとあらゆるものが流れ着く場所」という特性があり(非公式だったら、にわか丸出しで申し訳ない)、これはもう根幹の設定の時点で勝ちと言った感がある。これから先に何が起こって誰が登場しようとも問題ないわけだからだ。
 ……であるからして、その二次創作も、シリアスでもギャグでも何をしてもよいし、何もしなくてもよい、そんな感じになるのだ。原作本編と同様になにがしかの異変が起こって、主人公勢がそれを解決するのもよい。真剣に能力バトルや陣営間の勢力争いをしてもよいし、人妖の重厚なドラマや恋愛があってもよいし、ナンセンスなスラップスティックコメディに終始してもよい。パロディやコラボレーションもどんとこい(東方Projectコラボタグ一覧)。キャラクターを借りる形で、ゲームやスポーツやミステリーをやったり、食や文化や学問のうんちくを語ったりするのもよい。はたまた、霊夢が神社の縁側で、蓮子とメリーが大学近くの喫茶店で、だらだら茶ぁしばいてくっちゃべっているだけでもよい。あのよい意味でのいいかげんさが、同人・二次創作という土壌に恐ろしく相性がよかったのだろう。
 他にも、東方があれだけ流行った要因として、原作者が二次創作に対して非常に寛容であること、間口が恐ろしく広くて弾幕シューティング・対戦格闘、能力バトル、キャラクター、神話・伝奇、音楽、女の子の交流(百合)といったもののどれか一つにでも興味があれば参入できること、キャラクターの作り込みがデザイン・伝奇ネタ・専用のスペルやテーマ曲など多方面からされていること、フレーズを強調した音楽がアレンジとグンバツの相性だったこと、作品の最盛期とニコニコ動画などのネット創作コミュニティ最盛期が被っていたこと、何のかんので「かわいい女の子がいっぱい」というのがシンプルに強力無比であること、なども挙げられる。しかし、あの自由で無節操な作風でなかったら、同人コンテンツとしての東方は全く違った扱いになっていただろうとも思う。

弾幕シューティングゲームとしての東方
 以降、粒度を小さくして東方の作品性やゲーム性について語っていく。
 参考情報として、私の腕前は『紅魔郷』から最新作の『紺珠伝』まで本編をノーマル・ノーコンテニュークリア、エクストラは『紺珠伝』を除いてクリアできる程度だ(へカーティアと純狐のタッグは現在挑戦中。奴ら飛び抜けて強くないすかね)。弾幕アクションのほうはいちおうトライしてみたもののさっぱり動かせなかったので、諦めてストーリーだけ把握している。
 弾幕シューティングゲームとしての東方の面白さは「反復」の気持ちよさではないかとつねづね思っている。所見ではどう見ても避けられないように思えた弾幕が、「繰り返し」プレイすることによって、抜け道が見つかったりトリックが割れたりして、次第に見切れて避けられるようになる。通常弾の難易度やスペルカードの枚数から、とてもじゃないが倒せない! 無理ゲー! としか思えなかったボスが、安全牌のスペルを増やしたり決めボムを仕込んだりすることで、「段々と」太刀打ちできるようになる。それらがいわゆる「パターン」の構築というやつで、練り上げたパターンでさんざっぱら苦戦させられた弾幕・ボスキャラを打ち破ったときの気持ちよさは、言葉に言い表せない。東方は「今まで出来なかったことが出来るようになる」という遊びの根源的な快感を刺激するゲームデザインをしている。プレイヤーの達成感、してやったり感を盛り立てるのがめっぽう上手いゲーム、と言い換えてもよい。
 また、東方の(特にWin三部作に顕著な)特徴の一つである、フレーズと「リフレイン」を強調した音楽も、その「繰り返し」の心地よさをさらに高めていると思う。「ラクトガール ~ 少女密室」のあのフレーズに調子を合わせながら通常弾幕2のレーザーを躱す楽しさ、「広有射怪鳥事 ~ Till When?」のあのフレーズに昂ぶりながら畜趣剣「無為無策の冥罰」を隙間を縫う気持ちよさ、あれは実際にプレイしてもらわないと上手く伝わらないだろう。
 こういったゲームデザインにずっぽし合致した演出、あるいはゲーム展開を盛り立てる演出の数々については、ゲームデザイナー=シナリオ=作曲家=プログラマーというZUN/東方Projectの特異性、強みがもろに出ている部分ではないだろうか。

百合ゲーとしての東方
 始めに断っておくと、私は東方に限らず、ある作品が「百合か、百合じゃないか」という議論をする気はさらさらない。いやね、けっこういるのよ、わざわざ聞いてもいねーのに「アカイイトは百合じゃない。家族愛の範囲!」「『素晴らしき日々~不連続存在~』は断じて百合ゲーではない」とか言いに来る人って。嘘みたいな話だけど。私は「そうなんですか、すごいですね」「あなたがそう思うなら、そうなんじゃあないですか?」(うるせー、知るかぼけ)としか返せない。ただ、「東方は百合ゲーじゃない!」「百合とか二次創作だけ、原作はこれっぽっちも百合じゃない!」と鼻息も荒く主張する人には、ちょっと聞いてみたいことがある。あんた「夜まで待っても、いいのよ」「大丈夫、生きている間は一緒にいますから」を見たのかと(前者:『紅魔郷』霊夢A装備、後者:『永夜抄』夢幻の紅魔組)。ちゃんと自力でプレイして見たのかと。私は初めて本腰を入れてプレイしたシューティングゲームが東方で、ノーマルノーコンティニュークリアを初めて達成したのは『紅魔郷』だったのだが、一からの修練と終わりの見えぬトライ&エラーの先で見た「ねずみの腐ったような嫌な匂いがしますが、ねずみは腐っていません 」「じゃぁ20年分位にしておこう」(前者:魔理沙B装備、後者:霊夢B装備)は、胸に迫るものがあったぞ。
 ただし、何のかんの言ったところで、二次創作あっての東方という側面はある。幸運にもシリーズの最盛期をリアルタイムで追っていたわれわれと、フォロワーの登場でブームも小康状態になった今になって参入する方々では、様々な指標において評価に差が出てくることは想像に難くない。ゆかれいむやレミ霊やマリアリやはともかく、もこけーねやにと雛や勇パルやあやもみやといった字面から受ける印象は全く異なるだろう。
 こと東方に関しては、原作と二次創作を切り離して評価するのは詮無いことだと思っている。

『東方Project』の最高傑作は?
 この問いは人によって全く異なる答えが返ってくると思う。私はゲーム全体を通した壮快感、歯ごたえ、単純明快さ、反復の心地よさが極まったゲームデザイン、サウンド以外は完ぺきな音楽、キャラクターの異常な存在感、センスがあるんだかないんだかナンセンスなんだかわからないテキストなどを加味して、リブート後の一作目『東方紅魔郷 ~ the Embodiment of Scarlet Devil.』がベストだと思っている。異論は大歓迎。圧倒的な遊びやすさと作り込みっぷり、伝奇要素で『永夜抄』が次点かな、『輝針城』も道中が楽しくて捨てがたい。
 『紅魔郷』の音楽の何が凄いかって、すべての楽曲が「ここしかない!」という箇所に収まっているのが凄いんだよ。一枚のコンセプトアルバムのように完ぺきな流れが出来ていて、一箇所たりとも入れ替えられない。勇ましくてコミカルな「ほおずきみたいに紅い魂」はこれ以上ない1面道中曲だし、お間抜けな「おてんば恋娘」は2面ボス曲にちょうどいいし、一転してダウナーな「ラクトガール ~ 少女密室」は物語が終盤に差し掛かる4面ボス曲にふさわしいし、激しすぎる「月時計 ~ ルナ・ダイアル」は陣営のナンバー2である5面ボス曲にしか使えないし、壮大な展開の「亡き王女の為のセプテット」は言うまでもない、これが最終6面ボス曲でなかったら何だというのだ。「魔法少女達の百年祭」と「U.N.オーエンは彼女なのか?」のお祭り感も、エキストラモードのハレの雰囲気をこれ以上なく出している。

マイベスト東方
 私は熱心な信者でないので人気投票には参加していないが、もし入れるならこんなラインナップである。

□人妖部門
 八雲紫(ラスボス・黒幕としての完成度の高さ、強キャラ厨)
 藤原妹紅(もこけーねももこすみも好き、アカイイト厨)
 マエリベリー・ハーン(ちゅっちゅ)
 宇佐見蓮子(ちゅっちゅ)

□音楽部門
 ネクロファンタジア(やはりフレーズとリフレインに弱い)
 広有射怪鳥事 ~ Till When?
 ハルトマンの妖怪少女
 赤より紅い夢(タイトル画面曲愛好家)
 プラスチックマインド(旧作は未プレイですまぬ、でも好きッ)

まとめ
 さっぱりレビューの体裁を成していないが許してやってほしい。弾幕シューティングか神話・伝奇のどちらかに興味があれば絶対に元は取れるので、今からでも遅くない、あのフリーダムでカオスな世界にぜひ触ってみていただきたい。ある要素に釣られて入ったら、別の要素にも興味が出てきてずるずる泥沼にはまる、というのが先人のパターンなので、あなたもそうなるかもしれないでよ。
 『アカイイト』『咲-Saki-』『東方Project』の三本立てトークが出来る方を増やしたい今日この頃だった。

【関連記事】
東方Project ノーマル難易度比較 とっぽいとっぽい。

東方紅魔郷 ~ the Embodiment of Scarlet Devil.[同人PCソフト]
B0041OF1WI
東方紺珠伝 ~ Legacy of Lunatic Kingdom.[東方Project]
B01BDCHGF0

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2016年04月30日

サガフロンティア レビュー・感想 わからない! 文化が違う!

 ギブアップした。

 はじめに断っておくと、私はゲームを始める前に説明書の類は一切読まない。説明書や攻略サイトを見ながらでないと遊べないゲームなんざ七面倒でやってられないし、そんなものは欠陥品だとすら思っている。ゲームに対するそうしたスタンスが許せない方には、以下のレビューは何の意味も成さない。
 総プレイ時間は4、5時間程度。言うまでもなくアセルス編以外は全くやっていない。スタート地点のお城から、やたら暗い画面に目を凝らしてマップの境目を探り当てて脱出。次の町で人魚のSOSに応じてお偉方の館に侵入、シナリオ上の必然性がようわからんのにべらぼうに強いイカをどうにかやりこめて彼女を解放。主人公が家に帰ってみようと言うので従ったところ、理不尽な強さの騎士に襲われるもどうにか退ける。実家の後はどういった目的で何をどのようにすればよいのかさっぱりわからず、意味ありげな古墳や研究所を探索してみたものの、話が進まない。その後は行き当たりばったりで移動した近未来中華街で路地裏に迷い込み、雑魚敵に追い回されて全滅するのを繰り返す。半分くらい詰みになったこの時点で、これ以上苦痛に耐えても楽しく遊べないし、得られるものは何もないと判断し、ぶん投げた。
 前回のレビューでも書いたが、私は生粋のゲーマーではない。ローグライク(『トルネコ』など)やアクション寄り(『カエ鐘』など)は除き、オーソドックスなコマンド選択式RPGでプレイしたことがあるのは『ドラクエ』『ポケモン』『MOTHER』『マリオRPG』、エロゲも含めると当初いかがわしい目的だった『Succubus Quest短編』『レディナイト・サーガ』シリーズくらいだ。列挙するのも楽ちんである。RPGは好きか? と聞かれても、特別好きとは答えられない。しかし、今挙げた作品はどれも最後まで楽しく遊ばせてもらったのだ。どれも名作と呼ばれるだけある。本筋は当然エンディングまでやったし、エクストラダンジョン・裏ボス撃破その他のやり込みも大部分の作品でやり切っている。
 『サガフロンティア』には今まで遊んだRPGにあった楽しさがこれっぽっちも見出せなかった。シナリオの面白さ、テキストの面白さ、キャラクターの面白さ、探索の楽しさ、育成・成長の楽しさ、蒐集の楽しさ、そういったものが露ほども感じられなかった。脈絡がなくて唐突な上に、大筋の目的すら提示されずに放り出されるシナリオ展開。無個性で行動原理も不明なキャラクター。バランスブレイカーな武器や技、インフレレベルで理不尽に強くなる敵から算出される大味なゲームバランス。意味ありげでだだっ広く、敵もトラップも満載なのに存在意義の薄いダンジョン。ぶつ切れで一人称すら安定せず、こだわりが感じられないテキスト。敵シンボルがやる気満々に追跡してくる上に、もたくさした演出でテンポが悪い通常戦闘(逃走不可)。強くなっている実感が薄い成長システムとようわからん敵のランクシステム。最大限好意的に捉えれば「自由度が高く、プレイヤー主体で、想像の余地を残している」、個人的には「全般的に雑で投げやり、未完成品くさい」としか思えないゲーム全体のコンセプトが、致命的なまでに私の肌に合わなかった。いったい、こんなものの何が面白いんだ? 何を楽しめばいいんだ? 私が普段遊んでいるノベルゲームからも、遊んだことのある名作RPGからも、文化の違いを感じた。

 『サガフロンティア』は私が参考にしているレビューサイトでも毀誉褒貶が激しい作品だが、私は否定の側にすっくと立っている。面白い要素が1コもなかった。えっ、百合ゲーとしての評価はどうかって? 知らん知らん、論外!

サガフロンティア
B000069SXA

tags: 百合 
2016年03月06日

蒼い海のトリスティア レビュー・感想 意外にシビアスなお話はよし、ユーザビリティは素人目にも不十分

 はじめに、私は今までの人生において『シムシティ』『どうぶつの森』といった箱庭シミュレーションゲームとはさっぱり縁がありませんでした。少ないこづかいをやりくりして買ったのは主にRPG(ポケモン世代ど真ん中)や育成シミュレーションで、カネを自由に稼いで使える頃には既にノベルゲームひと筋だったのです。そういうわけで、このゲームジャンルにはまともな経験値もなければ深い愛着もないので、この感想文もトーシロのたわごとだと一笑に付してもらって構いません。おまけに、私は人一倍こらえ性が無い人間です。
 こんな感じで姑息に逃げを打っておきましたが、『蒼い海のトリアスティア』の率直な感想は、ストレスフルでした。ゲーム性がどうだ脚本がどうだキャラクターがどうだという感想の前にこんな言葉が出てきます。ユーザインタフェースの根本的な不備や、確率に振り回される不毛なゲームデザインは素人目にも(いや、素人だからこそ?)気になって仕方がなかったです。痒いところに手が届かない、と言う表現がありますが、この作品の総合的な遊びやすさは痒くて全身掻きむしりたくなるレベルでした。

完成度の低い操作性
 2002年に発表された作品なので仕方ない面もありますが、操作性が劣悪です。私が本当に嫌で嫌で仕方なかったのが、何でもかんでもマウスの左クリックで操作させるところです。キーボードでの操作はメッセージ送り程度のお飾りレベルで、右クリックは機能していません。アイテムの研究・開発・売買、ステータス、セーブ・ロードといった子ウィンドウは、ページ送りには「次のページ」「前のページ」(「最初のページ」「最後のページ」は無い)、閉じるには「閉じる」という小さな小さなボタンをいちいちいちいちクリックする必要があります。
 主人公の移動に関しても、もの凄く面倒くさいです。スタートの画面である工房の画面からある店へ移動しようと思っても、ワンアクションで行えません。いちいち工房の外に出て、そこから全体マップに移動し、地区へ移動して、そこから店を探してクリックしてようやく移動が完了します。私はあるアイテムを作るために「タンポポ」が必要だと分かり、どこかで見た記憶のある花屋を探すため地区を移動して店をしらみ潰しに探し、結局その花屋がつぶれていたと分かったときに、ギブアップという言葉が頭をよぎりました。
 他にも、バックログ未実装、未読・既読問わずスキップ未実装(エンターキーをひたすら押しっぱなしでそれっぽく動く)、セーブは工房以外では不可です。

確率に振り回される嫌なゲームデザイン
 このゲームは確率との不毛な戦いを常に強いられます。アイテムの制作の成功・失敗も、アイテム研究の進捗度合いも、試行回数で改善されるとはいえ基本的に運次第です。乱数の仕様なのか、結果は何度ロードしなおしても変わりません。私はダイヤモンドのこぎりという、材料の人工ダイヤ三個を揃えるのが一苦労で、時間と金を盛大に食い潰してくれたアイテムが、一回の制作失敗でロストしたときに、ギブアップを真剣に考えました。
 また、このゲームには取り返しが利かない時限イベントが多数あり、そんなもん初見で分かるかいという発生条件のものもあれば、締め切りが非常にシビアで一回の失敗が致命的になる(上記のダイアモンドのこぎりがまさにそうだった)ものもあり、いくつかはヒロインとのベストエンドを見るための条件になっています。そういうわけで、半ば必然的に攻略やメモを駆使しての再プレイが要求されます。

 上述した操作性とゲームデザインの何が悪いかって、このゲームの基本方針である、材料を仕入れてアイテムの研究・開発を行い店へと売りこむ、という流れと密接に絡んでいるのが最悪なんですよ。ちょっとしたストレスでも、繰り返し繰り返しやらされるにつれて加速度的にマッハになるのは言うまでもありません。
 例えば、これからあるアイテムを開発して、ある地区の店へと売り込み行きたいとします。その場合に必要な実際の操作は以下の通り。

 まずは素材を買いに行きます。
01.工房画面の玄関マットへカーソルを動かしてクリックし(職人通りの外観図に移動)
02.(境目のよくわからない)道の切れ端へカーソルを動かしてクリックし(全体マップに移動)
03.対象の店がある地区へカーソルを動かしてクリックし(そこの外観図に移動、ナノカちゃんアイコンがのそのそ移動するのを見守る必要有)
04.対象の店へカーソルを動かしてクリックし(店ウィンドウ起動)
05.「買い物」へカーソルを動かしてクリックし(買い物ウィンドウ起動)
06.対象の商品へカーソルを動かしてクリック
07.注文個数へとカーソルを動かしてクリックで調節し
08.「買う」へカーソルを動かしてクリック
09.「やめる」へカーソルを動かしてクリックし(買い物ウィンドウ閉じる)
10.「とじる」へカーソルを動かしてクリックし(買い物ウィンドウ閉じる)
11.(境目のよくわからない)道の切れ端へカーソルを動かしてクリックし(全体マップに移動)
12.工房のある職人通りへカーソルを動かしてクリックし(そこの外観図に移動)
13.工房へカーソルを動かしてクリック(工房画面へ移動)

 次にアイテムを制作します。
14.炉へカーソルを動かしてクリックし(制作アイテムの一覧ウィンドウ起動)
15.「次のページ」へカーソルを動かしてクリックし、目的のアイテムのページまで移動して
16.「アイテム制作」へカーソルを動かしてクリック
 乱数の神様が微笑んでくれたら制作成功! 失敗した場合、材料は塵芥と帰します(炉などの設備のみ除く)。
 材料が無くなった場合は再び01の操作からやり直してください。

 次にアイテムを売り込みに行きます。
17.工房画面の玄関マットへカーソルを動かしてクリックし(職人通りの外観図に移動)
18.(境目のよくわからない)道の切れ端へカーソルを動かしてクリックし(全体マップに移動)
(省略)
19.対象の店へカーソルを動かしてクリックし(店ウィンドウ起動)
20.「売り込み」へカーソルを動かしてクリックし(売り込みウィンドウ起動)
21.対象の商品へカーソルを動かしてクリック
22.「売る」へカーソルを動かしてクリックして
 売り込みが完了になります。ここから工房へ戻るには(省略)です。

 この字面で、私の右手のすじに残るぴきぴきした痛みのいくらかが伝われば幸いです。
 なお、この操作手順は材料を取り扱う店やアイテムの売却が可能な店が完ぺきに把握されていた場合のそれであり、その店が何処にあったか忘れた場合はさらにマウスを握る右手にウロウロカチカチしてもらうことになります。
 ……なぜ右クリックやエスケープやウィンドウ外のクリックでウィンドウ閉じないんですか?
 なぜページアップ・ダウンやタブでウィンドウ間のページ移動が出来ないんですか?
 なぜカーソルキーでマウスポインタが(そのまま、あるいは選択箇所にジャンプで)動いて、エンターで決定という操作が出来ないんですか?
 なぜゲーム時間を進める操作は工房でしか行えないのに、「工房に戻る」ボタンを用意しなかったんですか?
 工房画面で都市全体の店舗が一覧で見られるウィンドウを用意して、地区や店の種類ごとにソートや絞り込みが出来て、店のレベルや来客数、扱っている商品が一目で分かって、直接そこに移動できるようにする、そんな発想は出てこなかったんですか?
 なぜこんな操作性とユーザインタフェースにGOサインを出してしまったんですか?

シビアでシリアスなシナリオ、テキストはよし
 評判通り、こつえーのぱんつはいていない絵柄からは思いもよらぬ、シリアスでシビアなシナリオはけっこう面白かったです。浪花節の人情・友情話だけでなく、外様の人間に対する非情な仕打ちや損益による掌返しも盛り込まれていて、だからこそ前者にほろりとさせられます。基本的に純粋な善意だけで働く主人公が、政治的陰謀に巻き込まれていき、都市の復興や独立自治の旗印として担ぎ上げられていく展開もなかなか読ませてくれました。
 あと、私が気に入ったのは言葉遣いのセンスのよさ。私はノベルゲームをプレイする際に、知らなかった単語や自分でも使ってみたい表現をメモするようにしているんですが、この作品はプレイしていてなかなか収穫が多かったです。メモを見ると、「宵っ張り」「裸足で逃げ出す」「売り物にするには足が早すぎる」「へんぺんたる資本の多寡」「こまったときは、相身たがい!」「のんべんだらり」「出来星財閥」「造次顛沛にも」「言わば言え」「しつけのいい料理」「料理の腕は玄人はだし」「男が鈴なりになるだけの素材」「闇夜に霜のおりるがごとく」なんて言葉が書いてありました。
 台詞回しは、司祭さんの表現が愉快でした。私はこういった表現を見ると思わず口角が持ち上がります。何というか、外国文学のような味わいがありませんかね?

「聖誕祭の七面鳥だけを家に残されてる猫みたいに幸せだわ」


「税金みたいにたしか」


「カカトの皮までぶんどられます」


「生まれたての子犬みたいに、ピュアな気分」


 謎の少女の恋愛に関する格言は、調べてみると外国文学やことわざからのいただきだったみたいです。文章が主体のゲームというわけではありませんが、テキストの質は全体的に高かったです。
 他には、都市が復興するに連れて外観マップでの人通りが多くなったり、自分が売り込んだ開発品の体系(工芸品、食品、工業製品など)に応じて都市がその方面に成長していったり、そういった視覚的な面もよく出来ていると思います。

百合ゲーとしての所見
 悪くないんじゃあないですか。全年齢対象の作品ですが、愛のある告白やキスまでの流れがわりと丁寧に書かれています。
 「そういう世界」とかいう表現や、ハンプデンの娘さんの意中の人へは心酔崇拝、それ以外の人間は眼中に無しというコテコテ造型はどうかと思いましたが。

まとめ
 シナリオや言葉使いはまずまずよかったですし、百合ゲーとしてもだいたい違和感なく読めましたが、あのわずらわしさと不条理さに耐える価値があるかと聞かれると「別にない」としか答えられません。SLGとしての比重の高さに対してこの操作性は致命的すぎます。まして繰り返しプレイ、そこまで行かなくともトライ&エラーを強いるゲームデザインなら、相応のユーザビリティを実現してくださいな。
 このブランドの過去作『リトル・ウィッチ・レネット』『リトル・ウィッチ・パルフェ』は百合ゲーの古典との呼び声が高いですが、この『トリスティア』よりさらにシステムが悪いならば到底プレイできる気がしません。積んだままでもいいかな、と正直思っています。『ネオスフィア』はどないすべい。

蒼い海のトリスティア ~発明工房奮闘記~
B00006FDJI

2016年02月04日

凍京NECRO レビュー・感想 絶望と死の渦中で希望と生がひかめくダーク・スチームパンク

 『凍京NECRO〈トウキョウ・ネクロ〉』は空恐ろしいほどの名作でした。無茶苦茶面白かったです。私はNitro+の熱心な信者とはとても名乗れませんが(『Phantom』『デモンベイン』『ヴェドゴニア』『鬼哭街』『沙耶の唄』『まどマギ』おまけで『塵骸魔境』しかやってない)、このブランドの作品で三傑に入ると思いました。百合ゲーとしても、ほとんど完ぺき。
 この作品はまずもって、ダークファンタジー、武装アクション、スチーム&サイバーパンクといったジャンルものとしてよく出来ています。先が全く読めない脚本と、生と死、生者と死者、愛と憎、絶望と希望が激しく明滅するドラマ。ひと癖ふた癖どころでは効かない、強烈な個性揃いの味方陣営。憎んでも余りある下劣漢なのに、歪んだ美学や哀れさも持ち合わせた敵陣営。士郎正宗(『攻殻機動隊』への言及は二、三回あった)を引き合いに出したくなるほどの無駄な情報量の多さ(褒め言葉)。近未来でカオスでどこか勘違い日本チックでパイプ地獄な凍京のビジュアル。ニトロのお家芸である3Dモデルで描かれる、チンポ触手槍、3Dプリンタ特殊銃弾(開発時期を考えるともの凄く手が早い)、銃剣ならぬサイ・ピストルといった奇怪奇天烈な武装。奇手また奇手の応酬でぐいぐい引き込まれる殺陣。主観カメラで視点と手元が面白いほどよく動く、疑似3Dの戦闘パート。ついに時代もここまで来たかという、ぐりぐり動く完全3Dの戦闘パート。才気や技術力や金や手間暇がこれでもかと注ぎ込まれています。延期を辛抱強く待った甲斐はありました。最終的にこんなモノを出力してくれるなら、むしろがんがん延期してください。
 『凍京NECRO』が並じゃあないところは、上記のような完成度に加えて、マルチシナリオのアドベンチャーゲームとしての完成度も両立されているところなんですよ。この作品ほど、読み物としての面白さとそれとが高い次元で結合している代物はなかなかありません。縦軸の脚本の面白さもさることながら、横軸の世界線をまたぐ演出が白眉なのです。まず、一つのルートだけでは全ての謎、全ての人物の真意が判明せず、全ルートを読み解くことで初めて世界の全体像が確認できるデザインが秀逸です。そしてマルチシナリオは、ルートの違い(フラグの違い)によってそれぞれ全く異なる展開と結末を見せるのが素晴らしいですね。ルートによって、妙な巡り合わせから呉越同舟する敵がいるかと思えば、悲劇の末に立ちはだかるかつての味方がいます。エクスブレイン、メッシュネットワーク(ハイウェイコマンド)、仮想環境、都市といったガジェット・概念は展開によって発展・拡大解釈され、時には他の要素と結びつけられて、枝分かれした物語をあらん限りの力で牽引していきます。その発想力、応用性には度肝を抜かれました。あるエンディングを迎えても「早く次のルートを読みたい」と思わせる訴求力は、結局コンプリートまで衰えることはありませんでした。率直に言って、いかれた構成力だと思います。
 他にも、本編におけるある人物の進化とリンクする、タイトル画面とエンディング曲の演出や(ああなることは予測できていたが、最初の一語が聞こえた瞬間涙がちょちょぎれた)、シーンを盛り立てる高品質の楽曲(ニトロのサウンドは本当に安定してるなぁ)など、美点を挙げればキリがないです。全方位において隙がない作品、という賛辞を送らせてください。画面演出やサウンド、そしてプレイヤーとのインタフェースまでを含めた総合芸術、と言い換えてもよいです。
 あえてケチを付けるなら、この期に及んで同性愛を「嗜好」と表現しているとか(深見真はずっと前からこう書いている)、テキストが、食い入るように読んだ虚淵のそれに比べると若干見劣りして感じられるとか、場面転換の演出で毎回ご丁寧にネタバレするのはどうなのよとか、完全3DのモデルがPS2レベルのローポリであるとか、それぐらいでしょうか。こんな漠然とした指摘や挙げ足取りしかできないことから、完成度の高さを察してください。
 最後に、この作品が非常に人を選ぶ作品であることは断っておきます。それはもちろん、深見真イズムさく裂な暴力・欠損描写、拷問描写、果ては生命倫理や親しい人の人間性が冒涜される描写があることの注意でもあります。しかし、この作品の何が一番おぞましいかと言えば、人間の浅ましさ、絶望への弱さをこれ以上ないほど克明に描いている点です(この点が低俗なサイコスプラッタと一線を画す理由でもある)。少なからぬトラウマを植え付けられる可能性もありますが、同時に愛と希望の限りない尊さを謳う、どこか甘っちょろくてヒューマニスティックな作品でもあります(この点が皮相な露悪を超越できた理由でもある)。なので、最終的な判断は自分自信で下すべきでしょう。

「生きている限り、希望はあるよ」


 希望ってやつは、少しだけ、残酷だ。


 生きるとは、死ぬことだ。
 人間は、種をそうやって繁栄させてきた。
 願わくば、悲しみの感情よりも、喜びの感情が多いことを。
 憎しみよりも、愛の感情が多いことを。


 生きるってことは、死ぬってことで。
 だから、胸を張って言おう。
 あたしは精一杯、生きたんだ。


 ――よし、決めた。
 とことんまで楽しんでやる。
 とことんまで暴れて、とことんまで――生きてやる。
 最後の最後まで、謳歌してやる。
 それがあたしの生き様で――
 死に様だ。


 一年半と少し前、『NECROMANCER ネクロマンサー(仮称)』のティザーサイトを見て、私のエクスブレインは「深見真か。銃器とレズビアンと拷問だな」「発売日に買って、やる」とサジェスチョンを出していたのですが、大正解だったと胸を張って言いましょう。

凍京NECRO<トウキョウ・ネクロ> 通常版
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tags: 百合 
2016年01月24日

2016年の新作百合ゲーあれこれ『凍京NECRO』『ウィザードリンクス』『メダロット ガールズミッション』『りりくる Rainbow Stage!!!』『つい・ゆり』『ナイトメア・ガールズ』『ねのかみ』『アルプトラウムの黒蝶』『夏空あすてりずむ』『百合ねいと!』『死に至る純愛』『女性向けガールズラブSLG(仮)』

 毎度おなじみの百合ゲー紹介&下馬評記事。私は荒野を共に征く仲間や地獄への道連れや毒味カナリア役を増やしたいといつも思っているので、この記事は定期的に書いていくつもりだ。
 前回の記事はこちら。
2015年後半戦の新作百合ゲー『苗床デモンズグラウンド』『よるのないくに』『凍京NECRO』『ウィザードリンクス』『アルプトラウムの黒蝶』『夏空あすてりずむ』『死に至る純愛』『恋と、ギターと、青い空。』


凍京NECRO<トウキョウ・ネクロ> (2015/11/27→2015/1/29)
凍京NECRO<トウキョウ・ネクロ>|ニトロプラス Nitroplus

“Nemo ante mortem beatus.”
「誰も死ぬまでは幸福ではない」 (ヘロドトス 『歴史』)

──“ネクロマンサー” の時代がやってきた。
主人公・臥龍岡早雲 と 牙野原エチカ は、まだ若い “民間特別生死者追跡者”。
近接銃術という特殊な戦闘技能を身に付けており、互いにトップクラスの成績をあげている。

ある日の任務中、早雲は激しい戦闘の末に、ひとりの少女と出会う。
宝形イリア という名前以外の記憶をすべて失っている彼女は、謎のネクロマンサー集団に身柄を狙われていた。

硝煙とリビングデッドと犯罪と電脳の凍京。 リビングデッド・ストーカーとヒロインの生死をかけた戦いが始まる。


 この作品を紹介するのも三回目くらいになる。発売日未定の状態がしばらく続き、ようやく発表された予定からも延期になってしまったが、いよいよ今週末に発売されるらしい。
 個人的にもっとも期待値が高いのがこの作品だ。深見真が制作に関わっているのも大きいが、体験版をやって、いろんなオブジェクトが一クリックごとにぐりぐり動くことや、短時間で強い印象を残すキャラや特殊武器の奇天烈っぷりにも心惹かれた。唯一にして最大の不安要素が、とある界隈で非常に有名なロメオさん(ヘタレ)の生みの親がライターをやっている点か。テキストは見た感じ問題なさそうだったけど。


メダロット ガールズミッション (2016/3/10)
メダロット ガールズミッション - トップページ

メダロットシリーズ異色の最新作が発売決定!
その名も『メダロット ガールズミッション』。

登場キャラクターは、全員女の子!女子高生限定のロボトル大会「アルテミスカップ」の優勝をかけて、各校の代表 総勢20名の美少女たちが激闘を繰り広げます。

本作は、メダロットシリーズのスピンオフ作品であり、ジャンルは本来のRPGではなく、爽快なアクションゲーム。

メダロットの特長の一つであるカスタマイズを活かし、パーツを集めて換装することで、様々なアクションが楽しめます。また、主人公と一部のストーリーが異なる2バージョン展開です。

http://www.famitsu.com/news/201601/12097041.html


 主人公もパートナーもライバルも美少女で、恋愛要素があれば必然的に百合ゲーになるとにわかに期待されているらしい。CERO:C(意味深)。
 僕はボンボン派ではなくコロコロ派、蒐集育成ゲームはポケモン一筋だったんで(まだ新作を追っている数少ないゲームの一つ)、メダロットシリーズは一つもやったことがない。六時から12チャンネルのアニメを欠かさず見ていた時期に、アニメ版を見ていたくらいだ。幸いにして3DSは持っているので、発売時期にやるものがなくて暇で暇で仕方なかったらやってみようと思う。


ウィザードリンクス (2015年冬予定→2016/3/25)
筆柿そふと第五弾「ウィザードリンクス」応援中!

学生である神代ひかるは、父と母、弟との四人家族。
あるとき、奇妙な格好をした女の子と衝撃的な出会いをします。
それは金髪碧眼の魔法使いでした。
そして「悪魔」を狩る彼女と関わることになり、巻き込まれていくことになります。


いたって普通の学生・神代ひかるは、父と母、弟との四人家族。

彼女はある時、奇妙な格好をした女の子と衝撃的な出会いを果たす。
それは金髪碧眼の魔法使い――

“悪魔” を狩る彼女と関わったことで、ひかるも過酷な戦いに巻き込まれていくことに……。


 紹介済み。更新された公式サイトを眺めてだめっぽいなこりゃ、だめっぽいっすねとなっているところだ。
 それにしてもバタ臭い絵だなぁ。ゴムがよれよれになったベージュのパンティーをはいてそうな絵柄だ。


りりくる Rainbow Stage!!! (2016/03/25)
『りりくる Rainbow Stage!!!』応援中!2016年3月25日発売予定!

“スキ” の想い、色とりどり♪
百合ドラマCD『りりくる』 が、なんと PCゲームになって登場!
明るく楽しくわかりやすい百合シチュエーションを、ドラマCD以上の魅力でお届け。
原画はドラマCDのジャケットでもお馴染み、キラキラした繊細なイラストを描く みわべさくらさんが担当。

本作では、新人アイドルの桜庭遊乃・教育実習生の仁篠珠季・風紀委員で忍者の高月紗恵香 が新たに登場!
三人の間に揺れる気持ちとそれぞれ前向きに成長していく様子を中心に、日常のほっこりするような出来事やイチャイチャな展開が描かれていく。

もちろんドラマCDでお馴染みのキャラクターも登場! 関係性の変化が感じられる後日談など、ニヤニヤ・Doki Doki・ hshs できるエピソードが満載!
シリーズ総勢15名と賑やかになり、今までにない意外な組み合わせの掛け合いが見られるかも?

日頃から “女の子同士が仲良くしてるのってなんかイイよね” とか思っている方は必見!

※ キャラクター全員出演のドラマCDや、本作の主題歌CDにビジュアルファンブックも付く 初回限定版 も同時発売!

http://www.getchu.com/soft.phtml?id=880806


 百合ドラマCDをバカスカ出していたブランドが、やにわにゲーム制作に乗り出したらしい。正直不安しかない。ノウハウはあるのか? 開発体制は? 下請けに丸投げするのか?
 シナリオ担当は私の知っている人かどうか調べてみたが、ふみや? ……ってこの御方、伝説の作品『リリウム×トライアングル』のライターじゃあねぇか! 空が不安な言葉で埋め尽くされるうッ!


つい・ゆり ~おかあさんにはナイショだよ~ (2013年内→?)
つい・ゆり ~おかあさんにはナイショだよ~

仲のいい双子の姉妹“佐倉一果(さくらいちか)”と“佐倉双葉(さくらふたば)”。
生真面目で少し頑固な一果と、人懐っこく子どもっぽい双葉は
家族も友人たちも、時に呆れるほど仲がいい。

幼い頃からどこに行くのも何をするのも一緒だったふたり。
成長して、お互いの性格や嗜好に個性が出てきてからもそれは変わらない。
家でも校内でも、しっかりものの一果が甘えん坊の双葉の世話を焼く光景が日常となっていた。

だがある日、あまりにもお互いにべったりの姉妹を心配した母親に
仲がいいことと依存することは違うと、
いくら仲がいい姉妹でもいつまでも一緒にいられるわけではないのだと、
諭されたことによって、ふたりの関係は変わっていく。

「双葉の喜ぶ顔を見たい」という姉としての気持ちの裏にある
自らの欲と“普通ではない”許されない気持ちに苦悩する一果。

「一果ともっとずっと一緒にいたい」という自分の気持ちとは裏腹に
すれ違っていくふたりの関係に焦りを覚える双葉。

姉妹として持つ以上の、秘めた気持ちを抱くふたりの関係は
一体どのようなカタチをとり、どのような結末を迎えるのか――?


 企画が流れたと誰もが思っていた作品が突然の復活! 貴重なインセスト百合枠で、サブタイトルからしてダメ臭がほのかに香るのだがはてさて。
 公式サイトの告知には「再始動後の詳細につきましては、年明けより順次お知らせしてまいります」と書かれているが、既に仕切り直した予定からずるずると遅れてやしないだろうか。


ナイトメア・ガールズ~異界氾濫~ (2016年制作開始予定)
月の水企画

苗床DG本編後にも予告として入れさせていただいた、短編の後作る予定の作品です。

まだ本編で予告を見ていない方もいらっしゃるかと思いますので、以下続きの方に……

次回長編は現代風触手凌辱RPGと銘打った、現代ものをやらせていただく予定です。


タイトルロゴでもないのですが、一応イメージはこんな感じです。

たまには雰囲気を変えてみてもいいんじゃないかっていう考えの企画ですので、
あまり深く考えずに楽しんでいただけるような作品に出来ればと思っております。

当サークル作品で一人、現代風の背景を持った既存キャラクターがおりますが、
その辺りの話は、結構な割合で本編の中心に絡んでくることになるかと思います。
勿論新規の方にも楽しめる内容にさせていただくつもりですのでご期待下さい。

キーワード的には、都市伝説や七不思議といった伝奇的な要素から、
SFや某コズミックホラーのテイストも混ぜつつ、基本は触手な感じの予定です。

完成はいつになるかわかりませんが、気長にお待ちいただければ幸いです。
(そもそもaceでやろうかMVでやろうかも今のところ未定で……)

http://tsukinomizu.b.dlsite.net/archives/8455358.html


 制作ブログで告知されたのでネタバレ解禁。本格ファンタジー陵辱百合RPGで人気を博す、月の水企画の最新作は、まさかの現代が舞台のホラーテイストRPGだ。今までの作品で、平行世界として現代的な世界が存在することは判明していて、いつかはそちらにも本格的に乗り込むと予想されていたが、よもや本編で取り上げるとはなぁ。前にも言ったが、東方本編と秘封倶楽部の関係みたいでいろいろ想像をかき立てられる(ておでぃは東方大好きっ子)。わくわくしっぱなしだ。ゲームのエンジンをツクールの次期作に乗り越えるか検討中のため2016年開発開始予定となっているそうだが、正座して待つ所存である。この次回作とは別に、『苗床DG』のアフターストーリーも作成してくれているそうだし、長編の間にいくつかの短編も制作予定らしい(『アスとれ!』みたいなの?)。今年もておでぃ/月の水企画の動きから目が離せないね。
 ときに、『リリィナイト』を中心としたシリーズの推薦記事は作成済みなので、興味があれば読んでくだされ。うちのサイトにしては珍しくネタバレにも配慮している。
リリィナイト・サーガ レビュー・感想 名作! 王道風ド外道百合エロRPG


 以下、同人作品の枠。

ねのかみ 京の都とふたりの姫騎士 後編 (2016年8月)
ねのかみ 京の都とふたりの姫騎士 後編
 前編をやっていないのでコメントのしようがないが、いつか見た作品から塗りがさらに進化しておる! 売り上げ好調につき増資したのだろうか。
 とりあえず過去作品を次の次の次の次の次くらいにやってみようと思っている。


アルプトラウムの黒蝶 (2014年秋予定→2015年予定→?)

祈ればきっと叶うよ。
あなたの願いも、わたしの願いも―

時は大正時代。
とある山中にひっそりと存在する集落「白女霧」<しらめぎり>
主人公 坂本舞子は生まれた時からこの集落で
多少の不自由はあるものの楽しい時を過ごしていた。

そんなある日、舞子は一人の少女と出会う。
神も肌もまっしろな、いわゆるアルビノ<先天性色素欠乏症>の少女イリス。

舞子は初めこそ自分と違う容姿に戸惑いを隠せずにいたが、
打ち解けていくうちに徐々に心を惹かれていく。
最初は心を閉ざしていたイリスもまた、舞子の純真な心に触れ、次第に心をひらいていく

こうして少女ふたりのちいさな物語がすこしずつ、すこしずつ紡がれていく―


 公式サイトの更新が長いこと停止していて、開発が頓挫していそうな雰囲気だが、大丈夫なのだろうか。


夏空あすてりずむ (2014年予定→2015年予定→?)
爽やか青春系百合ADV 『夏空あすてりずむ』

青春×田舎×乙女!!
明るく元気だけが取り得で、天体観測が趣味の女の子『椿沢 科乃(つばきさわ しなの)』
今年の夏もめいっぱい楽しもう!! と、思っていたのに……。
あれれ、今年の夏は去年までの夏と違うっ!?
趣味に進路に友情に、そして――もしかしたら恋に!?

星がゆっくりと夜空を流れていくように、
ゆっくりでも、確実に変わらなきゃいけない夏。
その先にある未来へと繋がる星座を形作るために。


 こちらも予定をぶっちぎっているが、公式サイトが刷新されているのでプロジェクトが動いていそうである。登場人物紹介が完成している。なかなか面白そうだ。


百合ねいと! (未定)
百合ねいと!

おしっこ×百合! 禁断の組み合わせが今!!

雪ノ下春。どこにでも居る普通の女の子。
猫柳雪。どこにでも居る普通の女の子。

桜の蕾が膨らみかける季節。
雪解け水のよりも透明な少女の想い。

誰にも言えない、彼女だけの何よりも透明で熱い想い。

『ダメ……熱い想い……漏れちゃう……』


 なかなか急なカーブを攻めてくるじゃないか。


女性向けガールズラブSLG(仮) (2015年秋?)
業界初!女性向けガールズラブSLG 2015年秋リリース予定!
 まだ紹介していなかったと思う。
 のっけから「さよなら」を匂わせている、背景に百合の花をちりばめる20年くらい前のセンス、「シナリオライター様大募集」とかいうファッキンホットな公募で、詳細が判明する前から相当きな臭かったが、やっぱり開発が放置されていそうだ。でも左2のもささっとした子はなかなかかわいいと思う。


死に至る純愛 (2015年予定→?)
死に至る純愛

妻に恋するファンタジー百合18禁ADV
原画・シナリオ ろくみ


 「妻に恋する」が愛妻家の意なのか、それとも人妻百合なのか、そこが気になっているのだが、音沙汰がない。


 というわけで、私は来週『凍京NECRO』を責任もって討ち取って、いいかげんなレビューだけでも書くつもりなのと、『ナイトメア・ガールズ』は例のごとく万難を排してプレイするつもりだ。他はメダロットをノベルゲームのノルマとは別で息抜きがてらやるかもしれないくらい。残りの作品は、特攻を仕掛ける人がいらっしゃったら、ざっくりとした感想でも連携いただきたいっす。

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2015年12月20日

サクラノ詩 -櫻の森の上を舞う- いいかげんなレビュー・感想

 まごうことなき傑作だった。一大傑作である。
 『サクラノ詩』に対して、どれだけ厳正かつ客観的な評価をしようとも、どうあっても名作以下の評定は下せない。個人的にはすかぢ/ケロQ・枕の前作『素晴らしき日々』(時系列が逆だったら申し訳。延期が長すぎてよくわからない)に肉薄するほどの傑作ではないかと思っている。もし両作品に付けた評価が私と逆の人がいたとしても、私は何の疑問も持たないし異論を挟む余地もない。それほどこの作品が内包するエネルギーは凄まじかった。圧倒的な訴求力の物語、ぎらぎらとした人間、リフレインする簡潔明瞭なメッセージは私の胸をしたたかに打ち、ペダンチックな浪花節というすかぢ節はどこをとっても健在であった。
 私は現時点(この作品を読み始める前)で既にすかぢに対して十分すぎるほど高い点を付けていると思っていたが、それでもまだ評価が低すぎた。まだまだあなどっていた。『すばひび』はラッキーパンチでもなければ最後っぺでもなかった。このおっさんの腕っぷしは本物である。延期期間があまりにも長すぎて情報を追えなくなったのを言い訳にさせてもらうが、それでも発表直後にこの作品を読み進めなかったことを激しく恥じている。
 『パルフェ』で期待値を釣り上げまくっていた丸戸信者が『こんにゃく』を読み終えたときの気分。あるいは『AIR』の出来と、延期に次ぐ延期でハードルをこれ以上ないほど上げていたバ鍵っ子が『CLANNAD』をコンプリートしたときの気分。今の私の安らかな安堵感と充ち満ちた充足感はそういったものに近いかもしれない。

サクラノ詩-櫻の森の上を舞う-
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2015年07月20日

少女セクト 玄鉄絢 レビュー・感想 瀟洒でペダンチックであっけらかん、新時代の到来を告げた麒麟児

 私がオタクとして人に自慢できることはあまりないが、そのうちの一つが『アカイイト』を発売直後にプレイしていたことであり、他の一つがこの『少女セクト』をリアルタイムで読んでいたことだ。私はあの時代の生き証人であり、あの熱狂のまっただ中にいたんだ。えっへん。この二作品は自分の青春時代を象徴する作品だ、と胸を張って言える。
 私は普段から普遍性やら普遍的価値と口癖のように言っているが、『少女セクト』の評価についてはどうしても同時代性や思い出補正について語らざるを得ない。この作品をドラマの力強さや、エピソードの印象深さ、登場人物の存在感、人物相関の面白さの観点で見ると、偉大な先人『マリア様がみてる』やほぼ同期の『アカイイト』の後塵を拝するだろう。私は基本的に脚本至上主義者であり、テキスト至上主義者であり、キャラクター至上主義者だ(ノベルゲームの感想を読めば分かると思うが)。しかし、そんな自分でも、当時掃きだめのようだった百合漫画業界に襲来したこの作品の洒脱なスタンスには目を奪われた。線が細かくて洗練された画、服から髪から小物にまでこだわったファッション性、デジタルの美しい塗り、がっつりと官能が描かれていてかつ綺麗な性描写、そして何より、作品全体を通じたポリアモリーでからっとした空気感に対して強烈に惹きつけられた。
 『少女セクト』が登場したときのまぶしさは、当時の百合業界のひどさを知らないとよく分からないかもしれない。ざっくりと説明すると「百合は背徳的で禁断でないと! 報われなくて迫害されるからこそ燃え上がる!」「たとえ女同士でも愛を貫く姿が美しい!」「思春期特有の淡くて一過性の思いが百合! 美しい思い出の中にだけ存在する!」「性別や性愛に囚われない精神的な繋がりだけが百合! 性行為までいっちゃったらただのレズ! 男女の恋愛と変わらない!」「“女”を好きになるのはレズ! “あなた”を好きになるのが百合!」というクソみたいな様式美が界隈全体にはびこっていた(「今も割と残ってる」だって? ははっ笑えないな)。まず様式美ありきである。脚本の面白さや絵の綺麗さなんてのは二の次で、何より上述したような百合の美学が求められていた。だから数少ない創作物は「イモ臭い・辛気臭い・小便臭い」の三拍子揃っているものがごろごろしていた。悲しいかな、私が専攻していた漫画やエロゲといったサブカルチャーは特にこの傾向が強くて、作品の質の平均も恐ろしく低かったのだ。今の若い子に言っても信じてもらえないかもしれないが、今読んだら噴飯ものの駄作、森永みるくおばさんの『くちびる ためいき さくらいろ』が名作として持ち上げられていたんだぜ? これだけで当時の飢餓感というか人材不足感が分かってもらえると思う。
 『少女セクト』には高尚なサブテキストは存在しない。劇中で登場人物が声高にポリティカルでダイバースリーなメッセージを発したりすることはない。しかし、作品全体を貫くトーンと登場人物たちの将来像によって、「気ままに恋愛して楽しくエッチしちゃってもいいんだ! 必ずしもモノガマスな愛のためだけに人生を捧げなくてもいいんだ! 深刻に思い詰めたり、迫害されて自殺や無理心中をしたりしなくてもいいんだ! 死ななくていいんだ! 社会人になってもずぼらでハッピー・ゴー・ラッキーに人生を楽しんでもいいんだ!」と高らかに謳っているのだ。少なくとも、2005年当時の自分にはそう伝わった。紙面からにじみ出る「そうは問屋が卸さねぇ! これが私らの人生だ! 私らは正しい、私らは闘うぞ、私らは自由だ、見ねぇ!」という、ツイステッド・シスターの歌のごとき自己肯定感。あれに何か救われた気分になった人は私以外にもいると思う。
 また、ビジュアルがこれほど洗練された漫画の登場は、小便臭くてクソポエミーな百合漫画に辟易していた自分は嬉しくてたまらなかった。当時は目で見て楽しいという百合漫画自体がさっぱりなかったからね。そこに紙面のどこを見ても楽しい画集のような作品が、えっちな描写まで引っさげて発表されたものだから、私の中では盆と正月に蜂の巣を突いたような騒ぎが起こっていたよ。ビジュアルについては、当時の水準を考えるとミッシングリンクレベルの飛躍だと思う。私はこの漫画の登場が、百合漫画が求められるものが「様式美」から「クオリティ」に変わる端境になったと、信者のひいき目で捉えている。
 この作品は発表当時の革新性、作品全体で表現されているライフスタイルや価値観というひとくちでは言い表せないものが評価のキモということもあって、私が他にべた褒めしている『アカイイト』や『咲-Saki-』といった作品とはかなり毛色が異なる。しかし、それでも自分にとっては特別な存在の漫画だ。自分の青春の一部であり、血肉の一部なのだ。

過剰な情報量、小洒落た台詞回し
 『少女セクト』の他の特徴として、かしましい台詞回しと無駄な情報量の多さが挙げられる。こんなトークをする百合漫画は当時全くといっていいほど無かった。

「また内藤ちゃんは!!
 口を開けば次から次へと
 釘の曲がったパチンコみたいに
 屁理屈だけはいくらでも湧いて出るん
 だから だいたいね安い勝負
 だと思ってこんなのでお茶を
 濁そうだなんて物事に取り組む
 姿勢に真摯さが足りないのよ
 どうせ子供の頃 一休さんの真似して
 大人を散々困らせてたクチでしょう
 捻くれた物言いも大概にしなさいよ!!」
「鷹城先輩こそ
 相手の出方を伺ってからでなきゃ
 行動しない典型的な日和見主義者
 じゃないですか 今だって
 私の勝ちを認めるつもりなんか
 端っからなかったんでしょう
 それを私みたいな常識人捕まえて
 やれパチンコ台だ一休さんだと
 先輩のことだからチャチな合成写真
 でもでっちあげる気だったんでしょ!?」

(第1羽)


 おー、エロゲーかラノベにでも出てきそうな掛け合いだ! あたしらスマートです、ウィットには自信がありますってオーラが漂ってるぜ。

「紅緒ちゃん?」
「私のこと好き?」
「…うん」
「じゃあ その気持ちを8バイト以内で簡潔に表現して?」
「え…8バイト? 8バイト8バイト… えと…
 『結・婚・し・て』」
「じゃ 結婚してあげる」

(第1羽)


 このノロケ、要するに「私のこと好き?」「好き」「結婚して」「いいよ」としか言っていないのに、この大仰で持って回った感じは一体何なんだ!? 何が「簡潔に表現して」だよオラッ! この会話自体が全くもって簡潔じゃあないだろうか! そしてなぜわざわざバイト単位を持ち出すんだ、普通に文字数で言えや!

「君っ! 美術部に入りなさい!
 今ならもれなく一単位サービス中!」
「刀刃会! ぜひ刀刃会へ!
 鉄塊を斬れなかったらお代はいらないから!」
「馬に興味ある!? 競乗馬研は小柄な子大歓迎よ!!」
「あなた忍耐力あるわ!
 サンデーアングラークラブに入れば多摩川の鑑札三年分あげちゃう!」
「じゃあ内偵室は(偽装)食券30枚! 教頭印入りとっておき!」

(第4羽)


 女子の部活動として容易にイメージされる吹奏楽部やソフトボール部や剣道部を外して、あえて上記のラインナップ! この衒学趣味的で情報過多な感じがザ・玄鉄絢! って感じだ。あんた『マリみて』以上に士郎正宗の影響をおもっくそ受けているだろ!(サイバーパンクや絵柄の影響がより強いのは前作『『DANDY:LION』だけど)

「私はね 柴 思信様に服従している私が好きなの
 ま 一種のナルシストね
 自分が不美人でないことは承知しているつもりよ」

(第7羽)


 「自分が不美人ではないことは承知している」! くぅ~、単に「容姿には自信がある」と言いたいがために、わざわざ気取った卑下の言葉を出してから否定するもったいぶりよう! ゾクゾクするね! 「不美人」なんて表現をあえて使っている作品は私の観測範囲では見たことがないぞ。

 私は『少女セクト』のこういったテイストが大好きだったんだ。
 このサブカルチックというかジュブナイルというか、こましゃくれて全能感に充ち満ちた感じ。一言で言えば、オタクくさい感じ。あれが当時大学一年生というオタクとして全盛期だった自分にはこれ以上ないクリーンヒットだったんだよ。ようやっと百合作品が私の領分までやって来やがった! 時代が俺に追いついた! と喝采したね。あの「もうババ臭くて辛気臭い旧時代の遺物で我慢しなくていいんだ!」いう胸の空くような感慨、当時の不毛っぷりを知っている人ならいくらか共感してもらえると思う。

みんな大好ききーちゃん
 みなさんは『少女セクト』キャラの中で誰が一番好きだろうか。私は思信のお付き第一号であるきーちゃんこと諏訪部麒麟が特に好きだ。この人は自分が人一倍子どもっぽくて嫉妬深くてナルシストであることを自覚していて、そんな自分を俯瞰視点で眺めて泰然と振る舞っているようなふしがある。あの背伸びして斜に構えた感じ、一周回ってさらに子どもっぽいようなところが実に人間くさくて大好きだ。この作品のキャラクターは(かなり好意的な言葉を使えば)ふわふわしていて掴みどころがない人が多いが、そんな中でもきーちゃんは強烈な異彩を放っているし、この人の青臭さや変に悟ったような感じに古傷がうずいた人も多いだろうなと思う。
 あと、きーちゃんの名言率はなかなか凄い。
『少女セクト』きーちゃんこと諏訪部麒麟名言集
 その他には、小市民なようで意外にしたたかなまーやもけっこう好きだ。単行本で描き下ろされたエクストラチャプターでもきーちゃんと柴を手玉に取ってるし、最後まで思信のところに押しかけていってちゃっかり桃子に粉かけてるし。

まとめ
 繰り返しになってしまうが、この作品は温故知新として後から電子書籍でさくっと読んだ人と、連載を追いかけて、単行本の発売日に本屋へ駆け込んで、豪華な装丁と分厚さに圧倒されつつレジに向かい、家にとんぼ返りして(私は大学の図書館の個人自習室で読んだけど)、刷りたてのインクの匂いを嗅ぎながらうやうやしくページをまくった人とでは評価がかなり変わると思う。単行本の作りや当時の空気感まで含めての『少女セクト』なのだ。少女セクト! それにつけてもしっくりくるタイトルだ。
 また、あれから10年弱が経ち、この作品と同様に女性同士の性愛について楽観的で肯定的に描いてくれる作品はいろいろ登場してきたが(本当に嬉しい限りだ)、装丁まで含めたトータルのビジュアルセンスでこれに比肩する漫画はまだまだ出ていないと思う。これほど自分の本棚に収まっているのを見て誇らしい気分になるエロ漫画はそうそうない。私の『少女セクト』『少女セクト2』は、今日においても百合作品棚のもっともよいポジションを抑えているぞ。

余談
 『少女セクト』以前の作品では、逢魔刻壱のエロ漫画の『ダメ人間じゃん』というエピソードが、同様にポリアモリーで肩肘の張っていない感じが好きだったな。絵は当時でも古臭かったけど。
 「不美人」は、この記事を書いている途中に読んでいた『タイタンの妖女』(浅倉久志訳)でたまたま見つけた。何だか運命を感じる。

少女セクト (メガストアコミックス)
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少女セクト(2) (メガストアコミックス)
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2015年05月17日

マリア様がみてる(1) 今野緒雪 レビュー・感想 王道の少女小説、ヒエラルキーをぶっこわせ

 今さらもいいところだが『マリア様がみてる』の1巻を読破した。私が改めて説明するまでもない、百合作品の代名詞的・金字塔的位置を確立している作品だが、その評価もうなずける面白さだった。もの凄く密度が濃かった。私は現在1巻だけしか読んでいない浦島太郎で、そんな状態で言うのも何だが、この話単体で評価しても出色の出来だと思う。この作品の凄いところは、少女小説や学園青春ものの王道をまい進して期待に応えるのと同時に、紋切り型のプロットや陳腐な価値観に囚われずに、予想を裏切りつつ普遍的で力強いメッセージを打ち出しているところだ。王者の風格と破天荒なパワーが同居している。
 中流家庭の平凡な女の子だった主人公がひょんなことから憧れの存在であるお姉さまに見初……目を付けられて、雲の上の世界であった生徒会の祭ごとに巻き込まれていくというシンデレラ的舞台設定。別世界に放り込まれて戦々恐々、てんやわんやしつつも、徐々に頭角を現して自分を確立していく展開。お姉さまとの恋愛めいた駆け引き。ひと癖どころではないアクのあるキャラクターが織りなす多層的な人間関係。このあたりは実に少女小説の王道だ。王道というのはすなわちありがちということでもある。にもかかわらず、読み手をわくわく、やきもきさせて一気呵成に読ませるのは、ひとえに丁寧な描写のたまものだろう。主役級の二人で言うと、祐巳は少女小説の主人公らしい部分がありながらも、譲れない一線があって芯が通っているし、土壇場での胆力の強さも持ち合わせているのがよい。祥子は祥子で、横暴なところだけでなく、見惚れるような可憐さとぶっきらぼうな優しさが描かれていて、憧れのお姉さまという設定に人物像が負けていない。
 予想を裏切られた点は、何と言ってもドラマの導入部だ。私も実際に読んだことがなかったとはいえ、あれだけフォロワーもといエピゴーネンが存在する作品なので、『マリみて』の「だいたいこんな話だろう」というぼんやりしたイメージを持っていた。何の取り柄もない主人公が何だかよくわからないが殿上人のお姉様に一目惚れされて、ロザリオを渡されて、スールの契りを交わして寵愛を受ける、というものだ。本当にこうだったらへっぽこ少女小説のテンプレートである。しかし、案に相違して、実際に祥子が祐巳を選んだ理由は、「タイが曲がっていてよ」のところは「たまたま目に付いたから」、妹に抜擢した理由は「その場しのぎに妹が必要で、たまたま近くにいたから」だった。あれは ひどい、ロマンもへったくれもありゃあしない。だがそれがいい。それに祐巳は「好きだからこその最後のプライド」で、祥子の申し出を一度突っぱねるんだな。ここでまずぐいっと惹きつけられた。白薔薇さまがこのシーンで「面白くなってきた」と言っていたが、実に同感だった。憧れのお姉さまに「覚えていらっしゃい」とまで言わしめてしまったところから始まる、女の意地と意地がぶつかるドラマが非常に熱かった。ここは本当にいい意味で予想を裏切られた。
 このエピソードにおけるドラマの構造やメッセージについてもひと言ふた言。この話には敵役としておのれ柏木が登場するのだが、われらがお姉さまであらせられる祥子は彼と同じ穴のムジナなのである。自分が自由に生きたいが為に、祥子の好意を踏みにじって偽装結婚を持ちかける柏木と、自分が柏木と競演をしたくないが為に、祐巳の憧れる気持ちを傷つけてやっつけなスールの契りを申し出る祥子。この二つの関係の構図は全く一緒だ。この類似性に気づければ、この物語の言わんとすることが自然と理解できるのではないだろうか。
 人はみな平等であるというのは綺麗事だ。世の中には容姿、才能、家柄などの生まれ持った魅力のある人間とそうでない人間がいる。しかし、人間それだけで全てが決まるのか? そうじゃないだろう! 人間、それだけじゃないだろう! 人と人との関係においては、上述したような要素や年功序列などから導き出される優劣が厳然と存在する。それを人はカーストともヒエラルキーとも言う。しかし、だがしかし、序列の上にいる人間は下の人間を恣意的に扱うだけなのか? 下に付く人間は甘んじてそれを受け入れるだけなのか? そういった扱いを受けた人間は、いずれ上に立ったときに同じことを下の人間に強いるのか? 本当にそれでいいのか? いいわけがないだろう! 努力で、コケの一念で、ぶっ壊していかなきゃだめだろう! 『マリみて』はこのような口に出してしまえばいささかこっぱずかしいメッセージを、高らかに謳っているところが素晴らしいのだ。多くの人の心を掴む百合作品は、王道の面白さと普遍的なメッセージを持ち合わせている、というのは私がずっと前から主張していることだが、この作品はまさにそうであった。
 私が本格的にサブカルを専攻するころには『少女セクト』『アカイイト』といったマリみてフォロワーが既に登場していたもんだて、何となく原典を読むタイミングを失っていたのだが(ちょうどアカイイトにとっての『痕』『月姫』と似たような感覚だ)、これは重い腰を上げて正解だった。続きもそのうち読む予定でいる。シリーズを通しての感想はまたその時にでも。

マリア様がみてる (コバルト文庫)
今野 緒雪 ひびき 玲音
408614459X

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